ほとんど寝ずに鬼気迫る形相で計画書を何本も立案し「俺についてくれば絶対大丈夫だから」と自信満々に周囲に人に説明し続けていたかと思ったら、今度はボーっとして全く集中できてなく、単純なミスを連発してしまう。好不調の波が激しすぎる結果、周囲に迷惑をかけてしまう人。双極性障害かもしれません。

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双極性障害とは

以前は躁うつ病と呼ばれていた病気で、うつ状態とその対極である躁状態、この2つを繰り返す脳の病気を双極性障害といいます。イメージとしてはオシロスコープです。理科の授業などで目にしたことがあると思いますが、縦軸を電圧、横軸を時間としたグラフで、電気信号の時間的変化を見る機械です。ざっくりいえばプラスのときが躁状態、マイナスの時がうつ状態といったイメージです。

それではうつ状態と躁状態に分けて症状を説明いたします。

うつ状態

頭抑える男性-写真
うつ状態というのはイメージしやすいかもしれません。具体的には以下のような症状がほぼ毎日、ほぼ1日中みられ、その結果、社会生活上の障害となるような状態をいいます。

双極性障害では躁状態があるため、躁状態のないうつ病と比べると感情の波の幅は大きく感じられます。

抑うつ気分

気分が落ち込んでふさぎこみがちになる、わけもなく涙を流すようになるなど周囲から見てもわかる落ち込みがみられます。

興味の喪失

好きだった音楽鑑賞のはずなのに「聴くだけで頭が痛くなる」とむしろ遠ざけるようになってしまう、など興味が失せるどころか鬱陶しく感じてしまいます。

食欲低下

ほぼ毎食の食欲低下がみられます。その一方でほぼ毎食の食欲増加がみられる場合もあります。

不眠

眠れない、眠れても2時や3時に目が覚めてしまう。その一方で異常に寝すぎてしまう場合もあります。

焦燥、制止

焦燥というのはそわそわして落ち着かない様子です。絶えず太ももをさすっていたり、椅子に座っていることができずに歩き回ってしまったりといった状態です。

制止というのは活動全般が非常に遅くなる状態です。ボーっとしてしまい、行動がゆっくりになったり、話しかけても返答が来るまでに時間を要したりします。

易疲労性、気力の減退

疲れやすさ、やる気が起きないといった症状がみられます。

無価値観、罪責感

必要以上に自分を責めます。「病気になってしまい周りの人に迷惑をかけ申し訳ない」といった発言にとどまらず「私のミスが日本全体の経済を停滞させてしまった」「私のせいで世界に平和が訪れないのだ」といった妄想めいた発言もみられることがあります。

思考力、集中力の低下

何かに取り組もうとしても続かないし、考えもまとまらないので結果として何もできないに等しい状態になります。

自殺念慮

罪責感との関連もありますが、過度に自分を責める結果追い込まれ逃げ場を失い「死んでお詫びするしかない」という考えに支配されます。

躁うつ病患者で自殺念慮を抱く人自殺行動を起こす人は35-50%いて、実際に自殺を完遂する人が20%いるという報告があります(Bipolar Disorder)。

躁状態

うつ状態の反対ではあるのですが、そう書いてしまうと「ウキウキした気分」を想像してしまうかもしれません。しかし残念ながらそんなことはありません。躁という漢字のつくりである喿というのは、木に止まる鳥たちが口々にうるさく騒いでいる様子を意味します。躁という漢字は喿に足へんがついて、さらに騒々しく動き回る様子を表しているのです。

エネルギーを持て余し、あらゆることを勢いよくやれる状態で、本人としては調子が悪いなんて微塵も自覚しませんが、周囲としては大変な目に合います。

例えば高級外車を契約してしまう、暴力事件を起こしてしまう、といった行動がみられ、家族がクーリングオフの手続きをしなければいけなかったり、被害者に頭を下げないといけなかったりすることがあります。これだけ問題を起こしても、本人は「あいつが悪いんだ。自分に問題があるわけがない」と感じていますので、周囲が感情的に叱責したり、「精神科に行け」と怒鳴りつけたりしても、逆に激昂します。

具体的に挙げると次のような症状があります。

気分の高揚

気分が高まり爽快に感じるよりも、苛立ちが強くみられることが多いです。自分がポンポンと調子よくいろんなことができると感じる一方で、自分と同じペースでできない周囲に対してイライラしやすくなります。

自尊心の肥大、誇大

「自分にならどんなことだって可能だ」と大きくでます。症状が強まると「自分は神の生まれ変わりだ」といった妄想を呈することもあります。

睡眠欲求の減少

「寝なくても俺は大丈夫」と言い、寝ることを惜しんで作業に取り掛かり続けます。

多弁

周囲がうんざりしていてもお構いなしにしゃべり続けます。周りが何度止めてもお構いなしにしゃべり続けます。

観念奔逸

頭が冴えわたりすぎ、イメージがどんどん湧き出てくるため、本題からどんどん逸れてしまいます。

Wikipediaで物事を調べていたら、どんどん関連用語に飛んでいってしまうことが私にはよくあります。でも、どこかで気づいて本来調べていた項目まで戻ります。しかし観念奔逸状態では戻ることなく関連用語から関連用語に飛んでいってしまい、帰ってきません。結局本題が解決できずに時間が過ぎていきます。

注意散漫

上の観念奔逸に近いのですが、外からのちょっとした刺激で脇道に逸れやすい状態です。結局関係ないことに気を取られ、本来の目的を達成することができません。

活動性の増加

せわしなく動き回り、活動量自体は増えるのですが、観念奔逸、注意散漫もあって結局は成し遂げることなく無意味な活動に終わることが多いです。

快楽的活動に熱中

ものすごく高価なものを買い漁る、性的無分別がみられるなどから、金銭面・人間関係で大きな損害を生じやすいです。

このような症状が1週間以上続き、明らかに社会生活に支障を来し入院が必要であるほどの状態を躁状態といいます。

また、4日以上続き、明らかに社会生活に支障を来すほどではないにせよ、明らかにいつもと違う状態の時を軽躁状態といいます。

受診から治療まで

うつ状態で受診するか、躁状態で受診するかで流れが違います。各々に分けて解説いたします。

うつ状態で受診した場合

診察室-写真
自殺の危険性が高い、食事が食べられず衰弱が強く見られる、などの状態であれば入院が考慮されます。しかし、そこまで程度が重くないうつ状態であれば外来で治療開始となります。

大事な判断材料の一つとして「うつ病なのか双極性障害なのか」が挙げられます。というのも双極性障害でうつ状態の患者に抗うつ薬を投与すると薬の影響で躁状態に転じてしまうこと(躁転)がしばしばあります。うつ状態だからといって安易に抗うつ薬を始めてしまうと大変なことになってしまいかねないのです。なので「今まで躁状態はありましたか」と確認します。

明らかな躁状態があれば別ですが、上記のように軽躁状態なんかだと「ナチュラルハイ」と区別がつきづらいです。また、今までの経過に躁状態がなかっただけ、という双極性障害もあります。このような場合は残念ですが慎重に経過を診ていくしか術がありません。

躁状態で受診した場合

基本的には本人に病気だという自覚はなく、家族だけでは病院に連れていくことができず、親戚一同が集結して連れてきたり、警察が介入する事件にまでなって警察に連れてこられたりと、周囲がやっとの思いで病院に連れてくるという形がほとんどです。また、躁状態の定義として「入院が必要であるほどの状態」とあります。よって、家族から同意が得られないなどの事情がない限り入院しての治療となります。

行う治療としては第一に安静です。バッテリーが切れてしまう前に強制シャットダウンをするイメージです。

全例というわけではありませんが、保護室とよばれる静かな個室に外側から鍵をかけ本人の意思では出ることができない状態にする隔離や、隔離でも安静が保てない人であればベッドに帯などを使用して運動を制限する身体拘束といった行動制限が行われることが多いです。

そこに薬物が投与されます。気分安定薬といわれる薬や、抗精神病薬といわれる薬がよく用いられます。行動制限にて身体の安静を目指し、薬物によって脳の安静を目指すのです。

躁状態がひと段落したころに心理教育を行います。繰り返す病気であること、症状を抑えるために正しく薬を飲むこと、薬で起こりうる副作用はなにか、など病気について正しい知識を得ることが再発予防に重要となってきます。

入院を必要とするような躁状態の改善が見られ、治療継続の重要性が理解できた状態となれば退院し外来通院という形になります。

ここから先は躁状態、うつ状態ともに共通の流れとなります。

薬物治療によって感情の波の振れ幅を小さくするような治療を行います。繰り返すことの多い病気ですので、再発予防のためにも医師の指示通りに内服をしていくことが重要です。

一般的な薬はその時の状態によって何錠飲むか決まりますが、気分安定薬の多くは定期的に血液検査をし、血中濃度を見ながら量を調節していきます。有効な血中濃度を維持していく必要があるため、しっかりと指示されたとおりに内服しましょう。

有効血中濃度未満では効果が期待できませんが、逆に有効血中濃度以上になってしまうと、意識がもうろうとする、手足が震えるなどの様々な中毒症状がみられます。同じ量を内服していても、風邪をひいた、いつもより汗をかいた、市販の痛み止めを飲んだなどちょっとしたことで血中濃度が上がることがあります。自分の飲んでいる薬に関して、どのような副作用が出ることがあるか、しっかり把握しておいた方が良いでしょう。

周囲の人は

うつ状態では

うつが強いと自殺を考えることもあります。双極性障害ではうつ病よりも自殺の危険性は高いといわれています(Bipolar Disorder)。そのような時でも、まずはそばにいることを一番に考えてください。決して何かをしてあげようとかではなく、そばにいるだけでよいのです。

何かを話したそうであれば、話を聞いてください。アドバイスをするは必要ありません。ただ聞くだけでいいのです。話したくない様子であれば無理に話を引き出す必要はありません。

気晴らしも勧めないでください。自分から何かをやろうとしているときは、無理しすぎないように援助してください。

あとは必ず良くなることを伝え焦らずに待つことです。

躁状態では

躁状態は原則入院が必要なので、早急に病院に連れていくしかありません。しかし、このような状態の本人を受診させるのは至難の業です。この方法なら絶対に大丈夫、といったやり方は、残念ながらありません。信頼している目上の人に説得してもらう、専門の業者に依頼するといった方法も挙げられますが、あくまでも工夫の一つです。

ただ、騙して病院に連れていくことは絶対にしないでください。躁状態が落ち着いたときには「あの時は躁状態だったな」と振り返ることができ、入院が必要だったことも理解できるようになります。しかし、騙されたという事実と、そのことによる感情的なしこりは躁状態が落ち着いても消えません。

また、暴力に怯えて、本人の言いなりになり、腫物を触るように扱うのも良くありません。暴力をふるわれる、もしくはその危険性があるときは警察を呼ぶこともためらわないでください。

安定後

この病気は繰り返すことが多いです。なので、今がどのような状態か注意深く見守っていく必要があります。眠れているか、活動性が高まってないか、ふさぎ込んでないか、などの変化を注意深く見ていきましょう。本人では気づかないことを周りはたくさん気づきます。早めに対処することで感情の波の振れ幅を小さくすることができます。

「早く良くなってね」という言葉がこの病気の一番の足枷になります。「良くなる」という漠然とした言葉は、焦りを生んでしまうことになります。また、良くなる=薬から卒業する、と考えてしまい、自らの判断で薬をやめて症状をぶり返すということがありますので。

長く治療を続けないといけない病気ですので、焦らずに腰を据えて共に歩む気持ちで患者さんに寄り添ってください。