みなさんは、筋肉やせを意味する「サルコペニア」という言葉をご存じでしょうか?

もともとサルコペニアは、「加齢にともなう筋肉量の減少」を意味する用語として提唱されました。サルコペニアは骨折、寝たきりや他の慢性疾患の原因となり、寿命を縮める可能性があります。

一方でサルコペニアはがん患者でもみられ、手術のあとの合併症の発生率や予後(治療成績)と深く関係していることが明らかとなり、注目を集めています。

今回は消化器外科医の立場から、サルコペニアのがんにおける重要性について解説します。

目次

サルコペニアとは?

サルコペニアとは、ギリシア語で「肉・筋肉」を意味するサルコ(sarco)と「減少・消失」を意味するペニア(penia)をつなげた造語で、「体の活動の障害となり、寝たきりや死に至ることもある病的な筋肉量および筋力の低下」のことです。

サルコペニアには、加齢に伴って生じるもの(一次性サルコペニア)と、がんなどの病気が原因で起こるもの(二次性サルコペニア)があります。

 

サルコペニアの診断基準は研究によって様々で、統一されたものはありません。ヨーロッパの研究グループによると、サルコペニアは、

  1. 筋肉量の低下
  2. 筋力の低下
  3. 身体能力の低下

以上のうち、1および2か3のいずれかがある状態と定義されています。

 

筋肉量の測定には、一般的にコンピュータ断層撮影(CT)などの画像検査が用いられます。

また、握力は男性26kg未満、女性18kg未満、歩行速度では0.8m/秒以下の場合、サルコペニアが疑われます。

サルコペニアの原因

サルコペニアの原因については、加齢による変化炎症、代謝障害、臓器不全、手術など治療そのものが体へ与える負担、また食欲不振消化吸収障害による栄養失調(おもにタンパク質の不足)など、いろいろなものがあると考えられています。

がん患者さん(とくに食道がん、胃がん、膵臓がんなど)では、食事がとれないことによる栄養不足とともに、慢性の炎症やがんによって作り出される物質によってタンパク質の消費が進み、これによって筋肉が破壊され、サルコペニアがすすむと考えられています。

サルコペニアと術後合併症、生存率との関係

多くのがん(食道がん、胃がん、肝臓がん、膵臓がん、大腸がんなど)における研究により、サルコペニア(あるいは肥満を伴うサルコペニア)がある患者さんは、術後の合併症リスクが高くなり、また生存率が低下することが報告されています。

例えば、胃切除を受けた胃がん患者における研究によると、サルコペニアがある患者では、重症の術後合併症が発生するリスクが3倍も高かったとのことです。

また、サルコペニアによる死亡リスクの増加は、肝臓がんで3.19倍、膵臓がんで1.63倍、大腸がんで1.85倍、および大腸がんの肝転移で2.69倍であったと報告されています。

 

このように、サルコペニアはがん患者にとって術後の合併症の発生率や死亡率を増加させる重要な要因であることが分ってきました。

さらに、サルコペニアはがん患者さんだけではなく、一般の人においても寝たきり、認知症、他の慢性疾患の発生率を高め、最終的には死亡率の増加につながるとされています。

サルコペニアの予防治療法

杖をつく手-写真

サルコペニアの予防法、治療法については、いまだ不明な点が多く、確立されたものはありません。しかし、これまでの研究結果では、食事やサプリメントによってタンパク質(特に必須アミノ酸)を補充すること、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのオメガ3系不飽和脂肪酸の摂取、あるいは筋肉に抵抗をかける運動(レジスタンス運動といいます)などが有効であったと報告されています。

 

がん患者さんだけではなく、高齢者においてもサルコペニアの予防が大切であると考えられますが、今後さらに研究が進み、サルコペニアに対するより有効な予防・治療法が開発されることが期待されます。

まとめ

サルコペニアとは病的な筋肉量および筋力の低下のことであり、がん(とくに消化器のがん)の患者さんでみられることがあります。

様々ながんにおいて、サルコペニアは術後の合併症の発生リスク上昇や生存率の低下と関係しています。また、高齢者にみられるサルコペニアは寝たきり、認知症、他の慢性疾患の原因となり、最終的には死亡率の増加につながるとされています。

サルコペニアの予防・治療には確立されたものはありません。ですが、食事やサプリメントからのタンパク質(特に必須アミノ酸)補充、オメガ3系不飽和脂肪酸(EPA やDHA)の摂取、あるいは運動療法などの報告があります。