先日書いた低炭水化物ダイエットの記事の中で「エビデンス」の話をしたところ、そもそもエビデンスとはなんなのかという声をいただきました。

そこで今回は、医学情報の質を担保するこの「エビデンス」について、医学になじみのない方でもわかるよう簡単に解説したいと思います。

目次

※この記事は、執筆者が研修医の時に作成した記事です。

医学には根拠が必要

昨今では、健康にまつわるあらゆる情報が飛び交っています。

テレビやインターネットで話題になる健康知識は、しかし、正しいこともあれば見当はずれなこともあります。たとえば「血圧を下げるためには塩分を控える」といった医学界では既に常識となっているものもあれば、炭水化物制限のように今まさに議論がなされているもの、はたまた「コーラを飲むと骨が溶ける」「○○だけ食べていればやせる」といった医学的にまったく根拠がない迷信までさまざまです。

医学になじみのない方がこうした情報の正しさを見極めるとき、いったい何を目安にすればよいのでしょうか?

我々医療者がこうした医学的知識を評価するときには、そこに「エビデンス」があるかどうかに注目します。

「エビデンス」は、直訳すると「証言」とか「証拠」といったような意味の言葉です。

ビジネスの世界では、クライアントとのやり取りをメールや書類の形で残すなど、あとでトラブルのないようにとっておく証拠のことを言うことがあるようですが、医療業界ではもう少し厳密な使い方をします。

医療におけるエビデンスとは、ある診断や治療について「この方法で正確な診断がつく」「この治療でよくなる」と言える根拠のことです。

我々医療者は、根拠のない診断や治療を行うことはできません。診療をできるだけ意味のあるものにするために、多くの研究が行われ、検査や薬の効果、意義が検証されています。普段病院で何気なくもらっている薬も、背景にはその根拠を裏付ける大規模な研究の結果があるのです。

こうした根拠に基づき、統計学的にもっとも妥当な診療をすることを“Evidence-based-medicine”、日本語で「根拠のある治療」と呼びます。

Evidence-based-medicineはもともとアメリカで主流となっていた考え方です。これに対して、日本の医学はドイツをお手本として発展してきた経緯があり、ドイツにならって純粋に科学としての理論に重きを置く風潮がありました。

しかし今日では日本の医療も、より統計学的に結果を追求するEvidence-based-medicineの考え方にシフトしつつあります。

エビデンスもピンからキリまで

医師2

エビデンスにはいくつかのレベルがあり、どのようにして得られたエビデンスなのかによって信頼度が変わってきます。これを「エビデンスレベル」と言います。

エビデンスレベルは厳密には6段階に分かれるのですが、正確な説明はネット上にもたくさんあるので、もう少し簡単に説明します。

Level 内容
1a ランダム化比較試験のメタアナリシス
1b 少なくとも一つのランダム化比較試験(RCT)
2a ランダム割付を伴わない同時コントロールを伴うコホート研究
(前向き研究、prospective study, concurrent cohort studyなど
2b ランダム割付を伴わない過去のコントロールを伴うコホート研究
(historical cohort study, retrospective cohort studyなど)
3 症例対照研究(ケースコントロール, 後ろ向き研究)
4 処置前後の比較などの前後比較、対照群を伴わない研究
5 症例報告、ケースシリーズ
6 専門家個人の意見(専門家委員会報告を含む)

参考:科学的根拠に基づく肝癌診療ガイドライン 2013年版(PDF)より

まず、エビデンスとしてもっともレベルが低いのは「専門家の意見」

意外かもしれませんが、「専門家がこう言っている」というのは必ずしもあてにならず、根拠としてはあまり意味がありません。「私の経験上はこの治療がよく効く…」といったような話はよくありますが、そこにはさまざまなバイアスが含まれている可能性があります。

バイアスというのは、結論を出すまでの過程にある情報収集や認識の偏りのこと。たとえば「経験上よく効く」という主張は、「よく治った症例だけ鮮明に記憶しているだけではないか?」という反論にまったく耐えることができません。実際に、今まで効くと言われてきた治療法が、研究の結果否定されることもあります。

エビデンスレベルを高めるためには、こうした情報の偏りを排除する努力が必要になります。

「権威者の意見」よりもう少し信頼度が高いのが、「症例報告」「ケースシリーズ(一連の症例)」。実際にこういう患者さん(達)がいましたよ、という報告です。専門家が言っているだけ、というのとは異なり、少しは根拠として強いものが出てきます。

そして、それらの症例を系統的に分析した研究は「前後比較」「対象群を伴わない研究」と呼ばれます。たとえば、

「過去2年間の間、Aという病気の患者さんにBという治療法を試したところ、これだけの患者さんが良くなった」

というような話です。

この場合「対照群」というのは、「Aの患者さんにBを行わなかったグループ」「Cという別の治療法を行ったグループ」を指します。「前後比較」を対照群も交えて行った研究は「症例対照研究」と呼ばれ、さらにもう一段レベルの高いエビデンスがあるとみなされます。

 

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