※写真は、荏原病院リハビリテーション科、患者さんによる七夕飾り。

2010年より、上下肢痙縮(手足のつっぱり)に対する治療として保険適応となったボツリヌス療法。脳卒中の後遺症などで生じる上下肢痙縮に対し、非常に有効な治療法と考えられています。

しかし一方で、治療の効果をいまひとつ実感できないでいる患者さんも少なくないといいます。ここで重要となってくるのがリハビリテーションです。

荏原病院リハビリテーション科への取材記事の第二回は、ボツリヌス療法におけるリハビリテーションの重要性と、リハビリテーションを担当する理学療法士・作業療法士の役割について見ていきたいと思います。

目次

リハビリテーションとボツリヌス療法

私たちのからだは、いかに健康であっても動かさない・使わない筋肉は少しずつ衰えていきます。リハビリテーションにおいても同様で、ボツリヌス注射により筋肉の可動域を確保するだけでは足りず、ゆるんだ筋肉をしっかりと動かしていくことが必要です。

現在、荏原病院リハビリテーション科では、次のような流れで治療を行っています。

  1. 医師の診察(ボツリヌス療法の適応可否の判断)
  2. 理学療法士・作業療法士による評価
  3. 標的筋の決定(医師と各専門職によるカンファレンス)
  4. ボツリヌス毒素の注射
  5. 注射直後からリハビリテーションを開始

荏原病院ホームページより引用)

標的筋(ボツリヌス毒素を注射する筋肉)の決定は、医師、理学療法士、作業療法士、そして時に義肢装具士が集まってカンファレンスを開きます。

このように「チーム」で行うボツリヌス療法のきっかけとなったのは、治療に専門職スタッフの見解を積極的に取り入れることで、それぞれの得意分野を活かし、より有意義なリハビリテーションメニューを組んでいきたいという、スタッフの声でした。

今回の取材では、医師のほか、理学療法士・作業療法士の方にお話を伺いました。それぞれの役割について、さらに詳しく見ていきましょう。

医師の役割

「痙縮」の診断

医師は、ボツリヌス療法を行うにあたって患者さんの診察・診断を行います。医師が、患者さんの上下肢痙縮を診断して初めて、ボツリヌス療法を行うことができます。

診断で気をつけなければならないのは、上下肢痙縮の原因となっている病気の鑑別です。脳卒中などの脳血管障害だけではなく、中には筋萎縮性側索硬化症(ALS)などボツリヌス療法が禁忌となる病気も、その経過の中で「痙縮」の症状をきたすことがあるのです。

そのため医師は、痙縮の原因疾患を慎重に見極める必要があります。

標的筋に正確に注射する

医師は決定された治療の計画に従い、患者さんにボツリヌス毒素を注射します。注射する際には、超音波検査計(エコー)と筋電計を使用します。エコーは、注射する筋肉を視覚的に把握するための機器です。これに対し筋電計は、電気刺激を行い筋肉の動きを確認するために有効です。

筋肉には、体表からはわからない深部に存在するものもあり、直接目で確かめたり触れたりすることはできません。医師はこれらの機器を使いこなすことで、標的筋に正確に注射を行うことができます。

医師はこの注射技術を、学会が開催するハンズオンセミナーなどに参加することで身に着けます。「筋肉や骨格などを扱う解剖学についても、医学部で学んだ知識だけではなく、自ら再学習する姿勢が求められます」と話す尾花先生。

さらにこう続けます。「医師は、どんなときでも100%正確に、標的筋に注射をしなければいけません。目標とする筋肉に毒素がしっかり作用することで初めて、リハビリテーションのスタート地点に立ったといえるからです。」「患者さんが治療の効果を実感できないというのであれば、医師はまず、自分の手技に問題がなかったかを疑うべきでしょう。」

少々厳しすぎるのではないかと思われる尾花先生の姿勢ですが、そこには、医師としての強い責任感と、リハビリテーションを行うスタッフに確実にバトンを渡したいという熱意があります。

リハビリテーション専門職(療法士)の役割

理学療法士・作業療法士とは

理学療法士、作業療法士はともにリハビリテーション専門職と呼ばれており、それぞれ理学療法、作業療法を行うことで、患者さんの運動機能の回復・改善を目指します。

理学療法は、英語のPhysical Therapyの訳です。スポーツによるけがなどで、理学療法士による治療を経験したことがある方も多いのではないでしょうか。理学療法士は、起き上がりや寝返り、歩行、座っている姿勢の保持など、基本的な動作の回復を目指したリハビリテーションを行います。

一方、作業療法はOccupational Therapyの訳です。「Occupation」には「職業」という意味があります。この「職業(occupation)」は仕事に限らず、その人の趣味や日常的に行う習慣なども含まれており、作業療法士はこうした仕事や趣味、習慣を行うときに使う運動機能の回復・改善を目指したリハビリテーションを行います。

筋肉・骨格と動作に関する専門家

理学療法士、作業療法士は少しずつ異なっているものの重なる部分も多く、明確な線引きがあるわけではありません。現場ではそれぞれが協調しながらリハビリテーションを行っています。

彼らは、筋肉の名称や場所、筋肉の動きや使われ方、ある動作を行うときの身体の使い方などに関する専門家です。

治療の流れの中では、医師の診察の後に理学療法士、作業療法士が、実際に患者さんの動きを見て評価をします。診察の段階では単に「腕が上がらない」というだけだった患者さんの訴えが、彼らが評価を行うことで、

  • なぜ腕が上がらないのか
  • そもそも本当に腕が上がらないのか
  • 他の動作や姿勢に問題があるのではないか

といった詳細な分析を行うことができます。

例えば、「腕が上がらない」という症状に対し、「腕を上げるための筋肉が弱っている」というだけではなく、「猫背など姿勢に問題がある」「左右の筋肉のバランスが悪い」「肩まわりの筋肉の柔軟性が低下している」…など、あらゆる角度からの分析を行うことができます。

ボツリヌス療法において彼らの意見を取り入れることで、リハビリテーションまで見据えて注射をするべき筋肉(ボツリヌス毒素によってゆるめる筋肉)を決めることができます。

更に、こうした分析に基づいて、できない動作を回復させるために効果的なリハビリテーションメニューを考えます。

療法士のもうひとつの役割

荏原病院 作業療法室

※写真は、荏原病院リハビリテーション科の作業療法室。

患者さんの動きの評価を行うことで、より適切な標的筋とリハビリテーションメニューの決定を行うことに加え、理学療法士、作業療法士にはもうひとつ役割があります。

それが、患者さんとのコミュニケーションです。

先程の「腕が上がらない」という動作を解剖学的に分析することに加え、

  • どうして患者さんは腕を上げたいのか
  • 腕を上げることで患者さんは何をしたいのか

といった情報を集めるのも、彼らの役割です。

患者さんの多くは、「腕を上げたい」という希望の先に、趣味であるゴルフや山登りを再開したい、自分で掃除ができるようになりたい、孫を抱きたいといった最終的な目標があるといいます。

ところが、こうした情報を医師との限られた診察時間の中で、患者さんが自ら積極的に話せることは稀です。荏原病院で行われるボツリヌス療法は、多くの場合が1ヶ月程度の入院を通して行われますが、ボツリヌス毒素の注射を行うまでに、理学療法士、作業療法士がリハビリテーション診療の中で、患者さんと積極的にコミュニケーションをとります。

「患者さんが最終的に目標としていることがなにか」を知ることは、治療の計画を立てる上でも、患者さんのモチベーションを維持するためにも重要です。

編集後記

医師、理学療法士、作業療法士が協調して治療に取り組むことで、それぞれ足りない部分を補い、またそれぞれの得意分野を活かしながら、より質の高いリハビリテーション・治療の提供が可能となります。

また、理学療法士、作業療法士が患者さんと接する時間をしっかりと設けることで、患者さんはより安心して治療に取り組むことができます。

次回の記事では、チームで行うボツリヌス療法の今後の課題、地域との連携などについて扱います。