医師になって半年経つせいか、はたまた周りが(そして自分も)健康を気にする歳になってきたせいか、一般の方に医療や健康のことについて聞かれることも増えてきました。

一番多い話題は、やはり生活習慣病関連でしょうか。中でもメディアで取り上げられたトピックについては「あれ、ほんと?」という質問を受けることが多いように思います。

「低炭水化物ダイエット」と呼ばれる炭水化物制限も、そんなトピックの1つです。ここ数年は頻繁にテレビで目にするようになり、僕も周りから「炭水化物って減らしたほうがいいの?」と聞かれたことが何度かありました。

僕自身は専門家ではありませんので、こういう時は専門家の、それももっとも中立的で無難な立場をとっている専門家の意見を参考にしています。低炭水化物ダイエットの場合は、日本糖尿病学会が2013年に出したプレスリリース「日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言」がこれに当たります。

このプレスリリース、出たときにはネット上でかなり話題を呼びましたが、一般にはあまり知られていなかったようです。今回はこのプレスの内容を、一般向けに噛み砕いてご紹介しようと思います。

目次

※この記事は、執筆者が研修医の時に作成した記事です。

問題は「エビデンスの少なさ」

書庫

まずはっきりさせておかなければならないのは、糖尿病学会の炭水化物制限に対する立場。それは、

「効きそうだけど、人によっては効かないかもしれないし、害があるかもしれない」

というもの。

この「かもしれない」というのは曖昧でずるいようですが、実は科学的に極めてまっとうな態度です。

科学ははっきりわかっていないことについて断言することを良しとしません。断言するためには「エビデンス」が必要なのです。

「エビデンス」というのはそれが正しいことを示す証拠のこと。

「こういう背景のある人たちに、こういう食事を何年間とってもらった結果、体重はこんな風に変わる/病気の発生リスクはこんな風に変わる」というような実験の結果のことです。

現在、たしかに炭水化物制限のメリットを支持する論文はいくつか出ていますが、その効果の持続期間、他の栄養素との関連、それが有効な人種や病態、さらには長期にわたって続けた場合のデメリットなど、結論の出ていないことがたくさんあります。つまり、まだエビデンスが乏しいということ。

だからこそ学会としては「炭水化物制限がいい」とは断言できないわけです。

炭水化物制限の成功事例はたしかにある、しかし……

女性5

そもそも炭水化物制限の是非については長い議論の歴史があるのですが、その議論を一気に加速させたのがこの2つの論文。

A  Randomized Trial of a Low-Carbohydrate Diet for Obesity(肥満者の炭水化物制限に関するランダム化試験)

Gary D. Foster, Ph.D., Holly R. Wyatt, M.D., James O. Hill, Ph.D., Brian G. McGuckin, Ed.M., Carrie Brill, B.S., B. Selma Mohammed, M.D., Ph.D., Philippe O. Szapary, M.D., Daniel J. Rader, M.D., Joel S. Edman, D.Sc., and Samuel Klein, M.D.

N Engl J Med 2003; 348:2082-2090

The Effects of Low-Carbohydrate versus Conventional Weight Loss Diets in Severly Obese Adults(肥満成人における炭水化物制限と従来の食事療法の効果)

Linda Stern, MD; Nayyar Iqbal, MD; Prakash Seshadri, MD; Kathryn L. Chicano, CRNP; Denise A. Daily, RD; Joyce McGrory, CRNP; Monica Williams, BS; Edward J. Gracely, PhD; and Frederick F. Samaha, MD. Ann Intern Med.  2004;140(10):778-785_

いずれも「肥満者に炭水化物制限をしたら、6か月後には脂肪制限や総カロリー制限などの対照群より痩せていた」という内容を示すものでした。

2つの論文はそれぞれ「ニューイングランド・ジャーナル」「内科医学年報」という国際的に権威ある雑誌に取り上げられ、大きな話題を呼びました。

しかし、2006年に行われたメタ解析(複数の研究結果を集めてさらに解析すること)では、これらの研究の問題点が指摘されます。

まず、低炭水化物食はたしかに 6 ヵ月までの体重減少をもたらすものの、1 年で対照群との間に差がなくなってしまったという点。つまり、短期的には効果があっても長期的な効果はないかもしれないということです。

加えて炭水化物制限をしたグループでは、30~50%という高い脱落率を示していたことが指摘されています。効果的なダイエットでも続かなければ仕方ない。とりわけ「主食を減らす」という食生活を大きく変える方法では、この点が問題になります。

次に、炭水化物制限をしたグループでは1年後に血中 LDL コレステロールの増加が見られたという点。

LDL コレステロールというのはいわゆる「悪玉コレステロール」のことで、今のところは動脈硬化の最大のリスクとされています(この点についても激しい議論がありますが)。つまり炭水化物を制限することで、デメリットがあるのではないかという指摘です。

最後に、炭水化物制限をしたグループでは、結果的に総カロリーも下がっていたという点。

これはつまり、やせたことが炭水化物制限によるものだけではないかもしれないということです。「たくさん食べても炭水化物さえ制限すれば減量効果がある」と結論づけるのは早急であるということですね。

こんな風に、一見「低炭水化物ダイエットは効く!」と思わせる論文でも、別の角度から見てみると怪しくなってくるということがあるわけですね。

さて、その後いくつかの研究を通じて、どうやら炭水化物制限はほんとうに減量に有効らしいという話になってくるのですが、続きはまた次回。