本連載ではこれまで、こどものLCH(ランゲルハンス細胞組織球症)について解説してきました。こどもに多くみられるLCHですが、大人も発症することがあります。そして、大人のLCHは専門医がさらに少なく、なかなか適切な治療に辿り着けない患者さんもいるようです。

2018年、厚労省難治性疾患克服研究事業 特発性造血障害に関する調査研究班の分担研究の中に「成人LCH研究班」が追加されることになりました。この研究班の分担研究者になられるのが、成人LCH研究・治療の第一人者である東條有伸先生(東京大学医科学研究所附属病院)です。

今回は東條先生に、成人LCHについてご執筆いただきました。(いしゃまち編集部)

※研究班追加にむけた陳情の経緯などは「患者会は「一筋の灯台の明かり」だった…LCH患者会の活動と想い」をご参照ください。

目次

これまでの連載で取り上げてきたのは、主にお子さんの(小児期に発症する)LCHの話でしたが、LCHは年齢に関係なく発症します。私は血液内科医ですので、今回の話題は大人のLCHです。

LCHという病気について

本連載でも既に指摘されていますが(「「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」 ランゲルハンス細胞組織球症(LCH)の正体は何?」)、LCHは、がん(腫瘍)炎症という2つの性質を併せ持つ病気であると考えられています。

正常なランゲルハンス細胞は、骨髄中の未熟な血液細胞(造血幹細胞)から分化した、抗原提示能力(外敵を捕らえてリンパ球など自己の免疫防御システムに知らせる働き)をもつ成熟した白血球の一種で、皮膚に常に存在しています。そして、造血幹細胞、あるいは少し分化が進んだ白血球の前駆細胞に生じた遺伝子変異が、LCH発症の原因の一つと考えられています。最近の研究では、胎生期(お母さんのお腹の中にいる間)の細胞の段階で変異が生じている可能性も指摘されています。

変異を生じた未熟な血液細胞の子孫は、身体各所に移動していきますので、LCHは身体のどの部分に発症してもおかしくありません。LCHが全身性の病気であるということがご理解いただけると思います。

LCHで高頻度に認める変異は、細胞外からの刺激を核に伝えて細胞分裂を誘導するシグナルを媒介する酵素タンパク質の一つ、BRAFの変異で、これは小児・成人のどちらでも同じです。ただし、日本人の患者さんでのBRAF変異陽性率は約30パーセントで、欧米人(60~70パーセント)と比べると少ない可能性が指摘されています。

成人LCHの実態について

海外の報告では、20歳以降のLCH発症率は人口100万人あたり2人の割合とされており、小児LCH(100万人あたり5人)の半分以下と考えられています。残念ながら、成人LCHに関する疫学調査のデータは国内外を問わず少ないため、この数字がどこまで正確なのかわかりません。

ただ、極めて発症頻度の少ない病気(希少疾患)であることは間違いなく、大多数の血液内科医はLCHの診療経験がないのが実情です。東大医科研病院で成人LCHの患者さんの診療を開始してから今年で15年になります。これまで累計60名を超す患者さんが受診されています。首都圏の患者さんが過半数を占めますが、東北、北陸、近畿、九州の各地区からセカンドオピニオン目的で来院される方も増えています。

以下はあくまで当院を受診された患者さんの解析結果ですので、成人LCH全般に当てはまるかどうか不明であることをお断りしておきます。

成人LCHはAYA世代に多い

LCHと急性白血病の発症年齢/成人LCHの発症時の年齢と性別

まず、海外の報告(Arico Met al., Eur J Cancer, 39:2341, 2003)と私共の施設(東大医科研病院)のデータでは、LCHを発症した成人の年齢分布は、20歳から40歳までのいわゆるAYA(Adolescence and Young Adult)世代に多くみられます。それ以降は年齢と共に減少する傾向がありますが、70歳以上で発症される患者さんもいます。

このようなLCHの年齢分布を急性白血病と比較してみましょう。急性骨髄性白血病(AML)は小児期・AYA世代で少なく、40代以降で急に頻度が増加します。急性リンパ性白血病(ALL)はその反対で小児期に多く、AYA世代以降減少して高齢者で再び増加しており、いずれもLCHとは異なる分布であることがわかります。

また、当院を受診された患者さんの60%が女性である点は意外でした。これだけで「成人LCHは女性の方が発症しやすい」と結論づけることはできませんが、今後症例を蓄積し、また全国規模の疫学調査を行うことで明らかになると思います。

成人LCHの病型・診療科目

成人LCHの病歴・病変部位

次に患者さんを病型別に見ますと、複数の臓器に病変が出る多臓器型(MSが約1/2を占め、残りの1/2は単一臓器型の多発性(SS-m)と孤発性(SS-m)が同じ割合(1/4)でした。病変が見つかった臓器で最も多いのは骨(60%で、次いで下垂体を中心とする中枢神経と肺・縦隔がそれぞれ30%皮膚が約20%という順番でしたが、再発・治療抵抗性のリスク臓器と言われる肝臓やリンパ節、骨髄、脾臓に病変を有する割合はいずれも10%未満でした。

また、症状が出てから患者さんが最初に受診した診療科については、頭蓋骨の腫瘤や中枢性尿崩症など比較的頻度の多い初発症状を反映して脳神経外科が最も多く、皮膚科、整形外科、内分泌代謝科の順でした。

成人LCHの場合、症状や病変部位に応じて受診する診療科が多岐にわたってしまうのは仕方ありませんが、そこから如何にスムーズに血液内科に紹介されるかがポイントになるわけです。

成人LCHの初診時診療科

前述したAricoらの報告では肺病変の頻度が最も高かったのですが、それ以外は私たちの解析結果とほぼ一致しています。肺LCHの発症は喫煙と関係しているので、おそらく調査年代の違い(Aricoら〜2003年、医科研病院2005〜2018年)から、禁煙という要因が私たちの結果に反映されているのでしょう。

成人LCHの治療について

冒頭でLCHには腫瘍と炎症の2つの性質があると書きましたが、腫瘍の性質からいえば、LCHは急性白血病と違って進行が遅く早急に治療しなかったからといって命取りになる病気ではありません。骨や皮膚など1カ所の病変だけであれば、経過観察で様子を見ることもあります。

治療が必要なのは、複数の臓器に病変がある場合や1つの臓器でも複数の箇所に病変がある場合、そして中枢神経病変のように一箇所でも症状が重い場合です。

治療が必要な患者さんに対して、医科研病院ではほとんどの場合Special C」と呼ばれる治療を行っています。この治療では1種類の注射薬と3種類の内服薬を使用しますが、いずれも副作用は比較的軽いため、外来治療が可能です。

成人の場合、仕事や学業、あるいは育児などで忙しく、治療の時間を確保することも容易ではありません。この治療法は、月1回の通院で行える成人用の治療法で、奏効率も高いので、非常に有用です。

なお、LCHは治療の奏功率が高い一方、再発しやすい病気でもある点に注意が必要です。病変がほぼ消失したと判断した患者さんの約40%が、リスク臓器の有無にかかわらず数年以内に再発しているという海外のデータもあります。私たちの経験でも、Special Cプロトコールが奏功した後に再発する患者さんが少なくありません。しかし、同じ治療をもう一度行うと、ほとんどの場合同様の治療効果が得られます。治療後5年以上経ってから再発することもありますので、日頃この点に神経質になる必要はありませんが、頭の片隅に置いておく必要はあります。

おわりに

成人LCHについては、小児LCH以上に専門医が本当に少なく、医療者の間でも広く認知されているとはいえません。見当違いな診断や治療を受け、様々な診療科をさまよい心身を消耗されてしまう患者さんが少なくないのも現実です。成人LCHは、診断にたどり着けば有効な治療法があり、生命予後も非常に良好です。そのためにも、LCHという病気について、広く啓発していくことが重要です。