国民の実に3割が悩まされているとも言われる腰痛。

僕も救急科にいるときに、腰痛を訴えてやってくる患者さんをたくさん見ました。

そのほとんどは、検査をしても目立った異常の見つからない「非特異的腰痛(「腰が痛い! すぐに病院に行くべき危険な腰痛は? ―日本整形外科学会 腰痛診療ガイドラインから―」参照)」です。我々医師は検査の結果をみて一安心、「大丈夫ですよ」と説明するのですが、そのあと患者さんやご家族からかならずこう聞かれます。

「これ、しばらく続くんでしょうか?」

救急科の医師にしてみれば、非特異的腰痛の診断を下した時点でもう「大丈夫」なのですが、なるほど当の本人にとっては、これから「腰痛持ち」としての人生が始まるということですから、全然大丈夫ではありません。原因自体がはっきり「これ」と言えないもやもや感に加え、いつまで痛みと付き合っていくのかという先の見えない不安も大きいだろうと思います。

今回は、こうした腰痛の予後、すなわち「腰痛がどのくらいの時間をかけて、どのくらい良くなっていくか」について、2012年に日本整形外科学会から発行された『腰痛診療ガイドライン』からご紹介していきます。

目次

※この記事は、執筆者が研修医の時に作成した記事です。

腰痛は1カ月でかなり良くなる。ただし…

『腰痛診療ガイドライン』で引用している論文で、腰痛を発症した患者さんがその後どのように経過していくかを調べたものがあります。

1つ目の論文は、急激に発症した腰痛の患者さんを対象とした15の論文について検討した「システマティックレビュー」(「その健康知識、本当にあってますか? -医学の正しさを示す「エビデンス」とは―」参照)で、3000以上の症例について、痛みの程度や痛みによる運動制限(disability)を点数化して1年間の自然経過を評価したものです。

評価の結果から、論文の著者は次の3つの点を強調しています。

腰痛の自然経過
腰痛の自然経過

1.急性腰痛ははじめの1カ月で大きく改善する

腰痛発症から1カ月間で、痛みの程度は平均58%改善しました。ただし、改善の程度は報告によって12%~84%とかなり大きなばらつきがありました。また、腰痛が原因で休職していた人は、この1カ月で82%が復職することができています。

2.痛みが良くなるのは発症3カ月まで

その後、痛みは3カ月後まで緩やかに改善します。しかし、残念ながら3ヶ月目以降はあまり大きな改善がみられません。3ヵ月でよくなってしまう人もいますが、ちょっとした痛みがそのまま残ってしまう人も一定数いるようです。

3.73%は1年以内に再発する

もう1つ重要な点が、再発の可能性です。総合すると、全体の実に73%が1年以内に再発を経験しています。この割合は報告によって異なりますが、66%~84%といずれも高い割合になっています。

レビューの対象となった論文の中には3年間の再発率を調べたものもあり、その割合も84%とやはり高め。腰痛を発症した人は、一度よくなっても油断してはいけないことがわかります。

ガイドラインではもう1つ、別のシステマティックレビューを取り上げています。こちらの報告によれば、発症から1年後の時点で腰痛がある患者さんは全体の実に62%。再発率は60%と先の報告よりやや少なめですが、それでもかなり高い割合になっています。

こうしてみると、たかが腰痛、されど腰痛、意外と長いお付き合いになりがちな症状であることがわかりますね。

長引く腰痛は心理的な問題から?

悩む

上のような報告を見ると、痛みがだらだらと続く人がいる一方で、すっきりと治ってしまう人もいることがわかります。この違いはどこからくるのでしょうか? そして、自分の腰痛がすっきり治るかどうか、あらかじめ推測する方法はあるのでしょうか?

医学用語では、こうした推測のもとになる要素のことを「予後予測因子」と言います。

ガイドラインでは腰痛の予後予測因子について、まだ十分に信頼できる論文が少ないとしながらも、いくつかの論文を引用してリスクとなる因子を挙げています。

2001年に発表されたイギリスのシステマティックレビューでは、非特異的腰痛の予後予測因子について言及しています。この論文では、34のシステマティックレビューと17の論文を検討した上で、腰痛を長引かせる重要な原因として「個人的な、または社会的な心理社会的因子」を挙げています。心理的要因は腰痛を発症するリスクにもなることが知られていますが、腰痛を長引かせる原因にもなることがほぼ確実視されています。

具体的なポイントは文献によってことなりますが、リスクとなる因子は個人的な怒り、悲しみといった感情から、職場で受けるストレスといったものまで様々です。定量的な分析をすることが難しい領域ですが、少なくとも「ストレスは腰痛を長引かせる」という認識でいいだろうと思います。

たばこと重労働も長期化のリスク

たばこ

日本にも、エビデンスレベルは高くないものの、25の論文を検討したシステマティックレビューがあります。

慢性腰痛で休職経験のある労働者を対象としたこちらの論文では、「心理的要因」の他に、「喫煙」「重労働」「小規模事務所」の4つが長期休業のリスク因子といえるのではないかと指摘します。

「重労働」については統計学的にはっきりした情報ではないですが、患者さんを職種別に分類したとき、事務作業系の仕事では休職が長期化しづらかったということです。ただし、同じ姿勢をとり続けることが多い事務作業は、腰痛発症のリスクになることも知られています。

最後の「小規模事務所」というのは、従業員数が少ないことが長期化のリスクになるのではという指摘です。腰痛が長期化した群では、事務所の従業員数が少なくなるほど患者の数が多くなっていたのに対し、短くすんだ群では従業員数と患者数に関連がなかったということです。統計学的な評価はなされていないものの、興味深い知見だといえるでしょう。

いかがでしたでしょうか。

今回のような「予後」に関する情報は、それだけで腰痛の改善につながるものではありませんが、知っているのと知らないのとでは心持ちがずいぶん違うものです。腰痛になってしまった方、腰痛がなんだか長引いているなと感じる方は、ぜひ参考にしてみてください。