「がん緩和ケア病棟」と聞いた時に、皆さんはどんな場所を思い浮かべますか?「治療ができなくなった人が入る場所」「死を待つ場所」といった、暗いイメージを抱く人もいるのではないかと思います。
実際に緩和ケア病棟には、治療が見込めないがん患者さんが入棟し、心身の苦痛に対するケアを受けます。しかし「そこは決して一般病棟と全く異なる場所ではなく、あくまでもオーダーメイドのケアを行う病院の病棟である」と話すのは、東京医科歯科大学医学部附属病院 腫瘍センター長・同大学大学院 医歯学総合研究科 臨床腫瘍学分野教授の三宅智先生です。
本記事では三宅先生に、「緩和ケア」と、東京医科歯科大学(医科歯科大)の緩和ケア病棟・緩和ケア外来についてのお話を伺いました。
緩和ケア病棟は「入ったら出られない」場所ではない
今回お話を伺った三宅智先生
――緩和ケア病棟は「治療が見込めない患者さんが入る場所」だといいますが、そのイメージは正しいのでしょうか?
今まで緩和ケア病棟というと、完全にがんの治療が終了してから(これ以上治療することができない状態になってから)入る病棟でした。ところがここ数年、その現状が変わりつつあります。分子標的治療薬などの新薬の登場によって、治療のサイクルに戻れる人が少なからず出てくるようになったのです。
それから「プレシジョン・メディシン(精密医療)」という、ゲノム診断の存在があります。がん患者さんの遺伝子を全部調べて異常のある遺伝子を見つけ、保険適用外であっても、それに対応する薬があれば使用するということを指していて、国家プロジェクトのような形で始めています。
「今までのがん治療はもうできない」と言われた人たちに対して、新しい、しかもより適切な治療ができる。そうなると、これまでの緩和ケア病棟の定義に沿って入棟していた患者さんたちもそういう治療を希望される場合が多いです。ですから、境目がないのが実情です。
こういうことが今後は多分増えてくると思うので、がん治療、特に薬物治療と切り離さない形で運用できるような体制を作りたいと考えています。
――実際に、一般病棟に戻る患者さんにはどのようなケースがありますか?
現状だとまだ、そこまでは多くはありません。入院患者さんの中には、そういう人はいないのが実情です。
一方、他科から「緩和ケア外来(※)を紹介してほしい」と来た口腔がんの患者さんがいたのですが、ちょうどその頃に「アービタックス」という分子標的治療薬が口腔がんに適応になった(使えるようになった)んですね。それを提案したら「ぜひやってみたい」とおっしゃって。本来であればそこでもう緩和ケア病棟に紹介するというルートだったのが、また一般病棟での治療に戻り、その後3年ほど抗がん剤の治療を続けられました。
そこで治療を止めていれば、おそらくは月単位で亡くなっていたと思います。そこの見極めは人によっても全然違います。
医師も含め、緩和ケアというと「もう治療がない」と、ゴールみたいに思っている人が多いです。しかし、緩和ケアはあくまでそのときの症状を楽にするケアです。そこから先は治療に戻る方もいるし、亡くなる方もいる。そういう考え方に変わってきていると思います。
※編集部註:東京医科歯科大学附属病院では、主科との併診(例えば胃がんの場合、消化器外科と緩和ケア外来とにかかる)による「緩和ケア外来」を設けています。
――抗がん剤による治療が可能になって退院される方がいる一方、民間療法や怪しげな治療を希望される方もいるのではないでしょうか。
います。当院の外来はたいてい主科と併診なのですが、外来の患者さんの多くが(医科歯科大以外のところで)そういった治療を受けています。ただし、それらの患者さんの多くは主治医には言っていないんです。
そういう患者さんには、コストのことと、エビデンス(効果があることを示す証拠)のことを話します。エビデンスがある治療が必ず効くかというとそうでもないので、そこは「エビデンス」という考え方を説明します。最終的には患者さん自身の判断で決めることなので、こちらで「こうしよう」とは言いません。
そういった治療を希望されるのは、外来の方が多いです。ただ、入院患者さんでも、今までやってきた民間療法を続けている方もいます。そこはもう、自己責任と言ったら変ですが、止めはしていません。
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