※写真は、荏原病院リハビリテーション科の作業療法士、理学療法士のみなさん。

荏原病院リハビリテーション科では、ボツリヌス療法を行うにあたり、医師、理学療法士、作業療法士などさまざまな専門職(スタッフ)が連携をとっています。それぞれのスタッフの得意分野を活かすことで、治療・リハビリテーションが患者さんにとってより意味のあるものになるように、各スタッフがかかわっています。

一方で、こうしたスタッフの努力も、患者さんの協力があってこそです。長期にわたるリハビリテーションでは、患者さんのモチベーションの維持が難しいことも少なくありません。

荏原病院リハビリテーション科への取材記事の第三回では、患者さんとスタッフの関わりについてお話を伺いました。

目次

より積極的に治療に取り組んでもらうために

会話を重ね、患者さんを知る

治療では、治療内容や技術はもちろんのこと、患者さんと信頼関係が築けていることがなにより重要になります。

外来にくる患者さんの中には、ボツリヌス療法に対して半信半疑の方もいます。患者さんに安心して背中を預けてもらえるよう、初対面でのコミュニケーションは特に大切だそうです。

また、同じ程度の麻痺であっても、患者さんによって捉え方や生活の様子はさまざまです。症状を全く気にしない方もいれば、外に出かけられないぐらい落ち込んでしまう方もいます。患者さんの性格や心理状態は、治療を進める中でも欠かせない情報です。

患者さんとスタッフの足並みを揃える

荏原病院リハビリテーション科では、患者さんと担当する理学療法士、作業療法士(以下、まとめて「療法士」)が十分なコミュニケーションをとるように努めています。患者さんは、医師の診療のときには話しづらかったことも、この担当療法士との診療時間を利用して話せることもあるようです。

例えば、同じ「歩けるようになりたい」という希望でも、患者さんによって「家族に迷惑をかけたくないから」「もっと外に出たい、好きなところに行きたいから」「こういう趣味がしたいから」など、その理由はさまざまです。

患者さんの中にはしゃべることが苦手な方もいます。たとえ「手が洗えない」という一言でも、その背景には「指がひらかないから」「肘が曲がりすぎてて洗面台の上に乗らないから」「蛇口操作のしかたがわからないから」など、さまざまな状況が考えられます。

患者さんの性格などの情報を手がかりに質問を投げかけたり、患者さんの実際の動作を分析したりしながら、担当療法士は患者さんの悩みの根本を探ります。

担当療法士は、患者さんを診療する時間を十分にとり、ボツリヌス療法前のカンファレンスでしっかりと情報交換をすることで、治療にかかわるすべての担当者が目標を共有します。そのため、患者さんもチームの一員として、足並みを揃えることができるのです。

目標は達成できるものから、少しずつ積み重ね

麻痺で手が全く動かない方にとって、楽器を弾く、爪にマニキュアを塗るといった動作は非常に難しい動作です。目標の難易度があまりにも高すぎる場合、患者さんはなかなか目標に到達できず、「治療に効果がない」と感じてしまう原因になります。

そこで、患者さんが無理なく取り組めるよう、目標をより現実的なものへと修正するのも担当療法士の役割です。小さい目標を少しずつ積み重ねることで、最終的には高いゴールに向かっていけることを示すなど、患者さん自身が納得しながら治療に取り組めるような配慮も行います。

適切な目標を設定することで、患者さんが達成感を積み重ねながら、リハビリテーションを継続していくことができます。

また、患者さん自身が、自分のやりたいことをうまく表現できなかったり、目標を捉えきれなかったりすることもあります。

この場合は、担当療法士は、患者さんの性格や病気になる前の話などから、「こんなことをやってみませんか?」という提案することもあります。最初の目標が達成できると、「次はこんなことをやってみたい」と患者さん自身の中から目標が出てくるきっかけとなります。

患者さんが、小さな変化に気づけるように

荏原病院 理学療法室

※写真は、荏原病院リハビリテーション科の理学療法室のモニター。

気づいたときに、こまめな声がけ

リハビリテーションは長期にわたって行うものなので、患者さんは日々の変化を実感しにくい場合もあります。「前よりスムーズに歩けるようになりましたね」「手の動きがなめらかになりましたね」など、少しでも患者さんの変化に気づいたときには、担当療法士はその都度声をかけます。

誰しも、自分では気づかない変化を人に指摘されることで、はっとするときがあります。周囲に指摘されることで、変化を実感できるきっかけとなります。

リハビリテーションの成果を「見える化」

荏原病院リハビリテーション科の理学療法室には、大きなモニターが置いてあります。患者さんの動作をビデオ撮影し、このモニターに写して患者さんに見てもらうためのものです。

患者さんは自分の動きを客観的に眺めることができ、「こういう歩き方をしていたんだ」「こんなにリハビリテーションの成果があったのか」といったことを実感できるだけではなく、「次はこういう動きができるようになりたい」という目標をイメージしやすくなります。

地域や自宅に返った後も、リハビリテーションを継続してもらうために

リハビリテーションは継続が大切

ボツリヌス療法では、注射の効果により筋肉の緊張が緩みますが、それだけでは運動機能が改善したとはいえません。緩んだ部分を動かす訓練をし、動作に必要な筋肉をつけるためにはリハビリテーションが重要です。

麻痺の期間が長い患者さんでは、動作自体を忘れてしまっている場合もあります。損なわれた動作を獲得していくためには時間がかかります。リハビリテーションは、根気よく継続しなければならないのです。

また、ボツリヌス療法による効果は、神経側芽により徐々に減弱していきます。減弱するまでの期間は一般的に3~4ヶ月程度といわれていますが、患者さんによっても個人差があります。注射の効果を維持するためにも、リハビリテーションが重要です。

自宅に戻った後も、継続してリハビリテーションに取り組む患者さんほど、より治療の効果を実感できる方が多いようです。

 地域の専門職とつながる「手帳」

ボツリヌス療法では、場合によって3~4ヶ月おきにボツリヌス毒素の注射をします。荏原病院でリハビリテーションを行うのは注射の前後の期間のみなので、それ以外の期間、患者さんは在宅や地域の医療機関などでリハビリテーションを行うことになります。

自宅でも患者さんがただからだを動かすのではなく、目標に向かって効率良く意味のあるリハビリテーションができるように荏原病院で導入されたのが、「地域チームボツリヌス療法手帳」です。

これは、荏原病院から地域の医療機関などへ、地域の医療機関などから荏原病院へ、療法士どうしの情報交換を目的とした手帳です。患者さんの基本的な情報、ボツリヌス療法前後の患者さんの症状、生活上の不便や気になること、患者さんが困っていることなどが記入できるようになっています。

かしこまった文章を書くのは大変ですが、簡単に一言二言のコメントやチェックボックスで記入できるよう、負担の少ない仕様になっています。過去のリハビリテーションに関する情報を蓄積し、前回のリハビリテーションの内容を振り返ることで、治療内容をより充実させることができます。

「チームボツリヌス療法」今後の課題

荏原病院では、ボツリヌス療法を「チーム」で行うシステムを取り入れて以降、患者さんとのコミュニケーションはもちろんですが、医師も療法士も常に高いモチベーションを保ちながら治療にあたることができるようになったといいます。

また、周辺の病院から、「ボツリヌス療法を行うのであれば荏原病院で」と紹介でいらっしゃる患者さんが増えたことからも、「チーム」による効果を実感するそうです。

そんな中、この「チームボツリヌス療法」を取り入れたいと考える医療機関や専門職からの声も上がっています。荏原病院リハビリテーション科では現在、自分たちが培ったノウハウを他の医療機関にも提供するべく、専門職向けの講習会(セミナー)を開催しています。ボツリヌス療法への潜在的なニーズを掘り起こし、一人でも多く治療を必要とする方に治療を提供していくことが、荏原病院リハビリテーション科の今後の課題です。

編集後記

上下肢痙縮の治療法として高い効果を持つとされるボツリヌス療法ですが、患者さんの運動機能の改善のためにはリハビリテーションが欠かせません。ボツリヌス療法は、医師と療法士、そして患者さんが共通の目標をもち、協力し合うことで初めて、その効果を最大限に引き出すことができるのです。

患者さんがいつでも前向きに治療に取り組めるよう、ひとつの病院の中だけではなく、地域を巻き込んだ連携が求められています。荏原病院リハビリテーション科では、現在、「チーム」の和をひろげるための取り組みが進められています。