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「専門家に聞くスポーツとメンタルの不調」前編では、スポーツに取り組む上で、精神的な不調にはどのような症状がみられるのか紹介しました。それでは実際に選手や愛好家が悩みを抱えたり、メンタルが原因で身体の不調を覚えたりしたときは、どのように対応すればいいのでしょうか?また、本人や周囲の人たちにできることはないのでしょうか?

後編では、メンタル不調の対処法を取り上げます。前編に引き続き慶應義塾大学病院スポーツ医学総合センターのアスリートストレスマネジメント(ASM)外来(※)を受け持つ医師の山口達也先生、精神保健福祉士の武智小百合先生にお話をお伺いしています。

※アスリートストレスマネジメント(ASM)外来…スポーツを行う競技者やそのご家族、チームスタッフなど関係者を対象に、その方々が抱える悩みや問題への支援に取り組みます。外来では山口先生が診察を、武智先生がカウンセリングを担当しています。

「自分でどうにかしよう」と思わず周囲を頼って

山口達也先生
「何とか自分で解決しようと踏ん張り過ぎないで」と語る山口達也先生

――実際に選手や愛好家の方々が悩み、問題に直面したときはどうすれば良いでしょうか。

山口達也先生(以下、敬称略) 何とか自分一人で解決しようと踏ん張り過ぎないでほしいです。スポーツは基本的に心身へポジティブに作用するものです。しかし、スポーツへのやる気や楽しさに違和感など変化を覚えたときは、メンタル面に不調が現れた初期症状やサインになります。このときに周囲の力を借りてほしいです。「自分でどうにかしよう」と長引かせてしまうと重くなってしまうことがあります。

そして気分が明らかに落ち込んだり、パフォーマンスや集中力、日常の作業効率に影響を及ぼしていたりする場合は専門医療機関へ相談してみるのも良いかと思います。

――スポーツ選手や愛好家がメンタルの専門外来に診てもらっている印象は正直あまりありません。

山口 そもそもスポーツシーンに限らずメンタルの専門外来に対する先入観や、偏見は、少なくないと思います。「足を運ぶのに敷居が高い」、「風邪では病院に行けるけど悩みでは行きづらい」といったものです。

さらにスポーツをしている人は、「心身ともに強い人」というイメージを持たれがちです。それに競技レベルが上がれば上がるほど競技者自身も弱い面を見せられないと思ってしまう傾向があるようです。悩みを打ち明けられない日々が続き、眠れないなどの予兆が出た場合は、かなり抱え込んでいたものが漏れ出たものだと考えていいかもしれません。

限られた競技人生を充実して過ごすためにも、スポーツ選手・愛好家が置かれた状況をしっかり理解・把握してメンタルサポートとケアを行える精神科を利用することが望ましいです。そういった方々のためにASM外来を立ち上げました。

武智小百合先生(以下、敬称略) 自分から外来を訪れる風潮にはまだなっていないと思います。このような専門外来の存在さえ認知されていないかもしれません。スポーツにおけるメンタル支援と言うと、パフォーマンスの向上を目指すメンタルトレーニングのイメージが先行して、不調のときに立ち直るためのサポートもあるという認識は薄いのではないでしょうか。また、このような外来に行く人は競技者として弱いというイメージがあるのかもしれません。

当事者の考え・悩みはしっかり聞くこと

武智小百合先生
「先入観を入れずに相手の意思をしっかり聞いてあげて」とアドバイスする武智小百合先生

――コーチやスタッフ、家族との関係がうまくいっていないとき、専門家としてどのように患者さんに対応していますか?

山口 競技者本人に対しては、環境にどうアジャスト(順応)していくか手助けしていきます。周囲を変えようとするのはすごくエネルギーが必要です。自分自身をどう変えていけばいいか、コーチに対してどう接すればストレスがかからなくなるのか、どう臨めば気が楽になるのか、選手自身に気付いてもらう場合もあればアドバイスすることもあります。

コーチとの関係性も「ものの捉え方」だと思うので、その角度や切り口を本人に気づいてもらいながら少しずつ変えていきます。この方法は認知行動療法と呼ばれていて、精神医学でも用いられます。また、カウンセリング自体は選手自身の語りから始まるので、傾聴しながら、こちらからのアプローチを併用します。

武智 自分の思っていることを言えなかったり、相談できなかったりする人は多いです。ただ理由を聞いてみると、「どうせ言っても分かってもらえない」「言っても逆に相手から色々と言われる」と思い込んでいることが多くあります。「こうしなければいけない」と考えて自分を縛り付けていることも多いです。また、人は気分が滅入っていると相手を避けたり、一人で抱え込んだりする傾向があります。

うまくいかないときには、このような本人の考えや行動が問題解決を阻んでいることがよくあります。そのため、「この人を先に進めなくしている要因は本人の“考え”にあるのか、“行動”にあるのか、または本人の外に存在している“現実の問題”にあるのか」、話を丁寧に聞きながら探っていきます。そこから、妨げとなっている考え・行動を柔軟にしていくアプローチや、現実問題に対処していくための支援を行います。これが認知行動療法です。

――どのような状態になれば、メンタルが改善できたと判断しますか?

山口 高度な競技レベルの場合は定義が難しいですが、スポーツ愛好者など一般的なレベルでは以前と同じ状態に戻ったら復帰できたと考えていいのではないでしょうか。しっかり治療していけば、メンタルの改善は見込めるものです。

また、どの程度競技に重きを置いているか、つまり競技者としてのキャリア、人としてのキャリアのバランスによっても改善の判断は異なってくると思います。基本的に、競技に戻ることを希望されればその方向でクライアントさんに寄り添って行きます。しかし引退して次のステージを目指すのか、など競技自体が全てでない人も、もちろんいます。治療していく中で競技とは異なること、例えば音楽など全く別のジャンルのことにやりがいや興味を見いだせばそれも人生の中での選択肢としては問題ないのではないか、と考えています。

――悩んでいる当事者に対して周囲が気をつける点はどこでしょうか?

武智 特別なことではありませんが、一番大切なのは、自分の先入観を入れずに、相手が今どんな気持ちでどんなことを考えていて、どうしていきたいのか、意思をしっかりと聞くことです。そしてそれらをきちんと理解することです。選手に話を聞いてみると、周囲に気を遣ってしまう、期待に応えよう、相手に合わせようと自分の思いを抑えつけてしまっていることが多いです。

悩んでいる選手の話を聞く時は、まず相手の思いを聞いてから、自分の考えを言うように意識してもらえると良いと思います。周囲が先に意見を言ってしまうと、選手は自分の意見を言いづらくなってしまいます。

山口 私たちの専門領域とは少し離れたところではありますが、コーチングとか、指導のやり方を改めたり、適切なのかどうか意識したりしていくことも手段の一つかと思います。我々のASM外来ではメンタルトレーニングの先生とも協力しながら、適切な解決法を見いだすお手伝いをしています。

不調のヒント見つけるきっかけに

――最後に、様々な悩みや問題を抱えている選手や愛好家の方々にメッセージをお願いします。

山口 選手自身はもちろん、そのご家族や指導者の方も悩みを抱えていることがあります。チームのトップとして前任者と比較されたり、生徒がついてきてくれなかったりする場合、なかなか周囲に言えないのではないでしょうか。また、今はランニングブームですが、夏場に疲れ易さや、回復までの期間が長くなることで仕事がはかどらないと感じている一般ランナーの方々もいるかと思います。

スポーツとメンタルは密接な関係にあります。しかし、欧米と比べ日本国内ではスポーツ競技者や愛好家がメンタルの相談をする文化・習慣が根付いていないのが現状かと思います。不調がなぜ起きているのか、解明するヒントを見つけるきっかけに専門外来を受診してもらいたいです。

武智 一人では解決の糸口が見いだせないことでも、誰かの支えがあることで見えてくること・できることがあります。いつでもお待ちしております。年代や立場を問わず、スポーツに関係する全ての方にお越しいただきたいと思います。

取材後記

「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」―。このことわざに代表されるように、スポーツに取り組む人たちは心身ともに健康と思われがちです。ただその人達を取り巻く環境、人間関係によって様々な悩みを抱えるのは、人として当たり前のことでしょう。取材中、先生から「(悩みを)一人で抱えがちだからこそ、周囲の存在が大切だと教えてあげられる」という言葉をいただきました。パフォーマンスを追い求めたり、健康のために取り組んだりする中で、もし悩んだら、遠慮することなく周囲の助けを借りましょう。また問題に直面しているスポーツ選手・愛好家が周囲にいたら、一言声を掛けてあげてみませんか。

※医師の肩書・記事内容は2017年8月22日時点の情報です。

取材協力

慶應義塾大学病院スポーツ医学総合センターアスリートストレスマネジメント外来