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薬物・心理的療法で思い込みの転換を

河川敷で思い切り手を伸ばす女子学生。日陰が目立つ

―来院してくるきっかけ、そして治療はどのような流れで進めますか。

これまでに挙げてきた症状に気づいた保護者が、本人を連れて受診するケースが多いです。身体醜形障害はうつ病などの病気と異なり、患者さんが治療へのモチベーションを持ちにくい特徴があります。そのため初めから本人が病院へ来ることは少なく、保護者だけ相談に来る場合もみられます。

美容整形を望むお子さんの場合、保護者さんがお子さんに「鍋田先生のところに行って、先生が許可してくれたら(整形しても)いいよ」と条件をつけた上で来てもらうこともあります。

治療が始まると、心理的療法と薬物療法を同時に行います。

心理的療法では、まず身体醜形障害について説明し、「自分は醜い」という考えが思い込みであることを話します。私の場合は、「人間の脳には一度こうだと思うと、加速度的にぐるぐるその思いを深めてしまうサーキットのようなものがある」と表現しています。例えば、「怖い」という気持ちに支配されているとき、幽霊などの錯覚が見えやすくなってしまう「感動錯覚」というものがあります。それと同じように、「私は醜い」という思いが強まっているときに自分の顔を見ると本当にそう見えてしまうことなどを伝えます。

次に、コンプレックスを持っている箇所以外のパーツの点数付けなどをして、より広い視点で容姿を捉えるようにします。「自分は醜い」という考えで満たされている状態から、「他者に認められたい」「評価されたい」といった隠れた感情を引き出して、それをもとに今後の人生で何をしていくべきかを考えます。

私の経験では、多くの患者さんはたまたま強いこだわりが容姿に向いているだけで、そのエネルギーが学業や仕事といった分野に向きだすと、素晴らしい成果を出す人が多いように感じます。そのような考え方の転換を促すように意識しています。

薬物療法では、SSRIと呼ばれる抗うつ剤を用います。これはうつ病の治療にも使われる薬ですが、身体醜形障害などに特有の強いこだわりを緩和させる作用があります。このSSRIの投薬と先ほどの心理的療法と併せて行うと、大体3、4か月経って「この姿に満足しているわけではないけど、生きていけないほどではない」といった考えに至り、治療が終わることが多いです。しかし、長い人だと1~2年、それ以上かかる方もいます。

―患者さんの多くは来院時点では美容外科手術を希望するそうですが、鍋田先生は身体醜形障害の患者さんが美容外科手術を行うことについてどのようにお考えですか。

身体醜形障害が改善しないまま手術を受けても、満足することはないため慎重な対応が必要です。例外として、私は症状の軽い患者さんに限って手術を認めることもあります。しかし、認めるにしても二重まぶたの埋没法や肌のピーリングなど、元の状態に戻しやすい施術に限定しています。顎の骨を削るなどのやり直しがきかない手術に関しては、基本的に認めることはありません。

―家族にこの疾患が疑われる場合、周囲にぜひ知っておいてほしいことがあれば教えてください。

この疾患の怖い点は、患者さんの多くは他人に症状を知られることを避けるため、診断されずに放置され、生活に支障が出る状態が続いてしまう点です。なので周りの方には、よく様子を見てあげてほしいです。思春期は容姿以外にも様々なことに悩みがちな時期です。しかし、そのなかでも何時間も鏡を見続ける、写真を避ける、マスクを外せないなどの行動が度を越えてみられたら、一度精神科を訪ねてほしいと思います。

また先程紹介したように、患者さんの多くは本人の意思に反して診察に連れて来られるケースがとても多いです。そのため初回の治療に納得できないと、そのまま来なくなってしまう方が大勢います。周囲の方が本人を治療に取り組ませたい場合は、初診の前にまず医師と周囲の方たちだけで相談する方法もあります。疾患についての理解を十分なものにし、また医師にも自分たちの状況をしっかり把握してもらってから受診すると、良い結果を得られるかもしれません。

取材後記

身体醜形障害はあまり広く知られておらず、また「容姿の悩み」という誰にでも経験のある形で現れるため、周囲からは精神疾患と気づかれにくい面があります。しかし、こういった疾患の存在を知り、丁寧に様子を見ていけば発症に気づける病気でもあります。この記事がひそかに悩んでいる読者の方やそのご家族のために役立てることを願っています。

※医師の肩書・記事内容は2018年1月11日時点の情報です。