トンズランス感染症は、「格闘家白癬」とも呼ばれ2000年頃から、格闘技の競技者を中心に広がっている感染症です。名前からおわかりの方もいるかもしれませんが、白癬菌(水虫などを引き起こすカビの一種)の仲間が原因となります。

文部科学省の「学校において予防すべき感染症の解説」にも記載され注意が呼びかけられていますが、なぜ注意が必要なのでしょうか?

目次

トンズランス感染症とは?

トンズランス感染症とは、トリコフィトン・トンズランス菌が原因となる感染症です。トリコフィトン・トンズランス菌は、水虫の原因としてよく知られている白癬菌の一種で、日本で感染が確認されたのは比較的最近です。

白癬菌は、人の角質(アカ)、髪の毛、爪などに含まれるケラチンというタンパク質を好んで食べて生きているカビ(真菌)の一種です。栄養分のある部位であれば基本的にどこにでも寄生し、寄生する部位によって呼ばれ方が異なります。

  • 水虫:足に感染
  • 爪水虫:爪に感染
  • ゼニタムシ:顔や首などの体部に感染
  • インキンタムシ:陰部に感染
  • シラクモ:頭皮、頭部に感染

本稿で紹介しているトリコフィトン・トンズランス菌は、元々は中南米の土着の白癬菌で1960年代にキューバからアメリカに、そして2001年頃から格闘技の国際交流試合によって日本に持ち込まれ度々感染が確認されています。柔道、相撲、レスリングなどの格闘技の競技者を中心に感染が報告されていましたが、患者の家族・友人への感染もみられるようになりました。2012年から全国の中学校で柔道が必修科目となり、学校での集団感染にも注意が呼びかけられています。

トリコフィトントンズランス菌とは?注意すべき3つの特徴

白癬菌は世界で40以上の種類が確認されていますが、このうち日本では10種類が人間に感染する菌として知られています。中でも最もよく見られるものに、トリコフィトン・ルブルム菌、トリコフィトン・メンタグロフィテス菌といった種類の白癬菌があり、トリコフィトン・トンズランス菌(以下、トンズランス菌)も彼らの仲間です。

新しく輸入されてしまった白癬菌として注意が促されていますが、これまでの白癬菌とは何が違うのでしょうか。

1.感染力が強い

白癬菌は、「角質層」という皮膚の一番表面の部分に感染する菌です。トンズランス菌もこの例にもれず、ゆえに感染経路は、練習や競技中に肌がこすれるなどの体の接触が原因です。

トンズランス菌がふつうの白癬菌と異なるのは、角質層への侵入の速さです。通常、角質層への感染が成立するには、角質層に白癬菌が付着してから24時間以上の経過する必要があるといわれていますが、トンズランス菌の場合には12時間あれば充分とされています(土浦市医師会より)。白癬菌による感染症の対策は、感染する前に付着した菌を皮膚表面から取り除くことが基本となりますが、より短時間で感染成立してしまうことはトンズランス菌の感染力の強さを物語っています。

2.治りにくい

トンズランス菌のもうひとつの特徴として、菌が毛内に侵入しやすいことがあげられます。一見治ったように見えても菌が残っているようにみえ、毛内に侵入することで塗り薬による治療が難しくなります。

3.感染に気づきにくい

日本でよく見られる通常の白癬菌に比べ症状が軽いことが、感染したことに気づきにくいという特徴があります。治療せずに放置しても半年ほどで症状がなくなります。症状がなくなっても、保菌者として感染源となる恐れがあります。

このように無症状でも菌を保有している状態を無症候性キャリアーと呼びます。頭部に菌が感染して無症候性キャリアーとなった場合、症状が消えてもフケについた菌を周囲にばらまいてしまう危険があります。

トンズランス感染症の症状と治療

塗り薬

上半身が接触しやすいという競技の特性から、体部に感染する「ゼニタムシ(体部白癬)」と頭部に感染する「シラクモ(頭部白癬)」がよく見られます。

体部白癬(タムシ)

症状

体部白癬は、顔、首、上半身にトンズランス菌が感染します。直径1~2cmかさかさしたピンク班で、中心から治癒するのでリング状となることがあります。ひとつから複数みられます。首や顔に見られる場合、放置していると頭髪に菌がもぐりこんでしまう可能性があるので、早めに治療しましょう。

治療

抗真菌剤外用薬(塗り薬)の治療が基本です。1週間ほどで症状は消えてきますが、途中で止めると再発のリスクが高くなるため、止めずに1ヶ月くらい塗り続けることが必要です。爪は短く切って、患部を掻かないようにしましょう。塗り薬の効き目が悪かったり、悪化・再発があるときは、専門医に相談しましょう。

頭部白癬(シラクモ)

症状

頭部に感染した場合で、症状は以下の3タイプに分けることができます。

  • 脂漏性皮膚炎(しろうせいひふえん)型:フケやカサブタが少しできる
  • 黒点状白癬:中途半端に毛が抜け、毛穴が黒く少し盛り上がる、自覚症状がほとんどないこともある
  • ケルスス禿瘡(とくそう):強い炎症を生じて、皮膚が盛り上がる、膿が出る、脱毛する

治療

頭部白癬の場合は特に、早めに治療することが大切です。放置しておくと毛髪の中に菌が入り込み保菌者になる恐れがあります。頭部白癬には、症状がない無症候性キャリアも治療の必要があります。

抗真菌剤入りのシャンプーもありますが、菌の量が少なかったとしても、菌が毛髪に入り込んでしまっている場合にはシャンプーだけでは治りにくいこともあります。そのためできるかぎり、飲み薬(イトラコナゾール、塩酸テルビナフィンなどの抗真菌剤)での治療が勧められています。

また、部活動などで部員の一人が発症した場合には、予防的に全員が抗真菌剤シャンプーを使うべきでしょう。

予防のための3つの指針

まずは、菌がからだに付着するのを避け、自身への感染を防ぎましょう。付着したままの状態にしないことも大切です。加えて、万が一自分が保菌者だった場合を考慮し、周囲への感染を防ぐ配慮も必要です。もしも集団感染が発生してしまうと、さらに感染が拡大する危険があるだけでなく、菌にさらされる機会が増えることで治療をしても治りにくくなってしまいます。一人ひとりが以下のようなことを意識した行動をとることで、予防および早期発見につなげましょう。

菌が付着するのを防ぐ

  • スポーツなどの練習後は、早めにシャワーを浴び頭と体を石鹸で洗う
  • 練習場はできれば掃除機でこまめに掃除をする。菌のエサになるものをなくす

周囲へ感染させない

  • 使用済の道着、ユニフォームは毎回洗濯する
  • 選手同士での衣類やタオルの共用は避ける

早期発見早期治療

  • フケが増えた、頭がかゆい、カサブタができるなどの症状がある場合は、速やかに皮膚科を受診する
  • トンズランス菌に感染している選手には治療を促し、練習は休ませる
  • 疑わしい症状があって病院を受診する際には、格闘技をやっているなど感染リスクがある旨を伝える

まとめ

トンズランス感染症は、格闘技選手だけにとどまらず、選手の家族、友人などにも感染が広がっている病気です。軽い症状のことも多く、保菌していても症状がない場合もあり発見しにくいことも感染を広げる原因となっています。また、疑わしい症状があって病院を受診する際には、格闘技をやっているなど感染リスクが場合にはその旨伝えましょう。指導者の方がこうした知識をもって指導することも必要です。