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認知症とは、もともと正常であった脳の働きが、何らかの原因で慢性的に障害されることで知能の低下が見られる状態のことです。認知症はその原因や症状によって分類され、数多くの種類がありますが、ここでは最も頻度が高く、認知症の大半を占めるアルツハイマー型認知症を例にとります。代表的な症状は、古い記憶は保たれているものの、新たな情報が覚えられない記銘力障害(きめいりょくしょうがい)という記憶の障害です。一般的に、認知症の場合はその進行は緩やかであるため、老化による自然な記憶力の低下との区別がつきづらいことがあります。また、本人が病気という自覚に乏しいことが多く、周囲から物忘れを指摘されても、それを否認するばかりか、ともすれば物忘れを取り繕おうとすることがあります。それ自体が病態失認といい典型的な認知症の症状の一つなのです。そのため、症状がかなり進行するまで認知症の発症に気付かれないことも珍しくありません。認知症の最大の危険因子は加齢であり、この高齢化社会にあって、患者さんは激増しています。2012年の厚生労働省の調査によると、65歳以上の認知症の有病率は15となっているのです。

65歳以上になると、アルツハイマー型認知症発症のリスクは高まっていきます。少し前に人と話したことや、約束ごとなどを思い出せない頻度や失くし物が増えていることを「年のせい」にして受診を先延ばしにしていませんか?

早期発見、早期治療の重要性

アルツハイマー型認知症は、早期発見・早期治療が重要です。アルツハイマー型認知症は脳内にアミロイドβ蛋白という異常蛋白が蓄積し、正常な脳細胞が変性、脱落することによって起こると考えられています。残念ながら、現在の医学では、根本的な治療法は確立されていません。しかし、病院を受診し、診察と検査の結果、診断が確定したなら、進行をある程度抑制する薬を投与してもらうことによって、発症や進行を遅らせることができる場合があります。その薬を認知障害進行抑制薬と呼びます。その薬は、認知症が初期で、薬が効果を発揮できる正常な脳細胞がまだ多く残っている段階で使用した方が、かなり認知症が進行した状態から使用するより効果があるのです。

また、受診し、血液検査や脳画像検査を行うことで、認知症かどうかの確認はもちろん、甲状腺機能低下症や、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫など、物忘れの原因となっている別の病気が判明することがあります。その中には原因によっては十分に治療可能なものもあります

さらに、診断の結果、認知症ではなかったとしても、本人の物忘れの程度を踏まえて、認知症の予防のために、今後何に気をつけたらいいか、医師からのアドバイスを聞くことができるというメリットがあります。認知症の発症予防や進行抑制のためには、薬物療法だけではなく、食事、運動対人関係といった生活習慣の改善や、高血圧高脂血症糖尿病といった生活習慣と深くかかわる身体疾患の予防や治療が重要なのです。そのため、診察で身体の健康状態も把握してもらったうえで、認知症の予防のために有意義な生活習慣、あるいは重要な身体疾患の治療や予防について、医師に相談することが役に立ちます。以上の点から、物忘れが目立ってきた段階で、その原因を調べるための病院の受診が重要なのです。

皮肉なことに、ご本人が自分の物忘れを訴え、診断や検査のための受診を自ら望む時は、受診によって診断を受けても異常がない場合が多いのです。むしろ先ほどの自分の異常を自覚できない病態失認という症状のために、周囲が物忘れを指摘しても本人が頑固に自分の異常を認めず、受診を拒むときにこそ、本人が認知症である可能性はかえって高く、受診が重要なのです。このような場合には、本人の物忘れをあからさまに指摘して受診を促しても拒否される場合が多いものです。そのため、あえて本人には物忘れの自覚を問い詰めず、受診について、「高齢になれば、誰でも念のために行う一般的な検査」などと伝えて勧める方が、受診を促すためには効果的です

病院に行くことをためらってしまう方は、まずはお住まいの地域の「地域包括支援センター」に認知症についての相談窓口がありますので、ご活用されてみてはいかがでしょうか。また、相談窓口の一覧を紹介しているサイトがありますので、電話相談からすることができます。

認知症を見抜くポイントは「物忘れの特徴」

老化による物忘れと認知症による病的な物忘れにはその特徴に違いがあり、前者を「良性物忘れ」、後者を「悪性物忘れ」と呼びます。物忘れの中でも「悪性物忘れ」が目立ってきたときが要注意なのです。その区別については、次の表を目安にしてください。

加齢によるもの忘れ(良性物忘れ) 認知症のもの忘れ(悪性物忘れ)
体験の細部や一部分だけを忘れる。時間が経てば思い出す 体験をまるごと忘れてしまう。時間が経っても思い出さない
もの忘れのみがみられる もの忘れに加えて判断力が低下していたり、
物事を一人で成し遂げられなくなっている
もの忘れを自覚している もの忘れを自覚していない
物を失くしたとき、
努力して見つけようとする
物を失くしたとき、
誰かが盗ったと思い込むことがある
日時、自分が今どこにいるかはわかる 日時、自分が今どこにいるかが
わからなくなる
取り繕いはみられない しばしば取り繕って話を合わせてしまう
日常生活に支障はない 日常生活に支障をきたす
症状は目に見えて悪化しない 症状がどんどん酷くなる

初期の症状を見逃さないために…チェックリストを使ってみよう

細かい積み木

今回は大友式認知症予測テストというチェックリストをご紹介します。こちらは市町村のホームページなどでも紹介されているものですが、認知症の初期症状を判断する目安としてご活用ください。認知症の場合には、ご本人は症状に自覚のない場合が多いので、ご家族が一緒にチェックした方がいいでしょう。

  1. 同じ話を繰り返す。
  2. 知っている人の名前を思い出せない
  3. ものをしまった場所を忘れる
  4. 漢字を忘れる
  5. 今しようとしたことを忘れる
  6. 説明書を読むのを面倒がる
  7. 気がふさぐ
  8. 身だしなみを気にしなくなる
  9. 外出を嫌がる
  10. ものが見つからないと他人のせいにする

(ほとんどない=0点、時々ある=1点、頻繁にある=2点)
0~8点:正常、9~13点:要注意、14~20点:受診が望ましい

認知症と似た症状が出る病気

高齢者によく見られる、認知症と似た症状が出現する病気があります。以下に、その主な病気を示しますが、認知症との区別は難しい場合が多く、ご判断に悩む場合にも、病院を受診した方がいいでしょう。

うつ病

物忘れが見られたり、物事への興味がなくなったり、外出が億劫になったりするなど、認知症と共通する症状が見られます。上記の大友式認知症予測テストで、6~9の項目に特に当てはまり、他の項目は余り当てはまらない場合は、認知症だけでなく、うつ病の可能性も考えられます。うつ病の場合には、物忘れは治療によって改善することがあります。

せん妄

せん妄は、環境の変化や服用している薬、身体疾患の影響などで、一時的な軽度の意識障害を起こしている状態です。その症状は短時間で変化しやすく、物忘れに加え、幻視や妄想が見られたり、興奮状態になったりすることがあります。認知症のように徐々に発症するわけではなく、高齢の方が入院した直後などに、急激に発症することがあります。基本的には、その原因になっているものを取り除いたり、改善させたりすることで、元に戻ることが多いものです。ただ、認知症はせん妄の危険因子でもあり、合併して起こることがよくあります。

まとめ

認知症にしても、ほかの病気にしても、ご自宅で診断することはできません。アルツハイマー型認知症はその症状が緩やかに進行し、ご本人も自覚に乏しい場合が多いため、発見がともすれば遅れがちになります。しかし、認知症の進行を抑える薬物療法が効果を十分に発揮するには、早期発見、早期治療が重要なのです。ご自身やご家族がご高齢になった時に、物忘れを当たり前に思いすぎないことです。そして、その程度や経過について注意を払い、この記事をご参考に、場合によっては病院の受診をご検討ください。

また、早期発見による薬物療法も重要ですが、そもそも運動や人付き合いなど、普段から活動的な生活習慣を維持し、バランスのとれた食事を心がけ、高血圧や糖尿病などの身体疾患の治療をきちんと行っておくことです。それによって、認知症の発症や進行を抑えられる可能性があるからです。