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病院を利用する際、「(受診までの)待ち時間」にストレスを感じる方も多いのではないでしょうか。負の感情を抱いてしまいがちな待ち時間を、少しでも良い体験に変えようと取り組む学生たちがいます。東京医科歯科大学の4年生5人は2017年度、院内で患者さんに読んでもらうフリーペーパーを創刊。現在もさらなる企画の充実を目指しています。

なぜ待ち時間に着目したのか。どうしてフリーペーパーを採用したのか。制作を通じて感じた課題なども含めて、携わった学生のうち3人(吉田鈴さん、稲場志築さん、岡慎平さん)と、指導を担当した長堀正和先生に取材しました。

待ち時間を充実した時間に

待ち時間という課題に取り組むことになったきっかけは、学生たちが受講していた「東京医科歯科大学メディカルイノベーター養成プログラム」でした。このプログラムは2013年度から5年間(1年目は準備期間)、医療現場の変革や課題解決を担える人材(イノベーター)の育成を目的に開講しました。

17年春のプログラムで病院の課題解決を目的としたワークショップが開かれ、学生たちは「病院で改善してほしいこと」を把握するため、病院を受診する患者さんへのアンケートや病院長にインタビューなどを実施。そのアンケートで最も意見が多かった「待ち時間が長いことへの不満・ストレス」をテーマに据えることにしました。

待ち時間そのものを短くすることは、時間を意識するあまり医師と患者さんとのコミュニケーションに影響を及ぼし、医療の質の低下につながってしまうと懸念して断念。モニターなどに待ち時間を表示する案も、学生の立場で実現できる可能性は低いとして見送りました。

そこで考えたのが、「待ち時間を充実したものにして、苦痛と感じる時間を減らそう」(吉田さん)という案でした。何か熱中できるものを用意することで、手持ち無沙汰であったり苛立ったりしがちな、「ただ待つ」という状況を変えようとしたのです。

どうすれば待ち時間を少しでも快適にできるのか―。検討している中、着目したのは誰もが手に取れる冊子やフリーペーパー。様々な冊子を調べていて、院内に置いてある病院のPRや保険制度の話題などを盛り込んだものは、病院側が伝えたい情報であっても宣伝要素が強く患者さんが引き込まれるような内容ではないと感じました。

その中で、新幹線の座席前に置いてある車内サービス誌が印象に残りました。稲場さんは「新幹線に乗るよう押し付けるものでなく、旅先の魅力を伝えるなど読んでいると旅行に行きたくなる内容で、よくできていると感じました」。また「乗車時間が短縮できない環境に、病院の待ち時間と重なっているとも思いました」と言います。

患者さんと医療の“心の架け橋”を目指して

フリーペーパーの中身については、最初「(入院したときの)病院生活をよりスタイリッシュに」など、エンターテインメントを重視するようなものをイメージしていました。しかし「病院を訪れる人はそもそも体調が良くない状況だったり、診察や応対する医師に不安を抱いていたりしています」(岡さん)という状況を鑑みると、検討し直す必要がありました。

そのような時に大学の広報担当者から「もっと『医学生がつくる』という点を考えてみては」とアドバイスをもらい、自分たちの立場や、医師とコミュニケーションを取りに来ている患者さんのためにできることを熟慮。医学生は医師と患者の中間地点に位置していることを再認識し、その心と心をつなぐ役割を担えると判断しました。

作成に取り掛かったのが冬の季節だったため、内容はインフルエンザや感染症予防について図解を用いてわかりやすく解説するものに決定。大学病院の協力を得ながら、取材を進めました。「見た目にもこだわりたい」とデザインは専門の業者に外注。冊子のタイトルには自分たちの立ち位置を意識して「Pont(ポン、フランス語で架け橋)」と名付けました。

Pontの意図なども加えた上で、冊子は3月に完成。創刊準備号として大学病院内で配布しました。講義を受講している他の学生たちに見てもらうと、「(冊子のクオリティに)良い意味で驚いてもらえました」(岡さん)と上々の評価でした。

学生たちは現場の声も聞こうと、来院していた患者さんに冊子を直接手渡し、評価に関するアンケートに協力してもらいました。稲場さんは「患者さんからは『医学生がこういった活動をしているのは良いですね』と褒めてもらえました」と手応えを感じた一方で、「テーマ自体に興味を持てない、字が小さいなどの指摘ももらいました」と課題も口にします。

学生たちのさらなる学びに期待

制作に携わった学生たちは、より充実した内容を目指して、次号のコンテンツをブログに書き込むなど準備しています。また課題解決が一朝一夕でないことも自覚していて、吉田さんは「患者さんと医療をつなぐというコンセプトを大事にしながら、自分たちがノウハウをしっかり会得した上で、志を引き継いでくれる後輩たちを探したいです」と取り組んだ立場としての“責任”も感じています。

指導を担当する長堀先生は「学生たちは臨床実習に出るまで患者さんとの接点が少ない中、接点を持てるメリットがあります」と今回の制作の意義を語るとともに、「自分たちだけの力ではなく、病院内外の人たちに協力を仰ぎながら良い物を提供していくことも学んでほしい」とさらなる学びにも期待を寄せています。

取材後記

何かを待つ時間はそもそも楽しいものではないですし、患者という立場であれば不安やストレスを感じるものかと思います。そうした負の面を解決しようと、将来医療者になる医学生が真剣に考えることは、本文にもあったように非常に有意義だと感じます。

取材の中で、例としてディズニーランドの話になり、「長い時間待っても(その先に楽しさがあるから)苦にしない人がいる」という声がありました。娯楽施設とは状況が大きく異なりはしますが、それだけ病院での待ち時間をポジティブにしたいという思いを、ぜひ今後の制作にも役立ててほしいと心から感じました。

※医師・学生の肩書・記事内容は2018年8月29日時点の情報です。