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男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia 、略称AGA)は生え際(前頭部)・つむじ付近(頭頂部)の毛が細く短く軟らかくなっていって、最終的には毛髪が後退・消失してしまう生理的な現象です。思春期以降にみられ、年齢が高くなるにつれて発症頻度は高くなります。一方で、AGA対策に有効な飲み薬(内服薬)や塗り薬(外用薬)も登場していて、テレビCMや街中やインターネット上の広告などで「AGAは治療できる」という認識も広がっています。

AGA治療は自由診療で行われるため健康保険の適用外で、それなりの金額がかかります。また、様々な治療法が謳われていて、実際に効果があるのか、患者さんの不安は尽きません。では今現在、どのような治療法が標準とされているのでしょうか。巷(ちまた)でよく言われている毛髪に関する俗説は正しいのかも含めて、2017年末に日本皮膚科学会が発表した「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版」を基に、同ガイドライン作成委員会副委員長を務めた板見智先生にお話を伺いました。

診療ガイドラインについては「診療ガイドラインとは~患者と医師が共に病気と向き合うサポートとして~」をご覧ください。

お話を伺った先生の紹介

食生活や洗髪習慣などはAGAの発症率に影響しない

頭の汚れを落とす至福の瞬間

――AGAの診療ガイドラインが2010年に初めて発表されてから、7年ぶりに改訂されました。その間に新しい治療薬が登場したり、再生医療も関わってきたりするなど変化も起きています。

日本皮膚科学会が出しているガイドラインは、基本的に5~6年ごとに改訂していて、脱毛症についても改訂時期を迎えていました。2年ほど前から準備し始め、各担当者が10年以降に新しく報告された論文や試験結果を検証し、それに基づいて再評価してきました。

――「AGAは治療できる」という認識は一般的になってきた印象があります。一方で、インターネット上では髪に良いとされるシャンプーの成分や食生活といった情報も溢れています。ガイドラインに記載されている「AGAの発症には遺伝と男性ホルモンが関与している」という文面を見る限り、AGAの予防はできない印象です。

食生活が欧米化してもAGAの発症率に変化はありませんし、洗髪習慣も昔と比べると随分違いますが、基本的に関係はありません。洗髪は皮膚表面の洗浄ですので、成分が表面から7~8mm奥にある毛包まで届くことはありません。髪の毛はいわば細胞の死骸なので、髪にパーマをあてたり髪を染めたりする行為なども影響を及ぼしません。

AGAは進行性で、発症した時点から何もせずに5年経つと確実に髪の毛の数は減っていきます。そこに対して5年後も髪の毛を維持できる、運が良ければ数も増える治療が出てきたということです。

フィナステリドとデュタステリドの差は?

AGAの主な治療法とそれぞれの推奨度リスト(ガイドラインを基にいしゃまち編集部で作成)

推奨度Aは「行うよう強く勧める」、Bは「行うよう勧める」、C1は「行ってもよい」、C2は「行わない方がよい」、Dは「行うべきではない」

治療法 推奨度
フィナステリド(内服薬) A(女性型はD)
デュタステリド(内服薬) A(女性型はD)
ミノキシジル(内服薬) D
ミノキシジル(外用薬・5%、女性型は1%) A
アデノシン(外用薬) B(女性型はC1)
LEDおよび低出力レーザー照射 B
成長因子導入および細胞移植療法 C2
自毛植毛術 B(女性型はC1)
人工毛植毛術はD
かつら C1

――治療に関して、飲み薬(内服薬)で推奨度A(行うよう強く勧める)とされたのはフィナステリドとデュタステリドの2種類でした。フィナステリドは前回に引き続いてですが、デュタステリドは今回初めてガイドラインに加わりました。この2つの薬にはどのような違いがありますか?

生化学的にみれば、5α-還元酵素(※編注1)はⅠ型とⅡ型の2種類があります。Ⅰ型の酵素は全ての細胞・臓器に存在し、脱毛症でターゲットになるのはⅡ型です。フィナステリドはⅡ型の酵素をブロックし、デュタステリドはⅠ型、Ⅱ型両方とも阻害する作用があります。

ただ、Ⅰ型をブロックしていることが効果を強めている、フィナステリドよりも効果があるという客観的なデータはありません。

フィナステリドとデュタステリドとを同じ期間投与すると、投与後半年の時点ではデュタステリドの方が有意差(偶然ではなく差があったこと)を持って効果があったという結果はあります。しかし、二重盲検試験(医師も被験者も治験薬の中身を知らないで進めていく臨床試験法)を半年で止めているため、その後フィナステリドとの差がどうなったという報告はありません。

また、日本国内でデュタステリドを使ったオープンスタディ(医師も被験者も何の治療に対する治療法なのか理解した上で勧める臨床試験法)があります。この試験でもスタート時より6カ月で有意差に本数は増えていました。1年後も有意差はありましたが、6カ月後と1年後の結果に有意差はないと読めるデータがあります。つまり、6カ月で頭打ちだろうということです。

フィナステリドは5~10年という長期のしっかりとした評価はありますが、デュタステリドは半年、長くて1年の研究結果しかなく長期の成績はまだ分かっていません。どうして半年の時点でフィナステリドよりデュタステリドの方が効果的なのか、説明はなされていません。

フィナステリドとデュタステリドの大きな違いはどの型の酵素をブロックするかだけでなく、半減期(血液中から成分が半分まで減っていく時間)の差もあります。半年ぐらいしっかり服用すると、フィナステリドは半減期まで数時間、デュタステリドは半減期まで数週間かかり、長く体に留まります。私は継続して酵素を抑制していると解釈しています。

そのため万が一副作用(フィナステリドは稀に肝機能障害、デュタステリドは性欲減退・勃起障害・射精障害)が出た場合、フィナステリドは服用を止めればすぐ血液から抜けていくので大きな問題はありませんが、デュタステリドは抜けるまで時間がかかるというリスクはあります。

※編注1…5―α還元酵素は、男性ホルモンの一つであるテストステロンをより強力にし、毛根にダメージを与えるジヒドロテストステロンに変換する働きを持ちます。

 

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