風邪を引いた時などに処方される薬、抗菌剤。皆さんも、一度はお世話になった経験があると思います。しかし近年、この抗菌剤が効かない「耐性菌」が増えていることをご存知でしょうか。

このほどアメリカ疾病対策センター(CDC)が、アメリカに住む49歳の女性が、すべての抗菌剤が効かない耐性菌に感染したことを発表しました。

伊勢志摩サミットでの首脳宣言にもその対策についての内容が盛り込まれた「耐性菌」。ここでは、その脅威とその対策法について解説します。

目次

抗菌剤ってどんな薬?

抗菌剤(抗生物質)とは、細菌の増殖を抑え、活性をなくす作用を持った薬です。カビや細菌などを活用して作られており、例えば有名な「ペニシリン」という抗菌剤は、青カビから作られています。

風邪を引いたら抗菌剤を服用する、というイメージをお持ちの方は少なくないでしょう。しかし実は、風邪の原因の多くは細菌ではなくウイルスなので、抗菌剤は風邪に対して効果がありません。ただし、風邪を引くとそれがきっかけで細菌に感染してしまうことがあるので、肺炎の予防などを目的として抗菌剤が処方される場合があります。

 

昭和30年代以降、街中のクリニックでも抗菌剤が処方されるようになり、細菌感染などの治療が可能となったため、日本の平均寿命は大幅に伸びました。この当時では、抗菌剤の普及が小児年齢の感染症による死亡率低下にも関連していました。

抗菌剤の効かない「耐性菌」の出現

耐性菌の脅威

一方、近年問題になっているのが、抗菌剤の効かない「耐性菌」と呼ばれる菌です。

同じ抗菌剤を不必要に濫用した結果、その薬に抵抗する力(耐性)を持った菌が登場してきました。今まで有効だった抗菌剤が、効かなくなってしまったのです。

以下は、アメリカにおいて感性菌(抗菌剤が効く菌)と耐性菌で感染症が起きた場合の死亡率を比べたものです。耐性菌の方が、2~3倍死亡率が高くなっていることが分かります。
耐性菌と感性菌に夜死亡率比較-図解
※アシネトバクター・バウマニ:土の中や河川など、自然環境中に生息する細菌です。通常は無害ですが、細菌に対する抵抗力が低下した人(集中治療室の患者さんなど)に対して、肺炎をはじめ様々な症状を引き起こします。

多剤耐性菌の登場

さらに問題となっているのが、複数の抗菌剤への耐性を持つ多剤耐性菌の出現です。多剤耐性菌に有効な抗菌薬は種類が少ないため、治療が困難なのです。

これまでは、どんな多剤耐性菌に対しても、一部の抗菌剤による治療が可能でした。しかし、今回アメリカで見つかった菌に対しては、耐性菌に対する“最後の手段”といわれる「コリスチン」という抗菌剤も効きませんでした。さらに、この細菌はコリスチンに対する耐性遺伝子(MCR-1を持っているといいます。この細菌が広まった場合、世界中で多くの死者が出るおそれがあるのです。

多剤耐性菌は通常の細菌と比べて数が少ないため、身体の免疫力が低下している・菌が増えやすい状態になっているなどの条件が揃った場合に発症します。

耐性菌と院内感染

耐性菌の流行(アウトブレイク)は、今までは主に院内感染で問題とされてきました。

例えば過去には、ある病院でバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)という耐性菌が流行したことがあります。1人の患者さんの胆汁に含まれていた菌が106名もの患者さんに感染しまい、そのうち消化器のがんや胆のう穿孔を患っていた5名の患者さんがVRE感染症を発症しました。現在その病院では、感染予防策(衛生や感染者の隔離、清掃など)および抗菌薬の適正使用を徹底し、対策に努めています。

健康な人が日常生活において感染するリスクは、それほど高くないとされています。しかし今後、健康な人でも感染するような細菌において多剤耐性菌が発生した場合、多くの死者が出ることも予想されます。しっかりとした対策を取ることが急務です。

日本で耐性菌が広がる可能性は?

今回はアメリカで見つかった多剤耐性菌。では、日本の現状はどのようなものなのでしょうか?

実は、世界各国に比べ、日本はうまく耐性菌感染症をコントロールできています。日本感染症学会や日本化学療法学会をはじめ、様々な学会が提唱する指針の通りに抗菌薬を使用してきたことで、特定の耐性菌の蔓延が起こらなかったと考えられます。

そうは言っても年々、耐性菌の検出率は高くなってきています。下記のグラフは近畿地区におけるESBL産生菌(基質特異性拡張型ベータラクタマーゼ産生菌:代表的な耐性菌の一種で、抗生物質を無力化するESBLという物質を作り出すことができる菌)の検出率を示すものです。右肩上がりで、徐々に増えてきていることが分かります。
ESBL産生菌の分離状況(近畿地区)図解
また、今後も新たな耐性菌が登場していくであろうことを考え、日本も新たな対策をとることが必要となってきました。耐性菌は、インフルエンザのような爆発的な流行を起こすことはありませんが、同時に感染者が減っていく可能性も低いのです。そのため、多剤耐性菌による感染症は今後増えていく可能性が高いと考えられています。

厚生労働省は2015年11月に「薬剤耐性(AMR)タスクフォース」という機関を設置し、以下の6つの目標に取り込んでいます。

  1. 普及啓発・教育
  2. 動向調査・監視
  3. 感染予防・管理
  4. 抗微生物剤の適正使用
  5. 研究開発・創薬
  6. 国際協力

一人ひとりが耐性菌に対する知識や理解を深め、抗菌剤を正しく使っていくことが大切なのです。

人類の敵耐性菌をこれ以上増やさないために

耐性菌への対策として、現在も新たな抗菌剤が開発されています。しかし細菌も、新たな薬への耐性をどんどん獲得しており、年々耐性菌の出現率が高くなってきています。つまり、研究者と細菌のいたちごっこと言うべき状態になっているのが現状です。

さらに、抗菌剤の開発には莫大なコストが掛かるため、新たに開発される抗菌剤の数は減少傾向にあります。
承認された抗菌薬数の変化-図解
では、私たちにできることは何かあるのでしょうか?

耐性菌は、細菌と抗菌剤の接触によって生まれ、増えていきます。そのため、以下のような対策が有効だと考えられています。

1.感染症を起こさない広げない

まずは、世界各地で発生する感染症にかからないよう、しっかりと予防することが大切です。

細菌に感染するのを防ぐためには、手指の衛生状態を保ちましょう。帰宅時・トイレの後・調理の前などには、水と石鹸で丁寧に手を洗ってください。また、濡れた手は清潔なタオルやペーパータオルなどで拭き、水分が残らないようにします。

また、予防接種も有効な手段の一つです。その一例として、小児期と高齢者における肺炎球菌のワクチンがあります。予防接種を受けることで、細菌に感染しても発症しないように免疫をつけることができます。また、ワクチン接種により多剤耐性菌の蔓延も予防できることが知られています。

2.起きた感染症は確実に治療する

上記に気を付けていても感染してしまった場合、その感染症をしっかりと治療する必要があります。

健康診断や早期受診により、できるだけ症状が軽いうちに治療を始めることが必要です。また、病院では院内感染を防ぐため、スクリーニング検査を行うことが有効です。

3.抗菌剤を適正に使用する

もう一つ注意したいのが、抗菌剤の使い方です。

抗菌剤は、医師から処方された場合にのみ使用します。「以前にもらった薬が残っているから」と自己判断で服用することは控えてください。

また、処方された抗菌剤は、医師の指示に従い、決められた量を決められた時間に服用します。このとき、処方された薬は必ず飲みきってください。自己判断で服用をやめてしまうと、体内の抗菌薬の濃度が低くなり、細菌を完全に殺すことができません。すると、新たな耐性菌を生み出す危険性が高まってしまうのです。

副作用などが辛くて抗菌剤の服用を中止したい場合も、必ず医師と相談した上で対処しましょう。

さいごに

耐性菌の出現率は上がっている一方、新たな抗菌薬の開発は滞りつつあるのが現状です。このまま耐性菌の出現と感染拡大が続くと、人類の存亡に関わる脅威になってくるおそれがあります。

各国の政府が耐性菌についての対策をとり始めていますが、抗菌剤の正しい使い方を守るなど、私たち一人ひとりにもできることがあります。未来の世代に負の財産を残さないためにも、できることから一つずつ行っていきましょう。