赤ちゃんの頭が大きくなる病気として知られている水頭症ですが、水頭症は赤ちゃんだけの病気ではありません。水頭症はどの年代にも起こりうるもので、特に高齢者には、「治る認知症」といわれる特発性正常圧水頭症という病気があります。特発性正常圧水頭症とはどのような病気なのでしょうか?詳しく解説します。
水頭症とは脳室が異常に大きくなった状態
人間の脳には4つの脳室があり、この脳室で脳脊髄液(髄液)が作られています。髄液は脳全体を保護する役割や脳圧のコントロール、脳の老廃物の排泄、栄養やホルモンの運搬などの役割があり、脳から脊髄の表面を循環した髄液は頭頂部にあるくも膜顆粒という組織から静脈(静脈洞)に吸収されます。水頭症とはこの髄液の産生、循環、吸収の中で起こるなんらかの異常によって、脳室が正常以上に大きくなった状態をさします。
水頭症はその原因によって分類され、乳児には脳の形態異常(奇形)などの先天的な原因によるものが多い一方で、髄膜炎やくも膜下出血、脳腫瘍、頭部外傷による水頭症(続発性正常圧水頭症)はどの年代にも起こるものです。さらに高齢者では、はっきりとした原因が分からない特発性正常圧水頭症というものがあります。水頭症の概要と乳児に起こる水頭症についての詳細は、「赤ちゃんの水頭症、4つの症状と発達への影響について」をご参照ください。
高齢者に多い特発性正常圧水頭症とは?

特発性正常圧水頭症(iNPH:idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus)とは、髄液が過剰にたまり、脳室の拡大が認められる病気です。特発性正常圧水頭症は他の水頭症と異なり、脳圧(脳脊髄圧または頭蓋内圧とも言います)は正常であることが多く、①歩行障害 ②認知症 ③尿失禁という3つの主症状が見られます。
歩行障害
歩行障害は3つの症状の中でも初期症状として現れることの多い症状です。足が上げづらく、歩幅が小さくなります(小刻み歩行)。さらにUターンするときなどによろめいて転倒することがあります。
認知症
物忘れがひどくなるほか、一日中ぼんやりとして趣味などをしなくなる、呼びかけに対して反応が鈍くなるなどの症状がみられます。
尿失禁
トイレが非常に近くなり(頻尿)、我慢できる時間が短くなる(尿意切迫)などの症状がみられます。尿意を伴わない真性尿失禁は少なく、歩行障害のためトイレに間に合わない切迫尿失禁がしばしみられます。
特発性正常圧水頭症は「治る認知症」?
特発性正常圧水頭症の場合、髄液が貯まって脳機能を障害することにより、これらの症状が一時的に生じていると考えられています。貯まった髄液を排除すれば、症状が改善される見込みがあることから、「治る認知症」として注目されています。
特発性正常圧水頭症の診断と検査
特発性正常圧水頭症の診断は、専門医(脳神経外科医、神経内科医)による観察と本人や家族への問診を行い、病気の疑いがある場合は頭部CTやMRIなどの画像診断と、髄液を採取する検査を行います。
iNPH重症度スコア
問診の際の指標となります。iNPH重症度スコアとは、特発性正常圧水頭症の3大症状を判定するために用いられるスコアです。病気の重症度の判定や、治療後の症状の改善具合を確かめるために用いられています。
歩行障害 | 何らかの歩行障害があるか どの程度の歩行障害なのか |
0 | 正常 |
1 | ふらつき、歩行障害の自覚のみ |
2 | 歩行障害を認めるが補助器具(杖、手すり、歩行器)なしで自立歩行可能 |
3 | 補助器具や介助がなければ歩行不能 |
4 | 歩行不能 |
認知症 | 認知症があるか どの程度の認知症なのか |
0 | 正常 |
1 | 注意・記憶障害の自覚のみ |
2 | 注意・記憶障害を認めるが、時間・場所の見当識は良好 |
3 | 時間・場所の見当識障害を認める |
4 | 状況に対する見当識は全くない。または意味ある会話が成立しない |
尿失禁 | 尿失禁があるか どの程度の尿失禁か |
0 | 正常 |
1 | 頻尿または尿意切迫 |
2 | 時折の失禁(1~3回/週)以上 |
3 | 頻回の失禁(1回/日)以上 |
4 | 膀胱機能のコントロールがほとんどまたは全く不能 |
髄液循環障害検査
髄液循環障害検査とは、脳室に貯まっている脳脊髄液を取り除いて、症状の改善具合を確認する検査です。
もっとも簡便に行われる髄液排除試験(髄液タップテスト)は、横向きに寝た状態で腰の骨の間(腰椎間)に穿刺針を刺し、髄液圧を測定し、30mlほどの髄液を排出します。検査は局所麻酔で行い、検査後は1~2時間の安静を必要とします。1回の検査で症状が一時的に改善することもあれば、数回行った後に改善することもあります。
このほか、持続的に髄液を排出させる持続髄液ドレナージ検査などが行われます。これらの検査で症状が一時的に改善すれば、手術(髄液シャント術)が有効であることが期待できます。
他の病気との鑑別
特発性正常圧水頭症の他にも高齢者が歩行障害や認知症を起こす病気は多くあります。特発性正常圧水頭症はまだよく知られていない病気でもあり、すぐには正確な診断に至らず、認知症状からアルツハイマー型認知症と思われていたり、歩行障害はパーキンソン病、尿失禁は泌尿器科系の病気として治療されていたりするケースもあります。症状だけでこれらの病気との区別は難しく、これらの病気を併発している場合にはさらに診断を困難にします。正確な診断のためには、専門医(脳神経外科医、神経内科医)による診察と画像診断、さらには髄液循環障害検査が必要です。
特発性正常圧水頭症の治療

特発性正常圧水頭症の治療では、溜まった髄液を減らすシャント手術が行われます。
シャントとは短絡や近道という意味で、シャント手術は脳で吸収されなくなった髄液を身体の別の場所で吸収させるよう、管をつなぐ手術です。脳室とお腹を結ぶ脳室腹腔短絡術(VPシャント:ventriculo-peritoneal shunt)のほか、近年では、腰椎とお腹を結ぶ腰椎腹腔短絡術(LPシャント:lumbo-peritoneal shunt)が主流になっています。LPシャントは頭部を処置する必要がないというメリットがあり、頭蓋内出血の危険性もほぼありません。
まとめ
認知症のなかには、高齢者に起こりやすい特発性正常圧水頭症があります。発症の原因ははっきり分かっていませんが、髄液の排出が悪くなることで脳が障害され、歩行障害、認知症、尿失禁などの症状を来す病気です。アルツハイマー型認知症などとの区別が必要な病気ですが、適切な診断と治療により回復が見込める認知症です。気になる症状がある場合は、早めに専門医に相談してみましょう。