世界でもっとも多くのCTを保持する国、日本。

OECDの統計によれば、日本のCT保有数は12,943で世界最多。2位がアメリカで12,740台とほぼ横並びですが、3位のブラジルでは3,057台と一気に減ります。人口当たりでみると100万人あたり97.3台で、OECD諸国の平均22.1台の4倍以上となっています。

医療分野に関心のある方なら、誰もがこの話題を耳にしたことがあるかと思います。時節柄、医療者よりもむしろ一般市民のほうが高い関心を持っているかもしれません。

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たとえば経験の少ない若手の医師が夜間の当直をしていて、自分の専門領域でない疾患の可能性が少しでも頭をよぎった時、CTを撮らないという判断をするにはそれなりの勇気を要するわけです。身体所見や血液検査である程度の絞り込みはできるとはいえ、一定の確率で見逃しが発生します。万が一のことがあれば「病院にCTがあるのに撮ってもらえなかった」と後から訴えられるかもしれません。念のためCT撮っておこうか、という話になります。

一方、患者としても心配でしかたないですから、絶対大丈夫と安心して帰りたいところがあります。深夜の救急外来で、開口一番「CT撮ってもらえませんか」という方も少なくありません。

もちろん病院側から見れば、CTは撮れば撮るほど利益になるわけですから、デメリットは全くありません。

つまり、ミクロで/短期的に見ると、医師、患者、病院というステークホルダー3者が、みなCTを撮るインセンティブを持っているということになります。

ただし言うまでもなく、マクロで/長期的に見ればCTの頻用には被曝の問題もありますし、社会的コストの問題があります。必要ないならCTなんて撮らないに越したことはありません。

こうした観点から「無駄なCTは撮らない」という信念を貫く医師ももちろんいます。現場にはCTの適応を厳密に判断するための様々なルールやスコアリングがありますし、それらを駆使してスマートな診療をすることは、医療者にとって1つの正義であり、美学でもあります。

「スマートな診療」のスマートでない現実

学生の頃の僕にとっては、医療経済学や医療政策をかじっていたこともあり、こうした美学は疑いようもなく正しいものでした。ところが実際に現場に入ってみて間もなく、何が正しいのかわからなくなるような出来事を経験することになります。

仕事にも少し慣れてきた数回目の当直のときでした。

深夜2時を回ったころに救急外来にやってきたのは、腹痛を訴える10代の女性。心配そうなお母さんに支えられて、体を「く」の字に曲げて歩いて診察室に入ってきました。お昼ころから右下腹部の痛みと吐き気があり、盲腸ではないかと慌てたお母さんが連れてきたのでした。

通常、とくに持病のない若者が激しい腹痛を訴えたとき、まず考えるのが虫垂炎、いわゆる「盲腸」です。また女性であれば、妊娠や婦人科系の疾患も鑑別に上がります。他にもたくさんの病気がありますが、緊急を要することがある疾患で、なおかつ頻度の高いものとして、その2つの可能性は否定しにかからなければいけません。

虫垂炎の痛みでとりわけ特徴的なのは、「マックバーニー点」や「ランツ点」といった右下腹部の特定の点の圧痛(押した時の痛み)や、痛みがみぞおちやへその周りで始まり、だんだん右下腹部に移ってくるような痛みの部位の移動など。そのほかにも、嘔吐、食欲低下などの症状を訴える方が多いといわれています。

彼女はといえば、右下腹部の痛みと吐き気ということで一応虫垂炎を思い浮かべたものの、痛みの強さや性状から虫垂炎とは考えにくく、妊娠の可能性もなかったことから、指導医とも相談しておそらく普通の胃腸炎でしょうという話になりました。血液検査を見ても強い炎症はなさそうだったので、CTは取らずに帰すことにしました

ただし、初期の虫垂炎で症状が軽微な場合、その時点では診断がつかなくても後から虫垂炎とわかることもあります。また、緊急性はなくともまったく別の病気が隠れている可能性もあります。このため、詳しい検査はしないが絶対安全とも言い切れない微妙なケースについては「念のため」の話をすることがよくあります。この時も、盲腸は大丈夫なんでしょうかとしきりに心配するお母さんに、「今のところは虫垂炎らしくないですが、100%否定できるわけではありません。なかなか良くならなかったり、症状が強くなったりするようだったらまた受診してください」とお話ししました。

その2日後の朝、病院の売店で買い物をしていると突然「あの、先生、先日はどうも」と声をかけられました。誰だろうと思ったら、その時のお母さんでした。結局もう一度連れてきたんです、というので、ひょっとして彼女は本当に虫垂炎だったのかと青ざめましたが、話を聞くとどうやらそういうことではなさそうです。

あの日、深夜の救急外来を受診した後も腹痛は続いていたものの、特に悪くなるわけでもなく経過していました。が、お母さんとしてはCT検査をしなかったこと、「完全には否定できない」と言われたことがどうしても気にかかります。いてもたってもいられず、次の日すぐに近所の内科クリニックへ彼女を連れていきました。

内科クリニックではもう一度採血をしてもらったものの、やはり強い炎症を示す所見はなく、あまり虫垂炎らしくはなさそうです。産婦人科クリニックも受診し経腟エコーを当ててもらいましたが、やはり結果は異常なし。産婦人科疾患でもなさそうです。

しかし、それでも娘がお腹を痛がるので、お母さんの心配はおさまりません。なによりCTを撮っていないことが気になります。2件のクリニックをまわった翌日、相変わらず痛がっている娘を見て、もう一度病院に行ってCTを撮ってもらおうと思ったのだそうです。

そうですか、それは大変でしたね、お大事にと言ってお母さんと別れてから、申し訳ないことをしたような気持ちになりました。自分の説明が不安にさせたかなとか、CTくらい撮ってあげてもよかったかなとか、いろいろと考えました。しかし一方で、少なくとも医学的見地からすれば、自分の対応はたぶん間違っていなかったはずとも思いました。

後からカルテをのぞいてみると、その日行われていたのはCTではなく超音波検査でした。消化器内科の先生が診察し、やはり虫垂炎は否定的であると診断していたことを知りました。