「身体活動」と聞くとみなさんは何を思い浮かべますか?きっと多くの方が、余暇に楽しむスポーツや健康(あるいはトレーニング!)のために行う定期的な活動など、いわゆる「運動」とよばれるものを頭に浮かべると思います。運動会、運動靴、運動不足、運動療法…「運動」に関連したものはみなさんよくご存知でしょう。

しかし、こうした積極的に行う「運動」は言わば身体活動の“表”の顔です。実は、身体活動にはもう一つ、「運動」とは別の“裏”の顔があります。それが「日常生活行動」(Non exercise activity thermogenesis: NEATです。あまり注目されない地味な存在ですが、ヒトのエネルギー代謝に大きな影響力をもつすごいやつ、なのです。

目次

Non exercise activity thermogenesis (NEAT)とは?

NEATとは?

そもそも身体活動とは、「安静にしている状態より多くのエネルギーを消費する全ての動き(厚生労働省『健康づくりのための運動指針2005』より)」と定義されています。

私たちは、ものを食べることによってエネルギーを摂取し、体を動かす「身体活動」によってエネルギーを消費します。1日のエネルギー代謝において、基礎代謝が約60~70%、食べ物の消化・吸収によるものが約10%を占めていますが、身体活動によるものが最も変動が大きく、総エネルギー消費量の20~30%になると言われています[1]

ところが近年では、移動には車、エレベーター、エスカレーターを使い、掃除や洗濯は高性能の生活家電(最近ではロボット家電)で行い、IoTの発達で生活はさらに便利になり、ヒトは身体を動かさなくなっています。今や世界中が身体活動不足です[2]

以前お話ししたように(「正しい方法で安全な治療を!糖尿病の運動療法の基本」を参照)、身体活動不足はいろいろな病気の発症と悪化に関係しています。ヒトはもっと身体を動かさなくてはならない!のですが、仕事が忙しい人、小さな子供の世話をしなくてはならない人、持病のせいで体力の落ちた人、腰や膝の痛みに悩まされている人など…「すでに忙しい日常生活に運動習慣を取り入れるなんて無理!」と思う方も多いかもしれません。そんな人々にこそ知ってもらいたいのが、Non exercise activity thermogenesis(NEATです。

NEATはLevineらによって提唱された概念で、積極的なスポーツや筋力トレーニング以外の日常生活行動によるエネルギー消費と定義されます(図1)[3]通勤、通学、歌うこと、踊ること、掃除、洗濯、ガーデニング、裁縫、皿洗い…などとても多様な身体活動が含まれています。

こんなちょっとしたことで運動不足や肥満が解消されるとはにわかに信じがたいかもしれませんが、肥満患者はNEATが低く、NEATを高めることが肥満治療のカギになるという研究もあります
[4]

NEATを活かせ!「ちょっとしたこと」もエネルギーを消費する

では、具体的に「NEAT」はどのぐらいのエネルギーを消費してくれるのでしょう?

日常生活におけるエネルギー消費量を正確に測定する方法は実はまだ開発されていませんが、メッツと呼ばれる単位を利用してエネルギー消費量を推定することができます。一般的なNEATとそのメッツを表1にまとめました。

座っている状態での体重1 kg当たりの1分間の酸素摂取量(=3.5 ml/kg/分)を基準の1メッツ (METs: Metabolic equivalents)として、それぞれのNEATがどれくらいの身体活動になるかを示しています。詳しくは「改訂版『身体活動のメッツ(METs)表』」に掲載されていますので参考にしてください。

身体活動量(メッツ×時間)×体重でエネルギー消費量の概算が求められます[5]

身体活動のメッツ(METs)表

仮に、体重54kg(日本人女性の平均体重くらい)のヒトが1日8時間ずっと座りっぱなしでテレビ(あるいはインターネット)を見続けるとしましょう。座っているときの身体活動強度は1メッツですから、消費エネルギーは、1×8×54=432 kcalとなります。

では、この間立ち続けるとどうでしょうか?「立つ」という身体活動は1.8メッツです。したがって、消費エネルギーは1.8×8×54=777.6 kcalとなり、座っているときと比べて345.6 kcal多くエネルギーを消費します。これは、一般的な菓子パン1個分、350 mlの缶ビール2本分に相当します。つまり、座りがちなヒトは立つ習慣を心がけるだけで消費カロリーを増やすことができる(!)のです。ジムに通ったりランニング・ウォーキングを始めたりすることはハードルが高いと感じるかもしれませんが、「立ち上がる時間を増やす」ぐらいであればすぐにできそうな気がしませんか?

さらに、立ち続ける日が1か月に20日、1年で240日とすると、立ち続けるヒトは座り続けるヒトと比べて、1年間に82,944 kcal多くエネルギーを消費します。体脂肪1 kg当たりのエネルギー量を7,200 kcalと仮定すると1年間で11.52 kgの体脂肪が減る計算になります。

ひとつひとつのNEATはそこまでたくさんのエネルギー消費にはなりませんが、なんと最大で2,000 kcal/日もの個人差があるとされています[6]。強度の高いNEATになればそれだけエネルギーを消費しますから、NEATを活かせばやせるのです。

このようにNEATは、特別な時間をとらずに手間をかけずに取り組めるうえ、コツコツ積み重ねればしっかりと結果につながる可能性のある立派な身体活動です。

NEATの限界

NEATを高めることによってエネルギー消費量が増え、太っている人はやせます。しかし、いくらNEATを高めても体力が向上することは、たぶん、ありません。加齢などにより筋力や心肺機能が衰えれば日常動作は制限され、NEATも低下することになってしまいます。

NEATが肥満解消のカギを握っているとはいえ、体力を向上させるための「運動」の大切さは変わらないのです。

心肺機能を鍛え、筋肉を鍛え、昨日の自分より体力を向上させるためには、今日、有酸素運動と筋力トレーニングを行いましょう。

さいごに

個人差の大きなNEATは遺伝子、内分泌(ホルモン)、心理的要因、環境によって決まりますが、最も重要かつ自分でコントロールできるものは環境です。デスクワーク中に机の下で足の運動をさせるデバイスを使うとエネルギー代謝が良くなるという研究結果が報告されています[7,8]。貧乏ゆすりをする人は死亡リスクが低下するなんていう疫学研究もありますし[9]、NEATにはまだまだ秘められた可能性がありそうです。日常生活で体を動かす環境を作りましょう。Stand up, increase NEAT!