LCH(ランゲルハンス細胞組織球症)という聞き慣れない名前の病気は、病態の解明や治療についての研究が世界中で進められています。その研究成果を発表したり、各国の研究者・医療者たちが交流したりする場として欠かせないのが、年に一度開催される「国際組織球症学会(Histiocyte Society; HS)」です。

一般の方にとって、「学会」は馴染みのないものでしょう。堅苦しい会議室を想像する方もいると思いますが、実際はアットホームな雰囲気で、参加者同士のコミュニケーションの場にもなっているようです。

今回は、藤田医科大学の工藤寿子先生に、国際組織球症学会の様子を写真と合わせてお伝えいただきます。(いしゃまち編集部)

※冒頭の写真:2017年にシンガポールで開催されたHSでの集合写真(以下、写真は全て工藤先生ご提供)

目次

1.HSには世界中の医師が集う

国際組織球症学会(Histiocyte Society; HS)は、1985年ペンシルバニア大学のD’Angio先生が米国フィラデルフィアにて開催されたことから始まりました。以降、年々参加者は増え、今では毎年200名以上の医師や研究者が集う会となっています。

ホームページ(https://histiocytesociety.org/)には下記、設立の目標が掲げられています。

目標:GOALS

  • 組織球症の認知度の改善、病気に苦しむ人たちへの福祉の充実
  • 組織球症に関する研究を奨励し、支援し、成し遂げる。
  • 医療関係者に、これら目的に関する効率的な情報交換のためのフォーラムを支援し、提供する。
  • 組織球症に関連する諸問題に関して臨床医や研究者、その他の人たちを啓蒙し、教育する。
  • 組織球症に関する諸問題に関して教育指導者に助言する。
  • 共通の目標を持つ組織と共同研究する。

本稿では1年に1回、世界中から集まった研究者たちが、LCHのことだけをじっくり考える3日間についてお伝えします。

2.国内のレジェンドに会える

ランゲルハンス細胞組織球症(LCH)は患者さんが少ないだけでなく、こどもを数多く診る医師にとってもまれな疾患です。専門医でなければ小児科医が一生のうちに出会うかどうかわかりませんし、気づかないで後から別の病院で診断がつけられるかもしれません。

一方で、小児科医は日々、不明熱(原因のわからない発熱)の鑑別に頭を悩ませています。医師であれば、その中でウイルス関連血球貪食症候群の症例に遭遇し、今宿晋作先生(医療法人徳洲会 宇治徳洲会病院・写真1中央)の著書を手にされた方は少なくないかと思います。

2010年・ボストン(アメリカ)にて。ボストン美術館の「ラ・ジャポネーズ」の前で

写真1:2010年・ボストン(アメリカ)にて。ボストン美術館の「ラ・ジャポネーズ」の前で

さらに「LCHの専門家」といえば、国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)で40年にわたって100例以上のLCHを診断し、治療にあたられた、恒松由記子先生(順天堂大学/国立成育医療研究センター・写真2右)が挙げられます。

恒松由記子先生(右)と工藤先生(左)

写真2:恒松由記子先生(右)と工藤先生(左)

今宿先生、恒松先生が中心となり、日本ランゲルハンス細胞組織球症研究グループ(Japan LCH study group; JLSG)が発足したのは1996年と伺っています。以来、20年以上日本のLCHの診断・治療をリードしてこられ、患者会の支援やLCHの啓蒙に邁進してこられました。

ポスター発表にて。 学会ではこのように、研究成果をポスターにまとめて発表する場があります

写真3:ポスター発表会場にて。 学会ではこのように、研究成果をポスターにまとめて発表する場があります

発足時のメンバーのうち、衣川直子先生(湘南鎌倉総合病院・写真3中央)は国際組織球症学会(以下HS)の教育担当委員を務められておられましたし、石井榮一先生(愛媛大学医学部・写真3左からお2人め)は理事にも就任され、海外との架け橋となっておられます。

後に続く、森本哲先生(自治医科大学・写真3右端)、塩田曜子先生(国立成育医療研究センター・写真1右端)も毎年HSに参加され、日本から多くの情報を発信しています(編集部注:森本先生・塩田先生には、いしゃまちの連載にもご登場いただきます)。

毎年、日本からは10数名の参加者があります。国内の学会では遠くから眺めている先輩医師と、海外の学会場では気軽にお話しできたり、一緒に食事したり(写真4)と、一気に距離が縮まります。

2009年・ビルバオ(スペイン)にて行われた食事会。国内の大御所と若手とが一堂に会し、交流を行います

写真4:2009年・ビルバオ(スペイン)にて行われた食事会。国内の大御所と若手とが一堂に会し、交流を行います

学会では、若手医師がそんな国内のレジェンドに会える機会を得ることで、LCHの奥深さに気づき、次世代の後継者に育ってくれるとともに、患者さんへのより良い治療の提供にもつながることを期待します。

3.海外の研究者と直接話ができる

2012年・ロンドン(イギリス)のHSにおける会頭挨拶。世界中の研究者が揃う、貴重な場です

写真5:2012年・ロンドン(イギリス)のHSにおける会頭挨拶。世界中の研究者が揃う、貴重な場です

HSは組織球症に関わる研究者が一堂に会し、この1年間の成果を発表する場となっています。LCHの病態解明新規薬剤の可能性、現在行なわれている臨床研究の報告次期研究に関する会議も行われます(写真5)。優秀演題は表彰されます。

2017年には、京都大学の柴田洋史先生・八角高裕先生が基礎研究部門の最優秀演題に贈られるNezelof賞を受賞されました(写真6)。

2007年、Nezelof賞を受賞された柴田洋史先生

写真6:2017年・シンガポールにて、Nezelof賞を受賞された柴田洋史先生

2010年にボストンで開催されたHSでは今宿先生が功労賞ともいうべき名誉あるGolden Pin賞を受賞され、授賞式での子川和宏先生のお祝いのスピーチとともに、その場面が思い出されました(写真7)。授賞式の場に集う後輩医師にとっては、LCH研究の未来のために、モチベーションが高まった瞬間であったと思います。

013年・ワシントンD.C.(アメリカ)にて。Golden Pin賞を受賞された今宿先生(前列左)と、子川先生(前列中央)を囲んで

写真7:2010年・ボストン(アメリカ)にて。Golden Pin賞を受賞された今宿先生(前列左)と、子川先生(前列中央)を囲んで

学会では、論文になる前のホットな研究成果や日本では入手できない新薬の情報を耳にすることができます。演者に直接質問する貴重な機会も与えられます。

海外で使われている薬剤が日本で承認され、使われるようになるまでの時間の差を「ドラッグ・ラグ」といいます。このドラッグ・ラグのため国内で使用できない薬剤の情報は、後日役に立つと思います。

非常にアットホームな雰囲気のHSですが、LCHに関わる情報量の多さに、毎回身が引き締まる思いで、3日間、一生懸命ノートを取ります。

4.何回も参加していると友人になれる

2009年、私は初めてスペインで開催されたHSに参加しました。最終日にランチツアーがあり、美術館の前で記念撮影をしました(写真8)。

2009年・ビルバオ(スペイン)にて。学会最終日に開催されたランチツアー、美術館前での記念撮影

写真8:2009年・ビルバオ(スペイン)にて。学会最終日に開催されたランチツアー、美術館前での記念撮影

また、綺麗な海岸を散歩した時に、その中のお一人と一緒に撮った写真が手元に残っています(写真9)。

写真9:海岸にて記念撮影。学会はこのように、世界中の医師と交流する機会でもあります

写真9:海岸にて記念撮影。学会はこのように、世界中の医師と交流する機会でもあります

彼女とは2017年、シンガポールで開催されたHSで偶然再会(写真10)、彼女がイランの首都テヘランのShahid Beheshti医科大学の女医さんであることがわかりました。この出会いもHSが結んでくれたご縁です。

2017年・シンガポールのHSにて。テヘランの女医さんと再会

写真10:2017年・シンガポールのHSにて。テヘランの女医さんと再会

また、2012年ロンドンで開催されたHSでは、この年に優秀賞を授与された研究者の方からのお申し出で、目を奪われるような素敵なドレスに身を包んだ女性と一緒に写真を撮っていただきました(写真11)。

2012年・ロンドン(イギリス)にて。真っ赤なドレスが艶やかです

写真11:2012年・ロンドン(イギリス)にて。真っ赤なドレスが艶やかです

5.国内の学会に招待してMeet the Expert

写真12:2017年に愛媛県松山市で開催された、第59回日本小児血液・がん学会。石井会長を囲んで

海外に出かけるばかりでなく、2017年の第59回日本小児血液・がん学会(会長:石井榮一先生)には、HSの重鎮であるCarl Allen先生(米国/Texas Children’s Hospital)とJan-Inge Henter先生(スウェーデン/Karolinska Institute)をお招きしました(写真12)。小児科医に広く、LCHに関心を持ってもらうためにも、全国学会で講演していただくことは大切なミッションです。

また、少人数で討論できる“Meet the Expert”の企画を設けていただきました。国内の若手医師から寄せられたLCHについての日頃の疑問に、しっかりとAllen先生にお答えいただき、解決できたことで、今後の課題等が明確になったと思います。

6.最後に

2013年・ワシントンD.C.(アメリカ)で行われたHSの、ダンスパーティにて。先生方の楽しそうな笑顔が印象的です

写真13: 2013年・ワシントンD.C.(アメリカ)で行われたHSの、ダンスパーティにて。先生方の楽しそうな笑顔が印象的です

希少疾患であるゆえにみなしご病にならないよう、国内のみならず、海外の研究者とも手を取り合って一歩一歩前に進んで行けたらと願っております。

雑駁なお話で恐縮ですが、HSの魅力を少しでもお伝えできたら幸いです。