世の中には、数えきれないほど多くの病気があります。「糖尿病」「脳卒中」など、日常生活の中で比較的よく耳にする病気もあれば、罹患する人が少なく、多くの人は聞いたこともないような、「希少疾患」と呼ばれる病気も非常にたくさんあります。

本記事で取り上げる「ランゲルハンス細胞組織球症(LCH)」は、“orphan disease=みなしご病”とも呼ばれる病気です。専門家もまだ少なく、診断がつきにくかったり、適切な治療がなされにくかったりします。乳幼児に多いこの病気は、今まさに研究が進められている最中です。

いしゃまちではLCHについて、長期連載として解説記事を掲載していきます。LCHをはじめ、希少疾患について考える契機にしていただければと思います。

初回は、国立成育医療研究センター 小児がんセンターの塩田曜子先生に、LCHとはどんな病気なのかを解説していただきました。(いしゃまち編集部)

目次

1.まれな病気。なにか変、は正しいかもしれません

1)「ランゲルハンス細胞」という「組織球」に異常が生じる病気

「すぐによくならない湿疹や中耳炎」
「なかなかひかない頭のたんこぶ」
「おしっこが多い、とにかくたくさん飲みたがる」

こんなとき、もしかしたら、とてもまれな病気、ランゲルハンス細胞組織球症(Langerhans cell histiocytosis, LCH)かもしれません。

「組織球」は血液細胞のひとつで、全身のあらゆる組織で免疫を担当しています。たくさんの種類がありますが、このうち、ランゲルハンスという病理学者が見つけた樹状細胞が「ランゲルハンス細胞」と呼ばれており、周囲に枝を伸ばすような形をして、体に侵入してくる病原体を監視しています(インスリンなどを分泌する膵臓の「ランゲルハンス島」とは全く別の細胞ですが、どちらも同じ人物による大発見です)。

ランゲルハンス細胞は、人の体の中で外界と接している皮膚のほか、気道や消化管などに存在しており、周囲の免疫担当細胞に情報を伝える「抗原提示細胞」としての役割を担っており、いつもわたしたちの体を守ってくれています

抗原提示細胞の働き

この細胞が骨髄で作られる段階で異常を生じた病気がLCHという疾患であり、全身の臓器でさまざまな症状を引き起こします。

2)とてもまれな病気、LCH

LCHは小さなこどもたちに多くみられますが、とてもまれな病気です。発生率は、欧米では小児100万人において5人程度とされており、日本のこどもたちでは年間に60-70人程度が新たに登録されています。

LCHは、医者の教科書の端のほうに「ヒスチオサイトーシスX」と書かれていた病気で、病態がよくわかっていなかったためにエックスと表現されてきました。ほとんどの医者にとって、一般診療の中では診る機会がない疾患のため、診断が確定するまでにとても時間がかかってしまうということが多々あります。

また、LCHの診断がついて治療を始めたとしても、専門家と相談しながら次の治療法を選択していくほうがよい症例もあります。「LCHを疑ってくれれば」、「LCHを知っていれば」、早く正しい治療に結び付けることができたのに、という声をよく聞きます。

ご家族の、なにか変、の感覚はぜひ大切にしていただきたいと思います。

2.LCHはどんな病気?

LCH(ランゲルハンス細胞組織球症)の病態

組織球の病気「LCH」は、体じゅうどこにでも病変を作ります。

LCHの診断は、病変部から小さな組織を採取する「生検」を行って、病理組織を詳しく検討します。顕微鏡で見ると、病気の部分には異常なLCH細胞がとてもたくさん増えている様子が観察できます。 LCH細胞は、正常なランゲルハンス細胞とは異なり、核にくびれやしわがあってコーヒー豆のようにみえます。同時に、リンパ球や好中球、マクロファージ、好酸球など、炎症を担当する細胞も多く集まってきています。

このLCH細胞と周囲の炎症細胞の間では、サイトカインと呼ばれる物質による情報のやりとりが異常に活発に行われています。その結果、病変部位で高度の炎症を引き起こし、ひどく腫れたり、組織を破壊したり、高熱を出したりと、さまざまな症状をきたします。また、破骨細胞様多核巨細胞という細胞も観察され、骨を溶かす方向にはたらきます。

3.LCHの原因は?

LCHは全身の臓器に広がって重症化する例がある一方で、年長児の骨や新生児の皮膚病変が自然に治ることがあります。そのため、LCHが悪性の腫瘍なのか、反応性の病態なのかについては、長い間わからないままでした。

2010年に約半数のLCH患者さんの病変部の組織にBRAF遺伝子の異常がとらえられ、世界に報告されました。BRAF遺伝子変異は、いくつかのがんの発生にかかわる遺伝子変異として知られており、異常な細胞の分化、増殖に関わっています。

この発見を契機に、LCHに関する遺伝子研究が飛躍的にすすんできました。今ではLCHは「炎症性骨髄腫瘍」として、骨髄由来の腫瘍性疾患であるとの概念が確立したことから、「がん」に分類されるようになりました。病態の解明に加えて、今後、臨床情報とあわせた検討がさらにすすむことにより、ひとりひとりの患者さんにとって、より適した治療方法へとつながっていくことが期待されます。

4.LCHの症状はとても多彩

1)全身のあちこちに様々な症状が出る

LCHは乳幼児期に多くみられますが、新生児から成人までどの年齢層にも生じます。

LCH病変を生じやすい部位や症状としては、皮疹(側頭部の脂漏性湿疹、下腹部を中心に、胸背部や手のひらなどにも広がる赤い丘疹、首や腋窩のしわ部分の発赤など。水痘や水イボとやや似ている)と骨病変の頻度が高く、一か所のみではなく同時にたくさんの骨に病変ができることもあります。

皮疹は軟膏のみではいったんよくなったようにみえても消え切らず、またしつこく出現して、じくじくします。

骨は痛みで気付くこともあれば、腫瘤(しゅりゅう:「こぶ」のこと)が硬く出っ張ってきたり、ぶよぶよしたり、ある時期から凹んできたりします。レントゲンを撮ると、その部分の骨は丸く大きく欠損していて、「骨が溶けている、穴が空いている」と表現されます。体じゅうのどの骨にも生じますが、頭蓋骨や背骨、手足の長い大きな骨(長幹骨)などに多くみられます。椎体(背骨)では圧迫骨折をおこしたり、側頭骨(耳のまわりの骨)では中耳炎を生じたり、眼のまわりの骨では「眼球突出」というように片目が腫れたりしてきます。

そのほかのLCH症状として、リンパ節腫脹、胸腺腫大、甲状腺腫大のほか、消化管(口腔内の腫瘤、長く続く下痢、体重減少、蛋白漏出性胃腸症など)やにも病変を生ずることがあります。成人では、喫煙に関連した肺LCHが有名で、息苦しさや空咳で発見され、軽症では禁煙によって軽快することが知られています。

2)中枢神経にかかわる病変は、ホルモンや発達に影響することも

LCHにおける最も大きな問題として、中枢神経に関連した病変が挙げられます。脳腫瘍のような病変を作るだけでなく、内分泌ホルモン分泌に関連する視床下部下垂体という部分へLCHが浸潤して、さまざまなホルモン補充療法が必要となるような場合があります。

代表的なものとして、「尿崩症」が挙げられます。下垂体茎部分のLCH腫瘤によって、視床下部で産生され下垂体後葉から分泌される“抗利尿ホルモン”の分泌障害をきたし、尿量の調整がきかなくなることから、1日数リットル以上の多飲多尿となることが特徴的です。

また、下垂体前葉のホルモン分泌障害を生じた際には、成長ホルモン分泌障害による低身長、性腺ホルモン分泌不全による無月経などもみられます。さらに、小脳や大脳などに変性を生じて運動機能や精神発達に影響する例なども知られています。

これらはLCHの発症から数年経ってから生ずることがあり、一度なってしまうとホルモン分泌障害や脳の変性病変が改善することはないとされ、病気が治っても後に残り続ける「晩期合併症」として、大きな問題となります。

5.LCHの病型と治療

1)LCHの病型

LCH(ランゲルハンス細胞組織球症)の病型

LCHと診断されたら、どこにどのような病変ができているのか、体じゅうをよく調べ、以下の病型に分類し、適切な治療を選ぶことが重要です。

  • 単一臓器型(single system disease;SS型):病変がひとつの臓器だけにあるとき
    • ・SS-s(single site):皮膚のみ、リンパ節のみ、骨1か所のみ、など
    • ・SS-(multi sites/ multi focal bone;MFB型 ):多発の骨病変
  • 多臓器型(multi system disease;MS型):複数の臓器にあるとき

皮疹だけなら「単一臓器型」、皮膚のほかに骨にも病変があるなら「多臓器型」、とてもたくさんの骨が異常なら「骨のみの単一臓器型だが、多発の骨病変」といった表現をします。

さらに、これまでの研究の結果から、”ちゃんと治療しなければ治りにくい“と考えられているリスク臓器に病変があるかどうかが重要です。たとえば肝脾腫があると、「リスク臓器浸潤のある多臓器型」などと分類し、より慎重に治療経過を見守っていくようにしています。

特に赤ちゃんの場合、初期は皮疹だけのようにみえても急速に重症化して命に関わる事態となることがあり、より専門的なアプローチが必要な場合があります。

また、中枢神経リスク部位(目や耳のまわりの骨)に病変がある例では、尿崩症や中枢神経変性病変の発症が多いとされ、しっかりとした治療を早くはじめることが望まれます。

  • リスク臓器(risk organ:RO):肝、脾、骨髄(貧血・血小板減少)
  • 中枢神経リスク部位:眼窩、側頭骨、頭蓋底、顔面骨などの骨病変

LCHは過去には病状に応じてHand-Schűller-Christian病(眼球突出、尿崩症)、Letterer-Siwe病(乳児の進行性の多臓器型)、好酸球性肉芽腫(年長児における頭部や椎体の単発の骨病変)、そしてヒスチオサイトーシスXなどとも呼ばれていましたが、どれも組織所見は共通していることから、現在はLCHという名称に統一されるようになりました。

2)LCHの治療

病型にあわせて、適切な治療法を選んでいきます。

1か所の小さな骨病変では、外科医が少し削る方法(掻把)や、ステロイドの局所注射が有効なことがあります。病変が多発している場合には、増えてしまったLCH細胞や、周囲の炎症細胞同士のサイトカインによる情報のやり取りを制御するために、抗がん剤を用いた化学療法をしっかりと行います。

1980年代頃から、どのような症状のLCH患者さんがどんな風に元気に治っていったのか、世界中の専門家が患者さんから教わりながら、治療の工夫を重ねてきました。その情報をもとに、最新の臨床試験に参加したり、各国で行われてきた治療プロトコールに沿って、半年から1年間の治療を選択したりすることが一般的です。

LCHに対しては治療がとてもよく効きます。薬をはじめると、すぐに皮疹は消えていき、骨の部分の腫れも数週間で目立たなくなります。骨は修復が早いので、小さな穴では数カ月、大きな骨欠損でも1年後のレントゲンではほぼ以前と同じ形に戻ります。たくさんの骨に病気ができた患者さんも、また元気に遊べるようになっていきます。

一方、リスク臓器浸潤をともなう多臓器型の乳児例では、治療反応が思わしくない場合、早期に治療を強化していきます。このような重症例を救うことがLCH治療の大きな課題です。

6.LCHと上手に付き合っていく

LCH(ランゲルハンス細胞組織球症)とうまく付き合っていく

LCHに対しては、治療がとてもよく効きますが、再発する例が多いことも特徴です。多臓器型の30-40%の症例では、治療終了後1-2年のうちに再発してきます。その多くは初回とは別の部位に骨病変を生じ、痛みで気付かれます。

中には、何度も再発を繰り返す例があります。それでも、LCHは一般のがんとは異なり、何度再発してもまた同じような治療で治りますし、元気に過ごせることがほとんどです。どこにどのように再発したかによって、初回とは異なる外来治療を提案することもあります。再発は残念ですし、しばらく運動制限が必要かもしれませんが、またすっかりよくなってスポーツもきっとできるようになります。

しかし、再発例では、病気が治っても後に残ってしまう問題の「晩期合併症」が多くなることがわかっています。LCHの症状が多彩なため、晩期合併症の種類も程度もさまざまです。

椎体病変のための側弯症の傾向、皮膚病変の瘢痕や局所の脱毛、下顎骨病変による永久歯の脱落、側頭骨病変/中耳炎による難聴などのほか、肺病変では線維化によって在宅酸素を要することもあります。視床下部下垂体病変の場合には、ホルモン補充療法が必要となります。尿崩症になると、水分と投薬の調節が生涯必要となりますが、患者さんにお話をうかがうと、飲み薬をポケットに入れてどこまででも出かけ、ご自分らしく自由に生活されています。医療者もご家族も、この複雑な病気LCHをよく知り、うまく付き合っていくことが大切です。

7.最後に

このように、いろいろな場所にさまざまな症状を引き起こすLCHですが、まれな病気ではありながら、この30年ほどの間に、世界中のLCHの患者さんからの情報が増え、今や原因や病態、治療法までかなり研究がすすんできました。

特にこの10年の進歩は目覚ましく、新たな治療法の検討がなされています。中でも再発の阻止と、中枢神経に関連した晩期合併症の予防は、LCH治療の大きな目標です。

日本LCH研究会(JLSGでは、LCHに対するより良い治療法を確立するために、臨床研究を行ったり、医療者間での情報交換の場を設けたりしています。主治医の先生から、具体的な治療内容についてLCHの専門家に相談することもできます。

また、患者さんの立場からも、最近はセカンドオピニオンを自由に聞ける時代になったほか、患者さんの会も活動しており、相談できる場が増えています。LCHをよく知るひとたちとLCHについて話す機会を持つことは、一人で悩んでいるより心強いかもしれません。

 

このシリーズでは、LCHについて詳しく説明していきます。
まれな病気ではありますが、わかってきたこともたくさんあります。一日も早く正しい診断に結びつき、より適切な治療が受けられるよう、少しでも患者さんとご家族の力になれればと思います。