食べ物を飲み込むことができなくなったとき、栄養を取る方法としてお腹と胃を直接つなぐ小さな穴:胃ろう。あなたはこれをつけますか?と聞かれると「食べられなくなったら死ぬ。それが自然だ。そんなことをしてまで生きたいとは思わない。」と答える方もいるでしょう。

ですが、あなたのご両親や身内の方、親しい方のことを考えてみてください。

  • 脳梗塞で突然倒れる。食事をとると必ずむせる。腕からの点滴では栄養が足りない。
  • 病気で徐々に飲みこむ機能が失われていく。ほかは大丈夫なのに。
  • 意思疎通はうまくいかない。でも温かいし、何かの時には笑顔になる。
  • 栄養状態を改善する方法がある。

どうされるでしょうか。

健康な状態のあなたにはすぐには起こりえないことですが、人は年をとります。
身近な方の中には年配の方もいるでしょう。
胃ろうをつけるのかつけないのかの判断は本人ではなく、身近な方に委ねられることが多いのです。

今回は胃ろうをめぐる問題、その解決への提案をご紹介したいと思います。

目次

胃ろうと聞くと
「悪い」「延命」「無駄」「医療費がかかる」
といったイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。

医師の中にも
「胃ろうはとにかく悪い。絶対に行うべきでない」とされる方もいるそうです。

2014年、胃ろうの保険点数が改訂されました(2014年度診療報酬改定)。
胃ろうを造る費用が一律で40%減額となりました。更に嚥下機能が一定割合回復するなどの条件を満たさないとそこから更に20%減額されます。嚥下機能を評価する事により無駄な胃ろうを減らそうという強い意志がうかがえます

嚥下機能評価等を行うことで加算されるので、それらの条件を満たせば約10~20%の減額となりますが、同じ処置に対して一律での減額であり、反発も起きています。

私は医師となってしばらく、胃ろうがとても嫌いでした。造るときの危険性やチューブ交換に伴う不安等がそういう気持ちにさせていました。

たまたま胃ろうの研究をすることとなり、今では「患者さんのメリットの有無」を考えています。胃ろうを手放しで讃えるのでも毛嫌いするのでもありません。
大嫌いだった処置に対してこの様に思うに至ったのには理由があります。

胃ろうを考える時

食べ物がのどの奥にあたると嚥下(えんげ)反射が起き、食道へと物が運ばれます。喉には食べ物の通り道のほかに空気の通り道があります。食道は物を飲み込むときだけ開きますが、気道は開きっぱなしです。

脳梗塞などにより嚥下機能が失われると開きっぱなしの気道に物が流れ込んでしまいます。これが「誤嚥(ごえん)」です。肺に食べ物が入ると肺炎が起きます(図解消化器内科学テキスト 中外医学社2006)。

脳梗塞などで嚥下機能が失われたり、食道癌などで食道が詰まったり、食物を飲みこめない状況となると栄養をどのようにとるのかが問題となります。腕からの点滴では一日に必要なカロリーを入れきることが困難です。

食事が全くとれない状況での栄養投与方法は主に以下の三つです。

  • 鼻から胃までのチューブを入れて栄養を流し込む:経鼻胃管
  • 胃ろう
  • 心臓に近い静脈へ点滴の針を留置する:中心静脈栄養

それぞれの主なメリットとデメリットは以下の表のように考えられます。

メリット デメリット
経鼻
胃管
  • 安い、簡単
  • 胃腸を使えて生理的
  • 経口の薬も使用可能
  • 肺への誤挿入のリスク
  • のどの違和感
  • 栄養投与中は抑制を
    必要とすることもある
  • 鼻のただれ
  • など
胃ろう
  • 比較的簡単
  • 胃腸を使えて生理的
  • 経口の薬も使用可能
  • 内視鏡などの設備を要
  • する
  • 合併症:肺炎、下痢、
  • 創部感染
  • 処置の危険性
  • など
中心
静脈
栄養
  • 比較的簡単
  • 点滴ルートとして
  • 使用可能
  • 感染のリスク
  • 輸液の費用
  • 経口薬が使用できない
  • 処置に伴うリスク
  • 投与時間が長い
  • など

胃ろうではそのまま風呂に入ることも可能ですが、中心静脈栄養の場合には、感染予防の為に濡れないように覆う必要が出てきます。また、経鼻胃管ではのどや鼻の違和感があります。

胃ろうはそもそも経鼻胃管や点滴よりも管理が楽で、患者さんの苦痛が少ない事から欧米で広まりました(NPO法人PEGドクターズネットワーク)。

胃ろうに限らず、栄養投与を考えるのは、その後も長く生きることを見込んでのことです。そのため、管理が楽であることは非常に重要なポイントです。感染予防のために清潔を維持する操作が必要になったり、一度の栄養投与時間が長かったりするのでは管理が大変です。

ここまでのところ胃ろうは良さそうです。ではなぜ問題になるのか。

医療の現場

病室 (2)

臨床の現場でよく経験した胃ろうを造るまでの経過です。

脳梗塞で入院。発症から時間も経ち症状が安定し、リハビリも開始となった。嚥下機能が回復せず、栄養投与方法を考える必要が出た。本人との意思疎通は困難。
急性期病院では平均在院日数が2週間以内の必要があり、長期入院は不可能。このため、後方支援病院を探し始めた。幸い受入れ候補となる施設がみつかった。
感染のリスクや管理の面から中心静脈栄養(IVH)管理はできないが、胃ろうであれば受け入れ可能との返事が来た。
このため家族と相談し胃ろうを造設した。

この一連の経過で造ることになる大きな理由に「急性期病院を退院後の施設の受け入れの為」が現れています。こうした理由を社会的要因と呼びます。
中には「こんなに状態の悪い患者さんに胃ろうを造って大丈夫だろうか」と思うこともありました。

「苦痛が少ない」、「栄養の改善に優れている」点は患者さんの為と理解しやすいです。
「管理が楽」、「感染の危険性を考えて」、という点も患者さんの為と理解できます。

ですが、
「施設に入る為」という社会的要因が前面に立ってしまうとどうでしょう。

より根本的に、栄養状態改善を目指すべき状態か、本人の希望はという問題も存在しています。

簡単で楽、栄養状態も優れている為に広まった。しかし、胃ろうによるメリットとデメリットを検討しているのか。この問題提起が胃ろうをめぐる問題の一つとなっています。

胃ろうはそもそも
「飲み込む事が出来ず栄養がとれず衰弱していく。」
「飲み込むと誤嚥を起こし、肺炎を起こす。」
これらの状況を打破するためのものです。

すなわち
造った後、栄養状態が良くなり長く生きられる
誤嚥による肺炎を抑える
ことが大きなメリットです。

実は胃ろうはこれらの点についても疑問が投げかけられており、問題に拍車をかけています。

次回は胃ろうをめぐる効果の問題について紹介し、研究結果からの解決への提案を致します。