「家族に見守られて穏やかに最期を迎える」
「畳の上で死にたい」
自分の最期を考えたとき、多くの方が望まれることではないでしょうか。最近では愛川欽也さんがご自宅で最期を迎えられました。
あなたの最期はどうなるでしょう。あなたのご両親は最期をどうお考えでしょうか。
日本人の多くは病院で死にます。
昭和26年、病院で亡くなる方は全体の9.1%、一方自宅で亡くなる方は82.5%でした。昭和30年になると、病院で亡くなる方が全体の12.3%、自宅が76.9%です。
ここ最近では病院で亡くなる方が78%前後、自宅は12%前後と昭和30年と逆転しています(厚生労働省 死亡 第5表 死亡の場所別にみた死亡数・構成割合の年次推移)。
ほとんどの方が自分の最期について考えていないでしょう。当然だと思います。
日本では多くの場合、医師はあなたの最期をあなたではなくご家族に伺います。
ご両親など最愛の人の最期をあなたが決める可能性もあります。
今回は医師の立場からみた入院と在宅医療での最期についてお伝えしたいと思います。
国の在宅医療への方針
未曽有の高齢化社会を迎え、国は入院ではなく在宅医療へと大きく舵を切っています。その主目的は医療費抑制です。入院ではより多くの医療資源、医療スタッフを必要としますが、在宅では医療資源の使用も少なく、家族に介護負担を回すことで医療費削減につながります。
病院と在宅の最期の経験
私は現在、在宅医療専門のクリニックに勤務しています。3年前までは約10年にわたり医局に属し、消化器内科医として大学病院や地域の中核病院に勤務してきました。
病院での亡くなり方

消化器内科は多くの癌を扱います。多くの死にも立ち会いました。ドラマの様に「余命1年です」などと1年後までは見通せませんし予想外の急変もありますが、終末期が近づくとある程度予想がつきます。主治医として診ていればあと1週間程度かなとかは大体分かります。
少し経つとご本人は既に意識がほぼありません。大部屋から個室へと移動します。24時間心電図モニターがつきます。ご家族は頻繁に呼び出されます。心臓マッサージや人工呼吸器は希望しなくても酸素や点滴は選択される方が多いです。いよいよとなれば深夜でも家族は呼ばれ、数時間後にモニターで波形が止まったのを確認して死亡診断がなされます。
この頃私は、「人は病院で最期を迎える」。酸素や痛み止めも必要だし、医療者が常にいる環境が必要だと思っていました。
在宅での亡くなり方
基本的には同様です。酸素も点滴も使用できます。心電図モニターをつけることはなく、息を引き取られたことをご家族が気付かれ連絡、医療者が来ます。
大きく異なるのはここに至る経過です。
ご本人の希望で退院された癌末期の方がいました。退院日に往診すると眠っており、肌の色も変わっています。第一印象は「よく退院できたな」。配偶者の方に「非常に厳しい状況です」と説明、配偶者の方は涙ながらに「よく分かっています。移動中に亡くなっても責任は持てないと言われました」。入院中なら個室に移される頃です。食事もほぼ摂れていなかった様です。
この週末と思っていました。緊急時と点滴の指示を出しました。
翌週、往診の予定患者リストにその方の名前が入っています。点滴は使っていません。
「よくもったなあ。点滴は拒否されたのか」と思いながら伺うと、
食事していました。
「や、先生。食事中に失礼。この間も寝ていたようで」と言われました。
もちろん全員にあてはまるわけではありませんが、「家に帰ってくるとなぜか元気になる」と在宅医療をされている多くの先生方がおっしゃいます。
入院の高齢患者さんの10~15%は意識が混濁し、幻覚などが見えるようになる「せん妄」を発症することが知られています(Fann, J. R. et al. Seminars in Clinical Neuropsychiatry. 2000)。中にはこの為に退院される方もいます。退院によりせん妄がよくなることが多い為です。「住み慣れた環境」は体調に大きく影響していると考えられます。
在宅医療、入院のメリットとデメリット

メリットとデメリットを主に患者さんの意見をもとに思いつくまま挙げてみました(いずれも施設の規模によって異なります)。
在宅医療
メリット
- 自由でリラックス
- 病院で長時間待たなくて良い
- 移動費用がかからない
- 天気が悪くても来てくれる
- 医師、看護師との距離が近い
デメリット
- 介護者の負担
- 緊急時の対応力の低下:24時間体制ですが、入院の様には対応できません
- 往診日は家にいないといけない:希望の時間にはなかなか行けません
- 大きな検査ができない:CTなどは予約して病院で行います
- 血液検査結果が短時間では出ない
- 抗がん剤治療など一部できない
- 負担金額が年齢によっては非常に大きい
入院
メリット
- 緊急時すぐに対応可能
- 高度な検査や治療が即座に可能
デメリット
- 規則:食事時間、就寝時間、テレビはイヤホン、禁煙、禁酒など
- 個室代:非常に高額な病院もあります
病態が安定せず治療法が様々に変わる、必要な医療機器が多いといった場合には入院治療が必要です。ただ、在宅でも点滴、酸素、採血、麻薬製剤の使用、胃瘻交換、気切カニューレ交換、腹水や胸水に対する処置など多くの治療ができます。在宅医療を勧められると「見放された」と感じられる方もいますが、多くの治療は在宅で可能で入院も必要時には可能です。酸素や痛み止めは事前の用意で対応します。
私達が看取った方で生前、在宅医療で良かった、是非在宅医療の良さを紹介してほしい、と託された経過を提示します。ご家族にも亡くなられた後、是非紹介してほしいとお話しいただきました。
90代男性癌多発転移
化学療法を繰り返してきたが中止、それ以上は希望せず自宅の高齢者用施設に退院され当院で往診を開始。病状も余命も全てご本人が把握。
退院時癌による疼痛がありましたが、麻薬製剤などにより軽快。
徐々に食事を摂れなくなり、点滴等で水分を補っていました。
看護師から連絡がありました
「患者さんがお寿司を食べたいと言っているんだけど、どうだろう。」
普段は食欲が無くほとんどとれていません。私は3週間前の時点で既にそろそろ危ないと思っていました。ご本人もご家族もよく理解されており、覚悟の上でした。
その日はパーティーとなりました。
「皆さんに感謝を申し上げたい。これはささやかですがお礼です。」
会場が設置され皆でカラオケを行い、出前でお寿司がふるまわれました。ご本人は2曲歌い、マグロの寿司を2貫召し上がりました。写真ではご本人は鼻から酸素を吸いながら笑顔でピースしています。周りの方々も笑顔です。

自室へ戻られ、その夜永眠されました。最期まで痛みや苦しさはありませんでした。
人が亡くなると、それまでどんなにサポートしていたとしても「あの時こうしていたら」と後悔が生じます。人の死を受け入れるには時間が必要です。共に過ごす人生の最期は皆にとってかけがえのないひと時です。何が正しい、間違いということではなく、その人の最も身近な人がその人のために最もよいと思えることは正しいと思っています。
さいごに
在宅医療では周りのサポートが必要です。過度な検査や一部の治療は望まない割り切りも時には必要です(痛みや苦しさは我慢する必要は全くありません)。未成熟な領域の為、同じ在宅医療でも施設による差があります。入院の方が安心という方もいます。それも正しいです。施設入所がよい場合もあります。介護者が倒れるのはご本人にも辛いことです。在宅医療にこだわる必要はありません。
正しい答えはなく、医療費削減が目的の在宅医療推進では抵抗を覚えますが、在宅医療には入院にはない一面があります。そうした一面を知り、それが患者さん本人にとって、家族にとっても良いと思えるものであった場合、一つの選択肢となればと思います。