「性感染症」という病気に対して、どんなイメージを抱きますか?「自分には関係ない」「人と話すのは恥ずかしい」など、色々な声があることと思います。
実は近年、性感染症の1つである梅毒の報告数が男女ともに増加しています。そこで性感染症の予防啓発のために、厚生労働省は2016年、「美少女戦士セーラームーン」とコラボレーションしたポスターを作成しました。性感染症に伴う”タブー”というイメージを吹き飛ばす明るい色合いのポスターや、「検査しないとおしおきよ!!」というキャッチフレーズを、ニュースサイトやSNS等で目にした方も多いのではないでしょうか。
このポスターを企画した、厚生労働省健康局結核感染症課 エイズ対策推進室の担当者に、大きな注目を浴びたポスターが誕生した経緯や、性感染症について若い世代に知ってほしいことなど語っていただきました。

目次

性感染症への「無関心」を減らすための企画だった

セーラームーン啓発ポスター
©Naoko Takeuchi

厚生労働省が平成28年11月に発表したポスター。海外メディアにも取り上げられるなど、多くの関心を集めました。

――昨年(2016年)公開された「セーラームーン」のポスターは、非常に話題となりました。まずは、このポスターを企画した理由や経緯についてお話しいただけますか?

担当者 近年、梅毒の増加が非常に問題になっています。数年前まで、梅毒は男性同性間の性的接触によるものが大半といわれていました。厚生労働省としても男性向けの啓発を行ってきましたが、2、3年程前から、女性の方にも感染が広がっているということが明確になってきています。さらに私たちの予想をはるかに超え、若い女性の割合が非常に多くなってきました。女性にとって、感染症予防のためにはコンドーム等を意識することが必要だということをしっかり考えていただきたく、そのときに手に取りやすいツールというのが非常に重要ではないかということは一つありました。

ただ、梅毒は男性にも当然みられます。ですので、今回の啓発は若い女性だけをターゲットにしたものではありません。セーラームーンは幅広く受け入れられており、LGBTからも評判が良いため、その辺りも含めて今回の起用につながりました。

かつ、作者である武内直子先生のご理解があったことが非常に大きかったと思います。武内先生ご自身も、性感染症のみならず感染症全般について関心をお持ちで、「お役に立てるのであれば」とご理解をいただいて、今回のコラボレーションに繋がりました。

――今回の啓発へは「性感染症について知るきっかけになった」という好意的な意見もあった一方、「キャラクターを汚している」などの否定的な意見もみられました。

担当者 「セーラームーンのイメージを悪くしている」「なんで中学生をモデルにしたマンガを使うのか」というようなご意見はありましたが、武内先生からご理解いただいていたことや「コンドームのパッケージがかわいい」と好評だったこと、様々なメディア様から取材していただいたことにより、皆様に徐々に受け入れていただけたと思っています。

セーラームーンのコンドーム-写真

セーラームーンがデザインされたコンドームは約60,000個を作成。街頭での配布等が行われ、SNSでも話題となりました。

――厚生労働省の中では、マンガのキャラクターを起用することへの反対意見はありましたか?

担当者 無かったです(笑)。(一般の方々から)色々な意見が出ることは分かっていましたし、それでも今、注目されなければいけない話題だということを皆が考えていました。実際、今回の啓発をきっかけに新聞報道も増え、各自治体・保健所等で資材が活用されています。梅毒に目を向けていただくきっかけにはなったのではないかと思っています。

――まずは広く知ってもらうことが目的だったのですね。

担当者 正直に申し上げて、無関心が一番良くないと思います。関心を高めるということが最初にあって、もう少し性感染症について話題になると良いのではないかと思いました。若い方たちが友達同士で話す時に、少しでも話題にしてもらえると良いのかなとは思っています。

性感染症自体、タブー視されている部分があります。特に性のことはどう正しく伝えていくかが重要だと思います。

今回の啓発を一発花火にせず、いかに継続して、皆様に情報を届ける機会を設けられるかということが今後の厚生労働省の課題だと思っています。

※株式会社トライバルメディアハウスによると、「検査しないとおしおきよ」「性感染症」といったキーワードを含むツイートは、11月17日からの1ヶ月で62,432件も出現しました。一方、これらのツイートのうち25,000件以上は、リリースが発表された11月21日に集中しました(厚生労働省よりデータ提供)。

性感染症を減らすための鍵は「教育」

厚生労働省 担当者-写真

――「若い方」という話が出ましたが、今回の啓発の主な対象は、子供の頃にセーラームーンを見ていた世代になるでしょうか?

担当者 そうですね。20代後半から30代前半ぐらいの、ちょうど性的活動が高い世代ではあると思っています。

――キャラクターと同年代である中学生・高校生は、対象には含まれていないのでしょうか。

担当者 今回のターゲットはそこまで明確に定めているわけではなく、「広く」というところではあります。若い世代も「なんだろう?」と思って見てくれれば、それは一つだと思っていました。実際に、高校からもお問い合わせをいただいたケースがありました。

――学校での性感染症教育には、何らかの形で携わっているのでしょうか。

担当者 学校教育は基本的に文部科学省の所管ですが、エイズ及び性感染症については学習指導要領の内容にも含まれています。医療者などの専門家から養護教諭などの先生が最新の正しい知識を得て、発達に応じて普及啓発を図っている地域や保健所などの医師による出張講義なども行われています。また、あわせて教員向けの講習会なども行われています。

エイズや性感染症の問題で重要なのは、最後は普及啓発・教育です。医師や専門家が話すことによって興味を持っていただけることもあり、学校や地域と連携をしながら、地道に活動を進めていくことは非常に重要だと思っています。

急増する梅毒、その現状は?

梅毒報告者数の推移-グラフ
――今回啓発されている性感染症について質問です。梅毒は、どうしてここまで急増しているのでしょうか?

担当者 これは今、研究班が調査をしているところです。データを見ていただく限り、女性では若い世代、男性では20代から40代が増えているということは事実としてあります。

HIV感染症では、こうはなっていません。梅毒を診断する現場の医師に聞くと、性風俗従事者以外の一般の女性や、一般の男性にも出ているようです。ただ、その理由はまだはっきり分かっていないため、研究が行われています。

――女性では20代に多い一方、男性に多い年代は幅があります。

担当者 そうですね。男性に関してはもともと、同性間の性的接触による感染が多かったので、その年代は昔から多かった部分でもあります。ただ、男性の40-50代にも少し増加があり、これは異性間の性的接触によるのではないかと考えられています。

HIV感染症は主に同性間の性的接触によって感染し、そこのコミュニティである意味完結しています。しかし梅毒はそこを飛び出て、異性間の性的接触をする人たちにも入ってきています。これが増加の理由の一つです。

――性感染症は、日本以外の国々でも増加しているのでしょうか。

担当者 今、性感染症は世界的に問題になっています。ただ、HIV感染症以外の性感染症は薬も高価なものは少なく、治療をすればきちんと治る病気です。

各国で増加していることは分かっていますが、日本の梅毒のように全患者数を報告させている国は多くはありません。海外から流入しているかというと、そこはまだ研究の段階です。ただ、梅毒は先天梅毒といって、母子感染を起こす病気です。なので、重要視されている病気ではあります。

編集後記

各所で話題を呼び、性感染症に対する認知度や理解を深めるきっかけにもなったセーラームーンのポスター。そこには、担当者をはじめ厚生労働省の方々の「性感染症への無関心をなんとかしたい」という強い思いがありました。

後編では、性感染症を防ぐため・早期に発見するために私たちは何を知っておくべきなのか、お話しいただきました。是非ご覧ください。

 

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※取材対象者の肩書・記事内容は2017年5月8日時点の情報です。