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インプラントとは

インプラントとは、チタンという金属が骨に癒着することを利用し、歯科においては顎骨に人工歯根として応用するものです。この骨癒着をオステオインテグレートと呼び、インプラントフィクスチャーという人工歯根に口腔内に適合する人工の歯を装着するものです。この人工歯のことを上部構造ともいいます。

歯科用インプラントの歴史

1952年、今から60年以上昔にブローネマルク博士(スウェーデン) が、チタンという金属と骨の組織が結合するという事実を発見しました。イエテボリ市応用生体工学研究所所長の科学者であったブローネンマルク博士は、偶然ウサギの顎骨に埋入した純チタン性の実験装置が骨組織と強固に結合することを発見しました。博士はチタンと骨の結合をオステオインテグレーションと名付けました。

1960年代、スウェーデン・イエテボリ大学に移籍した博士は、膨大な基礎研究を続けると共に、オッセオインテグレーションを利用したインプラントを開発。1965年に初めて、純チタン製のインプラントの臨床応用が行われることとなりました。

その後、いくつかの様式のインプラントが臨床応用され、現在はネジ型のチタン製スクリューインプラントが普及し臨床成績が向上しています。

オステオインテグレートインプラントの父である博士は残念ながら2014年他界なされました。

私の歯科臨床、インプラント以前

私がインプラントを歯科臨床の選択肢の一部として現在のように一般的に行う以前。私は重度の歯周病の方や、多数歯欠損の患者さまに向き合う機会を多くいただいておりました。

その当時はともかく歯茎や歯根を綺麗にするために歯周外科処置や、ルートプレーニングを懸命に行い、動揺歯や欠損部をつなぎ、揺れないようにすること、また悪くなった原因の一つは確実にかみ合わせの崩壊なので、かなり大きく補綴治療(被せ物)で噛み合わせや審美性を回復することを試みました。揺れる歯をつなぐことで動揺を抑え、歯冠の咬合面も覆い被せることで、理想とする犬歯誘導を再構築させていただいておりました。

もちろん素晴らしい成果が得られる治療法です。オクル―ザルリコンストラクション(咬合再構築)、クロスアーチスプリント(2次元的歯牙固定)、歯周補綴・歯周外科、エマージェンスドプロファイル(歯茎と歯冠の理想的な形態)などという言葉がトレンドでした。GBR,GTRなどもそのころです。ある意味歯医者と歯科衛生士と歯科技工士が真剣に患者さまとタッグを組み、みんなで汗を流した時代です。私も朝から晩まで彼らとディスカッションした懐かしい私の歯科医創世記でした。

ただしこのころの治療法には大きなリスクがありました。今では積極的に行わない傾向の歯周外科処置によって歯周部は綺麗になりましたが、外科的侵襲により歯茎が大きくリセッション(後退)し、歯根の露出が起こりました。

また、歯をつなげて補綴する目的で多くの歯質を削ることが必要でした。削った部分は被覆するものの、削られた歯質は戻ってきません。1歯だけを削るのではなく、つなげるために削るわけですから平行性を整えるためにもさらに多くの削除量を必要としました。

もちろん極力歯髄保護は心掛けるのですが、治療のたびに多くの麻酔が必要だったり、やはり削ったことによる歯髄炎で神経を取ることもしばしばでした。私の臨床でも1995年まではこの大がかりな一口腔単位の治療が主流でした。のちのメンテナンスがとても重要なのは現在のインプラントと変わりません。

私の臨床、インプラント時代

白い歯

1996年から私は本格的にインプラント中心の治療を行わせていただくようになりました。95年に現ストローマンインプラントのサティフィケートを取り、様々な準備を行い、当時もっともコンセプトが自分の臨床に合っていたアストラテックインプラントを主に用いて患者さまに施術させていただきました。

もちろん最初は私だって症例数が多いわけではありません。とても慎重に症例を選び、診査・診断・手術前処置・手術、そして二次手術の頃からはやはりまだ慣れないことが多い歯科技工士さんと夜遅くまでミーティングを重ねながらインプラント技術に習熟していきました。当時から私を信じてインプラント治療をさせてくださった患者さまに今でも笑顔でお会いできることはとても嬉しいことです。

さて、歯周補綴を専門にしていた私が、なぜまだ一般的な歯科治療になりきっていなかったインプラント治療を中心に行わせていただいたのか。答えは簡単です。前述致しました歯周補綴は、多くの歯を削り、多くの費用が掛かる一口腔単位のとても大きな治療法でした。

大きな成果を上げるためには、多くの歯科でのチェアータイム、高度な歯科医師と歯科技工士と歯科衛生士の技術、そしてその治療にご同意いただき、根気強く通院いただける患者さまが必要でした。やはりメリット、ベネフィットを得るために多くのリスクも伴うものでした。

インプラントはそれをとてもシンプルな診断フロー、治療フローにしてくれました。基本的に生体の一部である歯をなるべく残すべきという考えの私にとって、歯を削らずに欠損部を再建し、動揺のある歯に負担をかけすぎないようにインプラントがかみ合わせの中心にもなってくれます。

どういうことかというと、咬合負担が強すぎた既存の歯ではなく、新しく歯列に加わるインプラントが噛み合わせを司ることにより、負担が軽くなった既存歯は本来の役割に戻り、生体の治癒力で動揺もなくなるのです。残存歯どうしをつなげて被せ、犬歯誘導を理想とし、欠損部と動揺部にかかる負担を分散させる考え方のクロスアーチスプリントでは、健康な歯に新たに多くの負担がかかりました。

インプラントは、ホープレスな動揺歯や欠損部に、骨に癒着した全くぶれることのない歯が植立されるわけで、既存の歯への負担は確実に軽減し、顎機能は飛躍的に改善するものでした。ゆえにそこから20年以上、私はインプラントを大切な患者さま方に応用させていただいてきたわけです。

一口に20年ですが、その間にインプラントも進歩を続け、かつてはインプラントができないような骨のないところも、また無粋だったインプラントの上部構造もとても審美的なものへと変遷してきました。もちろん現在の私にもインプラントは歯科治療のとても重要な選択肢の一つです。

インプラントの今後

初老夫婦

今現在、インプラントと骨とのインテグレーションに疑いを持つことはなくなりました。オステオインテグレートのサクセスレートは99%くらいであるといえます。約3000本のインプラント施術を経験させていただいた私でも30本もロストはなかったはずです。もちろん生体への施しですから、100%でもありません。

今後の技術的な流れとしては、デジタル化が進行してくると考えます。Cad/Camや3Dプリンターなどの進歩と、デジタルダイアグノーシス(診断)が進歩し、より安全に、簡便にシステム化していくことでしょう。どういうことかというと、人間のテクニカルエラーが減少します。

最初の頃は機材の導入などで、かえって高額になるかもしれませんが、技術がいきわたるほどに費用も安定し、今まで以上に成功率の高い、安全な治療法となることでしょう。それと等しく、かみ合わせや審美観からのトップダウントリートメント(高いゴール設定からの治療計画)が実現できるため、より永く美しい仕上がりになるはずです。

また、老年歯科医学会でも話題になり始めているようですが、口腔の崩壊(オーラルフレイル)がサルコペニアやロコモティブシンドロームを誘発し、フレイル(筋肉や心身の活力が低下すること)に至る道筋が考えられています。

健康長寿に咀嚼が大いに関わるのであれば、今後インプラントは多くの方を救うものとして期待できますね。「咀嚼(ソシャク)」と痴呆症の関係も明らかになってきていますので、噛み合わせを維持するための選択肢としての存在意義もおおきくなります。

最期に私なりに少し問題点も指摘しておきましょう。今後確実に迎えるであろう超高齢化時代にとって、介護や介助者への負担という問題は必ず出てきます。インプラントをお受けになる患者さま方の多くは健康な方々です。しかし時間の経過とともに、どなたかのお世話になることも考えなければなりません。

今、介護の現場でのインプラントは、口腔ケアの複雑化を呈し、管理ができないという事例も多く報告され始めました。例えば、周りの既存歯は年齢なりにすべて動揺し、あるいは抜け落ちたにもかかわらず、インプラントの歯だけ歯茎から突出していたら逆に不自由であり、そこがかえって不潔域になり、誤嚥性肺炎などのリスクも増してしまいます。

インプラントによる固定式の義歯やブリッジもしかりです。他の人によるケアが必要になった時、インプラントを口腔から撤去したほうが良い状況はたくさん考えられます。しかし、その健康状態で再び大きな外科処置は出来ません。簡単な処置で顎骨から撤去出来うるインプラントの開発も必要と思われます。

現状では、より小さなインプラントフィクスチャーを使用するという計画が望ましいものと考えます。次々新しいテクニックや器材に飛びつく前に、私たち歯科医師は中長期的な展望に立ってベネフィットとリスクを鑑みる時に来ています。

長文お付き合いありがとうございました。(22,Mar. 2015 Koji Henry Yamauchi)