「薬剤耐性(AMR)」「抗菌薬の不適正使用」といった問題を耳にしたことはありますか?医療の現場ではよく聞かれる用語ですが、一般の方にはまだまだ馴染みの薄い話題かもしれません。

「抗菌薬」は本来、病気の原因となる細菌をやっつけるために開発された薬です。しかし、その薬をいたずらに使うことで菌に薬が効かなくなり、抵抗力を持ってしまった状態を「薬剤耐性」といいます。日本では、2016年に取りまとめた「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン 2016-2020」に基づき、この問題の対策に取り組んでいます。その一環として2017年6月26日、「第1回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰」表彰式及び「薬剤耐性へらそう!」応援大使によるトークイベントが開催されました。本記事では、その様子をレポートします。

目次

抗生物質は「限りある資源」

田中先生、忽那先生-写真

まずは、国立国際医療研究センターの感染症専門医・忽那賢志先生と事業構想大学院大学学長かつ株式会社宣伝会議取締役・田中里沙先生によるトークセッション。「そもそも薬剤耐性って何?」という話題をはじめ、素朴な疑問に忽那先生が答えていきます。

最初に、「風邪」「インフルエンザ」「肺炎」と3つの病気を提示し、「この中で抗菌薬が必要なのはどの病気でしょう?」と問いかける忽那先生。抗菌薬はウイルスには効果がないため、上記のうちで抗菌薬が有効なのは肺炎だけなのですが、となると気になるのは「それなら、効かないはずの抗生物質がなぜ処方されるのか」というところですよね。

風邪に対して抗生物質が処方される場合、風邪の後の細菌感染・肺炎の予防が目的となることがあるようです。しかし忽那先生によると、この場合、1万人に処方することでようやく1人の肺炎を予防できる計算になるとのこと。抗生物質によって副作用が起こる確率の方が、下痢であれば10人に1人、発疹であれば100人に1人と断然高いのです。さらに、抗生物質は腸内などの菌のバランスも崩してしまうことが知られています。

セッションの途中で上映された映像の中では、耐性菌が増えすぎた近未来の様子が描かれました。肺炎で受診した子供に対し、「今、肺炎に効く抗菌薬はもうない」「免疫に頼るしかない」と答えるしかない医師に、戸惑いを隠せない患者さん。このまま抗菌薬の不適正使用が続くと、こんな未来が本当に現実のものになってしまうかもしれません。薬剤耐性の問題は身近なものとして捉えるのが難しいものではありますが、忽那先生は「抗菌薬は限りある資源なので、使う時はしっかり使い、必要ないときには飲まないようにするべき」「他人事ではなく、自分に関係することとして知ってほしい」と繰り返し語りました。

「知らないこと」は、とても怖いこと

ゲスト-写真

続いて、忽那先生・田中先生に加え、山田安秀・国際感染症対策調整室長、それに応援大使のJOYさん・篠田麻里子さんを交えてのトークセッションが行われました。

実は、薬剤耐性菌に関しての啓発活動自体は以前から行っている、と話す山田室長。しかし国民全体としての「大きなうねり」は今まで起こっておらず、日々の生活にすべての人が反映できているわけではなかったため、今回のような啓発運動を進めることにしたといいます。

これに対して、「知らないことが怖さに繋がる」と話したのは篠田さん。応援大使の2人も、「薬に関して意外と適当に付き合っていた自分がいたけれど、(処方された場合は)しっかり飲みきることの大切さを改めて知りました(JOYさん)」「用法・用量を守って正しく使うことがすごく大事だと感じました(篠田さん)」など、応援大使の役割を通して学ぶことがたくさんあったそうです。

さらにJOYさんは、「ネットで検索すると、一般の人(医療従事者以外)が書いているものもたくさんあるじゃないですか。それを鵜呑みにして薬を飲んでしまうこともありますよね。そういう人たちにも、『危ないことなんだよ』と伝えていきたい」と問題提起しました。「知らないことが怖さに繋がるというか、今後の自分の身体のことに関わるので、皆もそれぞれ自分で知っていかないといけないと思いました」と篠田さんも言います。

一方、感染症医である忽那先生は、自身の役割について「同じ医療従事者に感染症の教育をするというのも、感染症医の大きな仕事の一つ」だといいます。患者さんを診るだけでなく、根底にある治療の原則を広めることが大切と語りました。薬剤耐性について知り、医師も患者さん自身も意識を改革することで、自分たちで身を守ることができるようになるのだと改めて学びました。

山田室長によると、「医薬品の使用方法」については中学の保健体育の教科書にも掲載されているそうです。「薬剤耐性」や「AMR」という言葉は教科書内には出てきていないものの、医療の場にかぎらず、学校や家庭でも、お子さんと保護者の方とが一緒に考えていくことも必要といえます。

表彰式

表彰式-写真

イベントの後半では、「第1回 薬物耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰」が行われました。薬剤耐性対策の普及啓発活動を広く募集しており、今回は74件の応募があった中から、12件の活動が「優良事例」として表彰されました。

この表彰式の直前には、薬剤耐性対策推進国民啓発会議議長である毛利衛さんのスピーチがありました。毛利さんは、宇宙に行き、地球に帰って来たときの経験を振り返りながら、「人工物である薬剤を使い、微生物とどう付き合うか、というのが人類に課せられた課題なのではないか」と話しました。

今回各賞を受賞した活動は、非常に多岐に渡っています。若手医師への抗菌薬適正使用の教育、患者さんに抗菌薬の使用・不使用を納得してもらうための取り組み、動物に使用される抗菌薬が人間に及ぼす影響の研究、耐性菌を封じ込める研究とその啓発・教育、若い世代や子供たちに向けた啓発活動など、様々な活動にスポットライトが当てられました。今回は第1回ということもあり、今後の啓発にあたってはここで表彰された活動が中心になっていくのではないかと思います。表彰式は、毛利さんの「日本が世界に向けてリーダーシップをとって盛り上げていきたい」という言葉で締めくくられました。

最後に

「抗生物質が効かない菌が増えてきている」「だから抗生物質の使用に気をつけなければいけない」…いきなり言われても何のことだろう、と思う方も少なくないと思います。すぐにすべてを理解するのではなく、まずは「こういう問題がある」ということを知り、どうしたら良いのか考えていくことが、問題を解決するための第一歩になるのではないでしょうか。

「いしゃまち」では今後も、薬剤耐性菌や抗生物質に関する情報を発信していきます。記事を通して、読者の皆さんにも、この問題に対して理解を深めていただければと思います。

※登壇者の肩書・記事内容は2017年6月30日時点の情報です。