人は皆、いつかは亡くなります。そして、現在の日本でその原因として最も多いものが「がん」です。皆さんは、自分がどこでどんな風に最後を迎えるか、想像したことがあるでしょうか。

腫瘍内科・緩和ケア科医師の後藤宏顕先生に聞く「がん」連載、最終回となる今回は「看取り」と、そしてがん治療が抱える現在の課題についてお伝えします。

目次

お話を伺った先生の紹介

 

あなたは、どこで「最後」を迎えますか?

最後を迎える場所としては、一般病院、自宅、緩和病棟やホスピスなどがあります。患者さんにはそれぞれのメリットとデメリットとを伝え、周りの人の協力がどの程度得られそうかなども全て見た上で、「おすすめはこういう形です」という提案をします。

病院

病院の場合、スタッフが揃っているので介護者がいなくても対応できる点が大きなメリットでしょう。独り身の方や、配偶者が高齢で介護が難しいという方には病院が適していると思います。看護師も24時間いて、困ることがあっても対応は早いので、とことん安心を求めたい方にも病院が向いています。ただ、患者さんや医療者など様々な人間が部屋を出入りしたり、食事やお風呂などの時間はすべて管理されていたりするため、自分なりの生活が難しい点はデメリットといえます。これらのストレスは思いのほか重く、意識障害を引き起こす恐れもあるため、十分考慮する必要があります。

自宅(在宅)

一方、在宅は全く逆で、自分なりの生活ができる場所です。お勧めすることが多いスタイルではありますが、訪問診療や訪問看護を入れているとはいえ、24時間のうち大部分はご家族が対応することになります。患者さんの状態が低下してくると昼夜の区別がつかなくなってくるため、一緒にいると寝られなくなってしまうこともあります。そうなると、一人ですべての対応を頑張ってしまうと介護者が倒れてしまう可能性もあり、介護力(マンパワー)は十分に考慮する必要があると思います。

訪問診療を利用すれば、病院とほぼ同じレベルの医療を受けることが可能です。例えば医師が訪問する訪問診療が週1回程度の場合、他の日は訪問看護師が訪問して状況の確認等を行うことになります。トレーニングされた看護師が患者さんの様子をアセスメント(評価)して、患者さんに何が必要かを判断します。毎日のように看護師が携わり、家族への声掛けや負担の様子見なども行い、医師にフィードバックをします。医師は状況の説明や治療の選択を行いますが、実際にケアの中心となるのは訪問看護師です。

真夜中に看護師さんを呼んだ場合、看護師さんが自宅から来ると20~30分かかるので、その点に大きな不安を感じる場合はデメリットになりえるかもしれません。ただし医療者ではないご家族自身で対応ができるような方法はあるので、多くの場合、自宅で過ごすことは可能だと思います。

緩和病棟・ホスピス

私がもし今がんで最後を迎えるとしたら、緩和病棟・ホスピスを選択すると思います。ホスピスで働いた経験もありますが、落ち着いた環境で穏やかに過ごせる場所です。

ホスピスは「看取り」のための場所です。一方、緩和ケア病棟は「緩和」を行うための病棟なので、そのまま看取りになる人も多い一方、症状がよくなったら退院していく方もいます。

緩和ケア病棟やホスピスに入る患者さんは、「自分の病状を理解している」というのを原則としているところが多いと思います。ホスピスは最期を迎える場所であるために、「一度入るともう自宅には戻れない」といったイメージが先行してしまっている方も多いでしょう。自分の状態をあまり理解できていない人だと「どうして治療をしてくれないんだ」と思ってしまいます。ですから、面談を行い、きちんと理解をされた方が受け入れ可能との判断に至る可能性が高いと思います。「治療をしないで、苦痛だけ取ってほしい」という方が入るので、中はとても穏やかで、ゆったりとした時間が流れている空間だと感じます。

がんの専門医が不足している

医師の机

世の中の流れとして、抗がん剤の専門医が少ないからもっと育てていこうという動きがあります。一方で、抗がん剤もどんどん発達しているので、治療医に求められる専門性がどんどん高まっています。

緩和ケア医も不足しているので「育成していこう」という流れがあります。ですが、抗がん剤治療が複雑化しているので、医師は治療に集中せざるを得なくなっています。緩和ケアと治療を同じ医師が初めから並行して行うのは、時間の制約もあり、実はかなり難しいことです。そうなると、緩和ケア科の医師が併診をすることになります。

緩和ケア医は圧倒的に少ない上、一人に対して時間をかけて話を聞く必要があるので、緩和ケア医が抗がん剤治療を行っている患者さん全てを担当することはほぼ不可能です。今は自分で両方やっていますが、少しずつ難しくなってきています。当然、最初から痛みの治療や気持ちの落ち込みに焦点をあてることは行っていますが、治療のマネジメントが結構増えてきていているのです。

昨今、世界的な流れとして「治療早期からの緩和ケア」の重要性が叫ばれています。良い流れだなと感じましたし、多くの治療医も注目していましたが、治療との両立は今後さらに難しくなっていくのでは、と危惧しています。治療の検討や検査、話し合いにかける時間が長くなり、結果として症状緩和治療が後回しになってしまうかもしれません。一方で、治療が発達すればするほど、患者さん側も何か治療がないかと探し、できるだけ死を遠ざけようとしますよね。それが自然な感覚だと思います。すると患者さん側の準備もできていない、けれどサポート体制もきちんと組まれていない。結果として、「がん難民」が生まれてくる可能性があります。本来は既にあらゆるケアを受けなければならない状態なのに、かかりつけ医を持たず様々な病院を転々としてしまい、主治医がいない。それでも治療がないかとネットで調べて、色々なところへ行ってしまうわけです。そういった患者さんが増えるのでは、という危惧があります。ですから、かかりつけ医をもつことと、自分は何のために治療を行いたいのか、治療が困難になってきたときに何を大事に生きていくのかを前もって考えておくことはとても重要だと思います。

今を生きるために「死」を見つめて

人は、いつか最期を迎えます。これだけ医療が発達してきたことで、「病院に任せたら良くなる」「名医を自分で選んでいけば生き延びられる」と思っている方がだいぶ増えてきていますが、やっぱり人間って死んでしまいます。死はとても自然なことなのです。災害、テロ、事故と、何が原因になるかは分からないですけれど、死は唐突に起こり得るものです。自分がもし今、あるいは10年後や20年後、死に直面したら…というのを、一度本気で考えてもらえたらなと思います。

人生経験を積むにつれ、考え方は変わっていって当然だと思います。しかし、いつの段階でも自分の最期について考えておくことは大事だと思います。それは、結果として、自分の歩んできた道を振り返る機会にもなりますし、何が自分にとって一番大事であるかを再確認することにもなるからです。

現代はどうしても、死から遠ざかる方向になっています。それは確かに本能的なものだとは思いますが、まずは死を見つめてほしいです。そしてそれは、死ぬことを考えるのではなく、「今ある時間を精一杯生きるため」に考えてほしいと思います。

編集後記

5回にわたり、後藤先生に「がん」のお話を聞いてきました。多くの人、特に若い世代にとっては、がんはあまり身近な病気でないかもしれません。しかし、いつか自分や、自分の大切な人ががんになる可能性は決して低くないのです。

その時までに、「がん」や「終わり方」といったテーマを一度じっくり考え、そしてご家族やパートナーとも話してみてはいかがでしょうか。この記事があなたにとって、何かを考えるきっかけになることを願っています。

※医師の肩書・記事内容は2017年10月6日時点の情報です。