任意型検診では、検査の利益・不利益を認識したうえで受診するかどうかを自分で決定しなければなりません。PSA検査も、そのような任意型検診のひとつです。

PSA検査によって前立腺がんを発見し治療することができたという方もいますが、一方で検査による不利益を知らないまま検査を受け「こんなはずじゃなかった」という思いをする方もいるのです。

前編の記事「前立腺がん検診(PSA検査)を正しく理解するために」では、がんという病気の性質やがんとの向き合い方について述べました。本記事ではいよいよ、前立腺がんが一般的な「がん=死」というイメージとは異なるがんであること、PSA検査が治療の必要性の低いものも「前立腺がん」と診断してしまっていること、悪性度の高い前立腺がんを見逃してしまっていることについて、データとともにより掘り下げていきます。(いしゃまち編集部)

目次

前立腺がんではほとんどの人が亡くならない

前立腺がん対策を考える上で重要になるのが、前立腺がんで亡くなる人の割合(死亡率)と前立腺がんと診断される率(診断率)です。「何、当たり前のことを言っているんだ。前立腺がんと診断された人の中で、治療が上手くいかなかった人が前立腺がんで死ぬんだ」と思われているでしょう。

しかし、前立腺がんの場合、がんと診断されても、治療をしなくてもほとんどの人が亡くならないのです。このことを、データをもとに検証したいと思います。

前立腺がん細胞を持っている人

前立腺がん細胞を持っている人を「前立腺がん」と診断し、前立腺がん患者と考えます。では、次のデータを見てどう思いますか。

■表1 前立腺がん細胞保有率(男)

前立腺がん細胞保有者
50代 12.1% (8人に1人)
60代 21.7% (5人に1人)
70代 34.7% (3人に1人)
80代 50.0% (2人に1人)

(出典:『最近の日本人の前立腺潜伏癌(ラテント癌)の臨床病理学的検討』

これは、前立腺がん細胞を持っている人の年代別割合です。同じようなデータはその後日本でも、世界でも報告されています。

いま、この記事を読んでいるあなたや、あなたが前立腺がんを心配されているご家族は何歳ですか。筆者・岩室紳也は60代ですが、もし今、高校時代のクラス会をすると、集まった男性の5人に1人が前立腺がん患者(正確に言うと現代医学で前立腺がんと診断される細胞を持っている)ということになります。

この数字を見ると、前立腺がんは他人事とは思えない病気です。

前立腺がんで亡くなる人

では、前立腺がんで亡くなる人はどのぐらいいるでしょうか。下の表は、10万人の集団があった場合に、前立腺がん・胃がんで亡くなる人が何人いるのかを示しています。(カッコ内はおおよそ何人に1人かを表しています。)

■表2 年代別前立腺がん・胃がん死亡率(男:/10万人)

前立腺がん死 胃がん死
50代 1.6人(60,000人に1人) 17.9人(5,500人に1人)
60代 12.3人( 8,000人に1人) 65.5人(1,500人に1人)
70代 52.1人( 2,000人に1人) 156.3人(  640人に1人)
80代 211.0人(   470人に1人) 343.1人(  290人に1人)

(出典:国立がん研究センター がん情報サービス

このデータを見ると、胃がんより少ないとはいえ、前立腺がん死を減らしたいと思うのは当然のことです。

ところが、前立腺がん細胞をもっている人が多いことに対し、その前立腺がんが原因でなくなる人は60代だと8,000人に1人です。クラス会の例でいえば、同じ学年、学校に1人どころか、いくつかの学校が集まってやっと1人いるという割合です。

前立腺がんの中の前立腺がん死(死亡率と診断率)

以上2つのデータは「前立腺がんになること」と「前立腺がんにより亡くなること」との間に隔たりがあることを示しています。では、前立腺がん細胞を持っている人のうちどれだけの方が亡くなるのでしょう。先の2つのデータを利用して計算してみました(表3)。

60代の場合、21.7%の人が前立腺がん細胞を持っている(表2より)ため、全員が前立腺生検を受けると10万人中21,700人が「前立腺がん」と診断されます。一方で、同じ年代(60代)で、前立腺がんで亡くなる方は10万人中12.3人(表1より)です。

21,700人が前立腺がん細胞を持ち、前立腺がんで亡くなる方は12.3人だとすれば、

21,700÷12.3=1,764.227…

となり、60代男性では1,764人中1人が前立腺がんで亡くなる計算になります。その他の年齢についても計算し、表3にまとめました。

■表3 前立腺がん細胞保有者の中で前立腺がん死する確率

前立腺がん細胞保有者
(A)
前立腺がん死/10万人
(B)
A/B
50代 12.1% (8人に1人) 1.6人(60,000人に1人) 7,563人中1人
60代 21.7% (5人に1人) 12.3人( 8,000人に1人) 1,764人中1人
70代 34.7% (3人に1人) 52.1人( 2,000人に1人) 666人中1人
80代 50.0% (2人に1人) 211.0人(   470人に1人) 237人中1人

(表1・表2をもとに、執筆者が作成)

もちろん60代で前立腺がん細胞保有者となり、70代で前立腺がん死をされる方もいますが、「前立腺がん」と診断されることと、「前立腺がん」で亡くなることの間には200倍を超える違いがあることが一番の問題だということはお判りいただけたと思います。200倍ということは、200人中199人は前立腺がんが原因では亡くならないということです。

検査の正確さを評価する「感度」と「特異度」

PSA検査を受ける方は、どのような思いで検査を受け、その結果を受け止めておられるでしょうか。正常値が4.0ng/mL以下といわれていますし、日本泌尿器科学会のHPにも「一般的にPSAが高い、と言われる基準値は4ng/mLとされています」とあるので、4.0ng/mL以下だったから「安心」と思っていないでしょうか。おそらく皆さんのイメージは次のようなものだと思います(図8)。

PSA値 前立腺がん 一般的なイメージ

しかし、日本泌尿器科学会のHPによればPSAが3.1~4.0ng/mLで約30%、3.0ng/mL以下で20数%の確率で前立腺がんと診断されるというデータが紹介されています。ちょっと混乱しますが、学会として正確なデータを出しているだけです。

「検査は病気を見つけるもの、受診していれば早期発見・治療ができ、病気の有無は検査によって白黒はっきりできるもの」と思われている方も少なくないかもしれません。しかし実は、100%正確に病気が見つけられる検査はないのです。

それでもなお検診で大事なことは、100%とはいえないまでもその検査でどれぐらい正確に狙っているがんが見つかるかということです。そのため、「感度」と「特異度」という値が、検査の正確さを評価するために使われています。

いずれも耳慣れない言葉ですが、ここはPSA検査を考える上で一番大事なところなので、難しい、面倒と思わず、少しお付き合いください。まずは、表4をご覧ください。

「感度」と「特異度」とは

■表4 感度と特異度の計算方法

前立腺がん
あり なし
PSA検査 陽性 a b
陰性 c d

感度は、分かりやすく言うと、「『がん』を見落とさない率」です。実際に前立腺がんである人のうち、検査によってどのぐらいの人が「陽性」と判断されたかをあらわし、100%が理想です。

感度=PSA検査で陽性の人(a)÷前立腺がんありの人(a+c)×100(%)

また、特異度は、「『がんではない人』を『がんではない』と診断する率」です。前立腺がんではない人のうち検査によって「陰性」となる人の割合で、こちらもやはり100%が理想です。

特異度=PSA検査で陰性の人(d)÷前立腺がんなしの人(b+d)×100(%)

なお、表4でいうb(検査陽性だけれど実はがんなし)は「偽陽性」、d(検査陰性だけれど実はがんあり)は「偽陰性」といいます。

理想的な検査とは?

ある検査が「感度・特異度ともに100%の理想的な検査」だと仮定して考えてみましょう(表5)。

■表5 感度、特異度の理想

前立腺がん
あり なし
PSA検査 陽性 100 0
陰性 0 100

この場合、「陽性」と判断された100人は全員「がん」と診断され、「陰性」と言われた100人は全員「がんなし」です。感度と特異度を計算すると、ぞれぞれ次のようになります。

感度=PSA検査で陽性の人(100)÷前立腺がんありの人(100+0)×100=100

特異度=PSA検査で陰性の人(100)÷前立腺がんなしの人(0+100)×100=100

このような検査であれば、検査の結果がそのままがんの診断にも直結します。

「100%正確な検査」はない!?見落とし・過剰診断とは

しかし、かなり理想的な検査でも、実際には感度・特異度ともに100%にはなりません(表6)。

■表6 感度、特異度の実際

前立腺がん
あり なし
PSA検査 陽性 90 10
陰性 10 900

実際の検査では、本当はがんであったとしても「陽性」とされる数値がでないことがあります。表6は、「前立腺がん細胞をもつ100人のうち90人が検査で陽性となった」場合です。式にあてはめると、

PSA検査陽性の人(90人)÷前立腺がんありの人(90人+10人)×100=90.0%=感度

となります。この検査は、感度90%の検査であるといえます。10%の人は、がんであるにもかかわらず陰性と判断されてしまうわけですが、これが「見落とし」の問題です。

また、陰性といわれた人たちの中にもがんの人がいます。表6は、「前立腺がんではない910人のうち10人は誤って陽性の結果となった」場合です。

PSA検査陰性(900人)÷前立腺がんなしの人(10人+900人)×100=98.9%=特異度

となり、特異度は98.9%です。1.1%の人が誤って陽性と判断されており、場合によっては「過剰診断」「過剰治療」が問題となります(過剰診断、過剰治療については後述)。

どんな検査にも偽陽性・偽陰性はある程度存在しますが、検査を病気のスクリーニングとして機能させ、病気の早期発見・治療に役立てるためには、偽陽性・偽陰性ができるかぎり少ないことが理想です。

PSAはスクリーニングにならない

では、PSA検査はどのように評価されているのでしょうか?ここは実際の数値をあてはめてみたいところですが、日本にはPSA検査の感度と特異度が検討できるデータはありません。

しかし、世界を見渡すとこのような議論に終止符を打つ論文がありました。ぜひ多くの泌尿器科医の先生たちだけではなく、公衆衛生関係者、医師会、開業医の先生方に読んでいただきたい論文です(JAMA Networkより)。前立腺がんの病理診断を含め、世界での前立腺がん潜伏率も日本とほぼ同じ状況のため、この論文は日本での議論に応用できます。

PSA検査に関する調査論文

この論文は、PSA検査の適切な「カットオフ値(ある検査で陽性・陰性を分ける基準となる値)」を検討するために行われた調査について書かれています。注目すべきなのが、PSA値が4.0ng/mL以下の人たちに対しても前立腺生検(前立腺がん細胞があるか否かの検査)を実施していることです。

調査の対象・方法は次のとおりです(図9)。

【対象】

  1. 55歳以上の男性
    …前立腺がんのリスクが高い年齢です。
  1. PSA値が3.0ng/mL以下
    …PSA検査陽性とされる4.0ng/mLよりも明らかに低い値です。
  1. 直腸診で異常なし
    …医師が直腸側から前立腺を触診する検査です。前立腺がんの場合、「石様硬(石のように硬い)」と表現されるほど前立腺が硬くなります。唯一、診察で前立腺がんを診断する方法です。

【方法】

  1. 対象の集団に対して、経年的にPSA値が4.1ng/mL以上になるか、直腸診で異常を疑うかのフォローをする。
  2. 1で異常あり(PSA値4.1ng/mL以上または直腸診異常あり)とされた人521人と、異常なし(PSA値4.0ng/mL以下かつ直腸診異常なし)とされた人5,066人に、前立腺生検を実施する。
PSAの感度、特異度の調査

調査の結果

調査では、前立腺生検を実施した5,587人のうち、1,225人(21.9%)の人が前立腺がん細胞を持っているという結果になりました。カットオフ値をいろいろな値にして検討したものが次の表です(表7)。

■表7 PSA検査のカットオフ値に関する調査

前立腺がん
カットオフ(PSA値) 判定 あり なし
1.1ng/mL以上 陽性 1,022 2,665
陰性 203 1,697
2.1ng/mL以上 陽性 644 1,198
陰性 581 3,164
3.1ng/mL以上 陽性 395 579
陰性 830 3,783
4.1ng/mL以上 陽性 251 270
陰性 974 4,092
6.1ng/mL以上 陽性 56 64
陰性 1,169 4,298
8.1ng/mL以上 陽性 21 25
陰性 1,204 4,337
10.1ng/mL以上 陽性 11 15
陰性 1,214 4,347

PSA検査の感度・特異度を計算する

現在の検査基準である「PSA値4.1ng/mL以上が陽性となる場合」について見てみましょう。表7のPSAのカットオフ値が「4.1ng/mL以上」のところは次のような数字になっています。

■表8 PSAのカットオフ値が4.1ng/mLの感度、特異度

前立腺がん
あり なし
PSA値 陽性 251 270
陰性 974 4,029

先に紹介した感度・特異度の式にあてはめてみると、

感度=PSA検査で陽性の人(251)÷前立腺がんありの人(251+974)×100=20.5

特異度=PSA検査で陰性の人(4,029)÷前立腺がんなしの人(270+4,029)×100=93.7

感度が20.5%というのは、79.5%の前立腺がんが見逃されているということの裏返しです。また、PSAは正常範囲でした」と言われた974人は、全前立腺がん患者さんの約8割にあたるということでもあります。

PSA検査後、前立腺生検を受けた人の「前立腺がん有病率」

さらにこんなデータもあります(表9)。

■表9 PSA検査後、精密検査を受けた人の「前立腺がん有病率」

前立腺生検を
受けた人(人数)
予測有病数
(割合)
実際の有病数
(割合)
40代 13 1(6.7%) 1(7.7%)
50代 194 23(12.1%) 24(12.4%)
60代 1,029 223(21.7%) 250(24.3%)
70代 970 337(34.7%) 375(38.7%)
80代~ 201 101(50.0%) 101(50.2%)

(出典:岩室紳也『前立腺がん検診の有効性に関する議論と今後の展望』)

表9は、PSA検査を受けて精密検査(前立腺生検)が必要といわれた人のうち、実際に前立腺生検を受けてがんが発見された人の数を集計したものです。予測有病数は、前立腺生検を受けた人の数に、表3で出てきた「前立腺がん細胞保有率」をかけて算出しました。

驚くことに、この予測有病数と実際の有病数が非常に近い数字となりました。このデータもまた、PSA検査がスクリーニング(がんの絞り込み)になっていなかったことを強く示唆しています。

見逃しは悪性度の高い前立腺がんでも…

ここで必ず出てくるのが、「前立腺がんが転移すればPSA値が高くなるので、PSA値をフォローしていれば手遅れになる前に診断できる」という主張です。しかし、次のようなデータがあります。

『前立腺検診の手引き(金原出版)』に掲載されているデータで、健常者・前立腺肥大症の方・前立腺がんの方のPSA値を測定し、人数の分布を調べたものです。図10は、このデータをより簡易的に図解したものです。

健常男子、前立腺肥大症、前立腺がんにおけるPSA値

図中の病期Dは臨床病期Ⅳに相当し、5年生存率は前立腺がんの病期分類のなかで唯一100%ではありません(前編記事 図3より)。図10からは、この病期Dが「PSA値が4.0ng/mL以下」でもかなりの割合で存在することがわかります。

ちなみに、先に紹介した調査(図9)でも、PSA検査のカットオフ値を4.1ng/mLとした場合、悪性度が高いGleason Grade8以上の前立腺がんの感度は50.9という結果が出ています。悪性度の高いがんのほぼ半数は補足されないことになります。

「過剰診断」「過剰治療」の問題とは?

前立腺がんの「リスク」を見極め、分類する試み

本当はがんではない「偽陽性」や「死に至る確率が低いがん」であるにもかかわらず治療を行ってしまうことを「過剰診断」あるいは「過剰治療」といいます。

現在の病理診断では、「前立腺がん」と診断はできても、放っておいても天寿を全うする「前立腺がん」なのか、それとも放置しておくと死亡する危険のある「前立腺がん」なのかがわかりません。

もちろん前立腺がんの中には悪性度が高いものから低いものまでありますし、放置しておけば死に至るものをより明確にしたいという試みは様々行われています(国立がん研究センターより)。2016年にWHOも新分類を公表していますが、前立腺がんの過剰診断をクリアする基準はまだ見つかっていません。

そのような状況にも関わらず、PSA検査による前立腺がん検診が始まったこと自体が問題です。

治療によるQOLの低下

前立腺がんと診断されて治療を受ける場合、どの治療を選択するかでその後の生活の質(QOL:Quality of Life)が大きく変わります。もちろん、放置しておけば絶対に命を落とすがんであれば、様々な副作用や障がいを抱えることになっても生きている方がいいという方も少なくないと思います。

ただ、放置していても、すなわち検診を受けなくても死に至る確率は非常に低いにも関わらず、「がん」と言われたがために様々な困難を受け入れる方向に導かれている可能性があります。これが過剰診断の問題点です。

以下に根治的治療、すなわち治ること、天寿を全うできることを狙った治療の選択ごとの主だったQOLの低下内容、副作用、障害の発現を列挙します(表10)。

■表10 根治療法に伴う主なQOLの低下

主なQOLの低下
がん告知 「がん」という事実と向き合う必然性、定期的通院
監視療法 前立腺生検
前立腺全摘術 尿失禁、性機能障害
放射線療法(外照射) 消化管障害、尿路障害
放射線療法(組織内照射)
高密度焦点超音波療法(HIFU)
凍結療法
ホルモン療法 定期的通院、性機能障害

前立腺がん検診としてPSA検査が開始された初期のころと比べ、過剰診断、過剰治療が行われているという認識は泌尿器科医の間でも広がっています。そのため「監視療法」という名の経過観察も行われています。

しかし、必ずしもその意義が明らかではないPSA値の増減で一喜一憂し続ける意味があるのでしょうか。そして値が高くなれば再度前立腺生検を受けなければなりません。

前立腺全摘術は手術方法がかなり改善されたとはいえ、尿失禁や性機能障害の問題があります。

副作用が少ない治療方法(表10の★)もありますが、そもそもそれらの治療自体が、本当に効果があるのかについての結論は出ていません。

ホルモン療法も定期的な通院を一生続けなければならないといった問題がありますし、ホルモン抵抗性がんが出現するか否か、その確率に関する結論も出ていません。

治療には効果だけではなく副作用や後遺症などのリスクが伴う以上、「過剰診断」も「見逃し」と同様に看過できない問題といえます。

自治体で異なる判断

日本の行政は基本的に国の方針に沿って様々な事業を行います。PSA検査について国は任意型検診と位置付けているにも関わらず、PSA検査を実施している市町村の割合を都道府県別で見ると興味深い結果になっています。

実施率80~90%台の都府県が多いですが、東京都や大阪府では実施率が低く50%台です。また、実施率100%が群馬県や愛知県など10府県あるのに対して、滋賀県では6.7です(より詳しいデータは『前立腺がん検診市町村別実施状況(MAP図) ―2015年6月調査―(前立腺研究財団)』を参照)。

原則として、最終的に実施を決めるのは市町村なのですが、そこに働きかける医師会の先生方の意向が影響する場合もあります。滋賀県の場合は、私の公衆衛生仲間の先生が公衆衛生の立場からPSA検査を行政が行う問題点を認識し、市町村を指導されたという経緯があります。ちなみに滋賀県で唯一実施している大津市は、中核市のため「県」とは同格で、PSA検査の実施については自ら判断するという立場です。

一方で、都道府県別の前立腺がん死亡率を見ると、もともと母数が少ないので何とも言えませんが、PSA検査を積極的に行ってきた群馬県も、消極的だった滋賀県もほとんど同じような推移です。

前立腺がん(都道府県別・75歳未満年齢調整死亡率の推移

で、あなたはPSA検査を受ける? 受けない?

これまで紹介してきたデータ等を参考に、ご自身で選択してください。その際の選択肢と、考慮しておかなければならない点についていまいちど言及したいと思います。

医学の進歩に期待し、今は何もしない

新たな腫瘍マーカーが見つかり、かつ前立腺がんの病理診断が格段に進歩し、「病理診断で〇〇は放置すれば死に直結します」とか、「□□検査で基準値を超えているものはほぼ全部死に直結します」というものが開発されるまでは前立腺がんを早期発見、早期治療をすることをあきらめるのも手です。

PSA検査の見落としを覚悟する

PSA検査は現在の基準値だと見落とし率が約80%です。悪性度が高いとされるGleason Grade8以上でも約50%です。PSA検査が簡単だから受けるという方は、基準値がないということを受け入れることと、PSA値が低くても既に転移をしている前立腺がんがあることも承知しておく必要があります。

PSA検査ではなく前立腺生検を

前立腺がんという病理診断が必ずしも死に直結しないとしても、そもそも前立腺がん細胞を持っていなければ前立腺がんでは死にません。そのため、毎年前立腺生検を受けるのも選択肢の一つです。

治療の選択には副作用の考慮を

治療、対処方法の選択には、年齢、これからの生活目標、ご自身が受け入れられるQOLの低下を考慮に入れて判断してください。

実施主体、実施者、関係者として果たしたい責任

行政として、医療機関として、医師会として、一医師として前立腺がん検診・PSA検査に関わっている方は、これまで紹介したように、PSA検査にはまだ十分なエビデンスが揃っておらず、かなり多くの「わからない」が残された中で実施されていることがお分かりいただけたと思います。

それでも既に何万人という方が受けている以上、実施主体、実施している機関、医療者、関係者として、患者さんに対応するだけではなく、以下の2点も今後考慮することが重要になります。

1.大規模実験だというインフォームドコンセントを

様々なことがわかっていない中で前立腺がん検診(PSA検査)が始まりました。そして、微修正を重ねながらも、未だにこうすればいいという明確な結果は出ていません。すなわち、どのような形式であれ、前立腺がん検診を受けるということは大規模な実験に参加しているという認識が必要です。

監視療法はその中でも公衆衛生学的にも、病理学的にも非常に興味深い経過観察実験です。ただ、これは壮大な実験なので、PSA検査を実施している自治体は、ぜひ検診前にこの事実を、インフォームドコンセントとしてきちんとお伝えしていただきたいと思います。

2.きちんとした疫学的な調査研究を

少なくとも現時点でのPSA検査による前立腺がん検診は壮大な実験です。一方で、蓄積されているデータは疫学的な検証に耐え得るものになっていません。少なくとも以下のデータの蓄積が求められています。

  • 年齢別、PSA検査受検回数別PSA値
  • 年齢別、PSA値(正常を含め)、PSA受検回数別、前立腺生検受検回数別前立腺生検結果
  • 前立腺がん死患者のPSA検査受診歴、初診時PSA値、経過中PSA値、死亡直前PSA値

筆者自身の判断

本記事で、PSA検査の問題点をあげていたことからもおわかりだと思いますが、筆者はPSA検査を受けていません。

早期発見・治療というメリットがそこまで大きくないことと、むしろ過剰診断や見落としなどのリスクがあることなどを考慮したうえで、現在の技術では治療を要する前立腺がんを発見することは難しいだろうと判断しています。

もちろん、転移等で前立腺がんが見つかった場合は、それから頑張って治療をします。なぜなら転移をしてから見つかっても、5年以上生存できる確率は60%以上です(全がん協生存率調査より)。

「がん」という言葉に惑わされない

改めてご自身の年齢を考えてください。60代なら、20%以上の確率で前立腺がん細胞を持っている「前立腺がん患者」です。だから前立腺にがん細胞があるかどうかを調べ、がん細胞があったら全員、すなわち60代の男性の5人に1人は前立腺を取ってすっきりしましょう。このように泌尿器科医の私が話したら、どう思いますか?「お前は医者か?それとも詐欺師か?」と怒りますよね。でも、これが現状での事実です。難しいです。

編集後記

前編・後編にわたり、前立腺がん検診として行われているPSA検査の問題点について解説してきました。本文でもふれているとおり、まだまだわかっていないことも多く、結論の出ない問題です。

本記事では、こうした「行った方がいいものかどうかわからない」という状況のまま、多くの自治体でPSA検査が前立腺がん検診として実施されていることが問題であると指摘しています。

「市が勧めてくるのでとりあえず受けておこう」「専門家が受けない方がいいというのでやめておこう」ではなく、検査自体のメリット・デメリットを認識したうえでの判断をするために、本記事を役立てていただきたいです。

また、後遺症が少ないとされる治療法が登場するなど、技術は日々進歩しています。今後登場する新しいデータや情報にも目を向けながら、検診のあり方や病気との向き合い方についてじっくり考えていただけたらと思います。