目次

はじめに

「うちの子は、本当にてんかんなのでしょうか」
「失神で2回倒れて、てんかんと言われました。本当ですか」

こういった声を、私の外来診療でよく耳にします。

しばしばニュースにも登場する「てんかん」という疾患。皆さんはてんかんと聞いたとき、どのような症状を想像されるでしょうか。突然全身がガクガクとけいれんして意識を失う、いわゆる全身性強直間代(ぜんしんせいきょうちょくかんたい)発作をイメージされる方も多いと思います。

てんかんを知る出発点として、けいれん意識消失・意識減損(意識を失う、または意識がもうろうとする状態)について考えてみたいと思います。

 

この2つの症状は、いずれもてんかんの代表的な症状でありながら、まったく異なる疾患においても発症することがあります。

例えば、けいれん発作については脳卒中や脳腫瘍など、ある病気の急性期初発症状でも生じますが、てんかんは慢性疾患であるという点で明らかな違いがあります。あるいは、長く歩いて足が疲れて筋肉がプルプル震える時に「足がけいれんする」と言いますね?全身性のもの、体の一部だけのもの、いろんな「けいれん」がありますので言葉のやり取りにおいては注意が必要ですが、この足のけいれんは、もちろんのこと、てんかんによるものではありません。意識消失・意識減損についてもいろんな場面があることについては同様で、トイレの最中に倒れてしまう排尿性失神などは高齢者に繰り返し生じることがあります。

てんかんは症状を2回以上繰り返すものとされていますので、こういったことを繰り返し経験することで自身やご家族がてんかんではないかと考えることも少なくありませんし、実際の医療現場においても早計にてんかんと診断され、薬物治療が開始されてしまうことがあるのも現実です。

 

てんかんの診断は、検査のみならず、詳細な問診を通じて慎重に行われるものです。けいれんがあるから、意識消失があるからといって、即座にてんかんとはならないのです。

私はこのような現状を、てんかん診療における過大評価(Overestimation)と呼んでいます。まずは患者さん、ご家族、そして医療者を含めた、てんかんに関わるすべての人が正しくてんかんを理解すること、それがてんかんで悩む患者さんを救う第一歩として、とても重要だと考えています。

 

それからもう一つ、てんかん診療における過小評価(Underestimation)についても考えてみたいと思います。典型的なてんかん発作のイメージとして全身性強直間代発作について触れました。これは確かに重い症状ですが、一方で、全身性の発作と比較すればやや軽い症状に見えるため、安易に片付けられてしまう発作があります。

例えば、複雑部分(ふくざつぶぶん)発作と呼ばれるてんかん発作があります。この発作が生じている間、患者さんは意識減損によりボーっとして、周囲への応答ができません。一点を凝視し、動作が停止します。その後、口をクチャクチャさせる、手をかき回す、ふらふらと歩き回る、といったような自動症と呼ばれる症状が出ますが、これらはおおよそ1分程度で治まり、その後にもうろう状態が3~4分程度続きます。患者さんは意識減損状態のため、その間のことは覚えていません(覚えていないはずなのですが、覚えていると言う方もいます)。

想像してみてください。この発作が生じたとき、買い物中であれば、手にとった商品をそのまま持って出てしまうかもしれません。また発作中に歩き回ることで、患者さん自身の身の危険も伴います。周囲から見て軽い発作に見えるものでも、患者さんの社会生活に対して大きな悪影響を及ぼす可能性があるのです。

特に、治療による症状のコントロールが十分でない患者さんは、いつ次の発作が起こるか不安を抱えながら生活しています。見た目の発作の重さだけでなく、いかにてんかん発作から解放してあげられるか、そのための的確な治療を模索することが、てんかん診療においてとても重要なのです。

てんかんとは?

医師と患者-写真

それでは改めて、てんかんという疾患について整理してみたいと思います。

日本神経学会の「てんかん治療ガイドライン2010」では、てんかんを以下のように定義しています。

てんかんとは慢性の脳の病気で、大脳の神経細胞が過剰に興奮するために、脳の症状(発作)が反復性(2回以上)に起こるものである。発作は突然に起こり、普通とは異なる身体症状や意識、運動および感覚の変化を生じる。明らかなけいれんがあればてんかんの可能性は高い。

追加すると、てんかんにおいては患者さんごとに同じ発作を繰り返すことが大きな特徴として挙げられます。その症状は下記に記すように実に多彩ですが、ひとりの患者さんから見れば同じ発作が繰り返し起こりますので、我々医療者はそのことをよく考慮して、ご本人や周囲の方のケアを行っています。

強直間代発作

強直とは、手・足・身体がこわばり、突っ張るような姿勢をとることです。また間代とは医学的に「同じことを繰り返すこと」を意味しますので、ここでは手足をガクガクと震わせながら曲げ伸ばしをする発作です。強直相に続いて間代相を引き起こす発作を強直間代発作と呼びます。数十秒から1分程度で発作は治まり、その後にもうろう状態や睡眠を経て正常の状態に戻ります。

複雑部分発作

動作停止一点凝視があり、その後に意識がボーっとしたまま歩き回ったり、口をモグモグ、クチャクチャしたりと無意味な動作を繰り返す自動症という症状が現れますが、発作消失後、本人にその記憶はありません。側頭葉てんかんに特徴的ですが、高齢者に多い発作としても近年注目されています。

 

これらに対して、単純部分発作と呼ばれる発作もあります。

単純部分発作

実に多彩な症状が出ますが、意識はあります。その後に続く発作の前触れとして患者さんが自覚するものもあります。手足や顔がしびれる、強直する、けいれんする、視覚の異常(まぶしい、虫が飛んでいる等)、聴覚の異常(音が聞こえにくい、変な音が聞こえる等)や嗅覚・味覚の異常、吐き気や頭痛などから、中には恐怖感、不安感といった精神症状に至るものまであります。

そして、以下のような発作もあります。

ミオクロニー発作

身体の一部の筋肉が瞬間的にピクッと動くことで、手足を動かす発作です。発作が強いと転倒したり、手に持ったものを投げてしまったりすることがあります。見過ごされがちな発作です。

欠神(けっしん)発作

数秒から数十秒といった非常に短い間に意識を消失し、一時的に動作が停止する発作です。その後再びもとの動作に戻るため、周囲から気付かれないこともあります。

てんかんのメカニズム

では、なぜてんかんが生じるのでしょうか。

先に紹介した「てんかん治療ガイドライン2010」では、てんかんの定義として「大脳の神経細胞が過剰に興奮する」と記載しており、ここが最大のポイントとなります。わたしたちの全身には多くの神経が張り巡らされており、その神経間を電気信号によって繋ぐことで様々な機能を果たしています。目で何かを見る、テーブルの上のグラスを手に取るという行動や、感動したり悲しんだりといった感情も脳から出される電気信号によって成り立っています。つまり、この電気信号が通常のネットワーク機能を超えて一部が強くなりすぎることで、予期せぬ行動(発作)を生じるのがてんかんです。

 

脳の機能は非常に複雑で、まだ未解明の部分も多く残されている領域です。脳は、大脳、間脳、脳幹、小脳に分類されます。大脳は特に人間の脳で大きく発達しており、人間の脳の大部分を占めています。さまざまな機能を司る脳の一部分に過剰な電気的興奮が起こるので、てんかんの症状は多種多様であると考えられています。

一方で、同じ患者さんにおいては同じ症状が現れることを記載しましたが、これは脳の決まった部位で過剰な興奮が生じていることから説明されます。脳の一部分に過剰興奮が始まるものを部分てんかんといわれますが、大脳の広い領域にまたがって過剰興奮が生じるものは全般てんかんと分類されています。

 

また、症候性特発性という考え方もあります。

脳炎や脳梗塞を患ったりすることで脳の一部に損傷が生じることでてんかんを発症するものを症候性、明らかな特定される原因が認められないものを特発性と分類します。

例えば、脳の特定の部位に原因不明の過剰興奮を認めるてんかんは、特発性部分てんかんとなります。

まとめ

てんかんの症状、メカニズムについて記載してきましたが、概ねご理解いただけたでしょうか。

これまでご説明してきたとおり、脳の機能障害は非常に複雑な領域であり、そして何よりもてんかん患者さんやご家族が悩み、苦しんでいるものだと思います。専門医療機関には、このような疾患を診断するためのさまざまな検査が用意され、また治療のエキスパートが在籍しています。まずは、かかりつけの先生にご相談いただき、場合によっては神経系の専門医(神経内科、脳神経外科)、そしててんかん専門医へとつないでいきます。より良い治療を提供できるよう多くの医師が連携していますので、ぜひ行動に移していただけたら幸いです。