外科手術にあたって用いられることのある全身麻酔。「一瞬で意識がなくなり、気が付くと手術が終わっている」「麻酔が効いたことにさえ気付かない」などと聞いたことがある方もいると思います。こうした情報だけを聞くと、少し不安に感じるかもしれません。本記事では全身麻酔について、詳しく解説していきたいと思います。

目次

全身麻酔は、意識をなくして苦痛を取り除く

全身麻酔は、中枢神経のはたらきを一時的におさえ、意識をなくして苦痛を感じなくさせる方法です。腹部や胸部、顎・顔面、脳などの手術で用いられることが多いです(ただし、麻酔の方法は患者さんごとに最も安全と考えられる方法を麻酔科医が選択します)。

全身に指令を送る中枢神経のはたらきを止めてしまうので、全身麻酔を受けた患者さんは、自身の呼吸や心拍、血圧、体温などを調整することはできません。そのため手術中は、麻酔科医が全身状態の管理を行います。

子供の手術は原則、全身麻酔で行う

成人の手術は、部位や状態によっては、身体の一部だけに麻酔をかける区域麻酔(局所麻酔)を用いることがあります。一方、子供の手術は原則として全身麻酔で行われます。

手術は、大人であっても不安が伴うものです。まして子供であれば、見慣れない医療スタッフや医療器具を見て、恐怖心から泣きわめいたり逃げ出そうとしたりしてしまうかもしれません。

区域麻酔で痛みを取り除いたとしても、こうした恐怖心でじっとしていられなくなっては、安全に手術を行うことはできません。このため、子供の手術では全身麻酔を用いて、眠った状態にするのが一般的です。

全身麻酔の流れ

麻酔科医による診察・説明

手術の前に、麻酔科医による診察を受けます。

  • これまでに麻酔を受けたことがあるか、その際に異常はなかったか
  • これまでにかかった病気はあるか
  • 持病や常備薬などがあるか
  • 鼻血や出血が止まりにくい体質か
  • アレルギーや特異体質があるか
  • 抜けそうな歯や義歯があるか
  • 首を曲げたとき、肩や腕にしびれがあるか
  • 口を大きく開けることができるか
  • 妊娠しているかどうか

こうした様々な問診に加え、必要な検査があれば行います。これらの情報と、行う手術の内容とを勘案し、最適な麻酔方法が選ばれます。場合によっては麻酔科医の判断で、追加の検査や治療を行うために手術日程を延期することもあります。

麻酔の方法に関しては、麻酔科医から事前に説明が行われます。このときに不安なことがあれば、しっかり確認しておきましょう。

また、麻酔の前には一定時間の絶食・絶水(胃の中を空にしておく)禁煙などを指示されます。こうした指示は、合併症を防ぐために非常に大切なので、必ず守るようにしてください。

手術室へむかう

手術の前に、身につけているものを外します。アクセサリーだけでなく、入れ歯やコンタクトレンズなどもすべて外しましょう。手術の準備や流れについては、「手術について:これだけは知っておきたい手術の準備や当日の流れって?」もご参照ください。

手術室に入ると、心電図血圧計パルスオキシメーター(指先につけ、動脈内の血液の酸素飽和度を調べる器械)などの装置をつけられ、点滴をします。

麻酔を受ける

鼻と口に、酸素を吸入するためのマスクが当てられます。ゆったりと呼吸をしているうちに、点滴やガスなどで麻酔薬が投与され、いつの間にか眠りに落ちます。

手術に際して患者さんの皮膚を切開するとき、筋弛緩薬を用いて筋肉をやわらかくします。すると呼吸をする筋肉のはたらきも止まり、患者さん自身では呼吸ができなくなるため、人工呼吸用の管を口から挿入します。

手術中は、麻酔科医が患者さんの状態と手術の状況とを確認し、麻酔や呼吸などを調節します。手術中は常に麻酔が投与されているため、手術の最中に麻酔が切れてしまうことはありません。

手術の終了後

手術が終わると、麻酔薬の投与が中止されます。個人差はありますが、投与中止から10分程度で目覚める患者さんが多いです。

医療者からの声掛けに対して、目を開ける・手を握るなどの反応が見られたら、人工呼吸用の管を抜きます(患者さんの状態によっては、手術後も人工呼吸を続けます)。また、意識状態や呼吸状態、血圧などに異常がないかを判断します。

全身麻酔では、しっかり目覚めるまでにしばらく時間がかかります。また、人工呼吸用の管を抜いてからしばらくは、のどに違和感があったり、うまく声が出せなかったりすることがあります。

人によっては、目が覚めた直後から痛みを感じることがあります。痛みがつらい場合には、遠慮せずに「痛い」と申し出てください。

周術期の全身管理は麻酔科医の役割

外科医

全身麻酔で眠っている間、患者さんの身体の状態を管理するのは麻酔科医の大切な仕事です。また、手術前・手術中・手術後の一連の期間を周術期と呼びますが、麻酔科医はこの周術期にわたり、患者さんの管理を行います。

具体的には、呼吸管理循環管理疼痛管理などを行います。

呼吸管理

全身麻酔や筋弛緩薬によって、患者さんは自分で呼吸を行うことができなくなります。そのため、患者さんの気管に管を入れて人工呼吸を行います。

このとき不安定な歯があると、抜けてしまうことがあります。また、口が開きにくかったり、首の骨に異常があったりする場合、通常の人工呼吸ではなく、専用の準備が必要になります。一人ひとりの患者さんに最適な環境を用意するために、事前の診察がとても重要なのです。

循環管理

手術中に受ける痛みの強さは、常に一定ではありません。眠った状態であっても強い痛みに反応して、患者さんの血圧が上昇したり、心拍数が増加したりすることがあります。また、出血が多ければ血圧は低下します。

こうした状況を観察し、異常がみられたら、輸血・輸液や薬剤の使用など適切な処置を行います。

疼痛管理

手術中から手術後にかけて、身体の痛みは大きな負担となります。痛みが強いときには麻酔薬や鎮痛薬の量を増やしたり、反対に痛みがそれほど強くないときには薬を減らしたりと、痛みの管理を行うのも麻酔科医の大切な仕事です。

さいごに

「意識を完全に失った状態で手術を受ける」ということに対して、不安になる方も多いと思います。

ですが、周術期は麻酔科医が全身の状態をしっかり管理してくれます。心配なことがあれば、遠慮せずに医師に伝えましょう。また、手術前の診察で、医師に聞かれたことをきちんと答えることも重要です。