境界性パーソナリティ障害の治療には、主に薬物療法、精神療法(カウンセリング)があります。治療は決して簡単ではありませんが、長期間粘り強く治療に取り組むことによって症状が軽減することもあります。
この記事では具体的な治療についてご紹介いたします。

目次

境界性パーソナリティ障害とは何か?

境界性パーソナリティ障害とはパーソナリティ(人格)障害の一つで、若い女性に多く見られます。

その特徴は非常に不安定な感情や気分、自己イメージ、衝動的な行動、対人関係にあります。その感情は怒りや、焦燥、抑うつ、空虚感、孤独感といったように、苦痛を伴うものが目立ちます。
対人関係では孤独感が強く、見捨てられることに強い不安を感じやすいため、依存的であることが多いですが、急にとても攻撃的になることもあります。さらに、時には見捨てられることを恐れることあまり、自殺企図の脅しが見られることがあり、周囲はその言動や振る舞いの急激な変化に振り回されることになります。

また、苦痛を伴う感情に耐えられずに、あるいは周囲の注意を惹こうとすることから、リストカットなどの自傷行為、大量服薬といった衝動行為が繰り返し見られることがあります。さらに、アルコールなどの薬物依存症摂食障害といった精神疾患を合併することがあり、浪費や乱脈な異性関係といった問題行動を伴うことも珍しくありません。

総じて、この障害は、時には抑うつから希死念慮(死んでしまいたいと思うこと)に至る感情の不安定さ、それに伴って繰り返される危険な衝動行為や、周囲に影響を及ぼすさまざまな問題行動が目立つことから、自己破壊的な傾向を持っている印象すら与えることがあります。

境界性パーソナリティ障害の治療は難しい?

境界性パーソナリティ障害の治療は簡単ではないですが、治る見込みがないということではありません。治療の基本となる治療関係を維持することそれ自体が難しいことがあるのです。

その感情と対人関係の不安定さから、医師との信頼関係が保てず、治療が中断されたり、繰り返される自殺企図の脅しに周囲が疲れ切ってしまったり、激しい自己破壊的な行動から期せずして生命すら危機的な状況にまで陥ることがあるからです。

境界性パーソナリティ障害の治療は長期に渡ります
治療によっても、すぐには明らかな症状の改善が見られないばかりか、本人の症状に振り回される周囲の苦痛が甚だしいこともあり、「この病気は治らない」という誤解がありました。しかし最近の研究で、境界性に限らずパーソナリティ障害の症状は年齢とともに軽快していくことが明らかになっています。症状が一番目立つのは20代から30代にかけてであり、おおよそ40歳くらいになると症状が和らいでくることが多いものです。

境界性パーソナリティ障害は、他のパーソナリティ障害と同様、治療によって急激に治るものではありませんが、長期の治療を粘り強く続けることにより改善が可能な精神疾患なのです。

薬物療法

境界性パーソナリティ障害の治療では、不安感や気分の落ち込みを和らげ、感情の爆発や衝動行為を抑えるために、ほとんどの場合で薬物療法が必要となります

また、境界性パーソナリティ障害がうつ病、不安障害、アルコールなどの薬物依存症、摂食障害などの他の精神疾患と合併しているケースでは、その疾患の薬物療法も並行して行うことが必要になる場合もあります。

ただし、衝動的な大量服薬がよく見られるため、服薬の状況には注意が必要です。

境界性パーソナリティ障害で使用される薬物

  • 抗うつ剤(選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)など)
  • 気分安定剤(リチウムなど)
  • 抗精神病薬
  • 抗不安薬

うつ状態がよく見られるため、抗うつ薬が投与されることが多くあります。また、激しい気分の波や衝動行為を抑えるために気分安定剤を投与することがあります。さらに、興奮や強い怒りや、焦りといった感情を和らげるために抗精神病薬を投与することがあります。また、不安に対しては、抗不安薬が用いられることがあります。

ただ、抗不安薬は依存性があるので注意が必要です。境界性パーソナリティ障害の症状は多彩であり、状態が不安定な患者さんは薬物に依存しやすいことが多いため、投与される薬も大量になることが珍しくありません。
しかし、先にも述べましたが、大量服薬の危険もあるため、医師による診察時におけるそれぞれの薬の必要性についての慎重な確認と、投与日数が長過ぎないように配慮すること、患者さんの服薬状況に注意することが不可欠です。

精神療法

カウンセリング-写真

境界性パーソナリティ障害の治療は、薬物療法と精神療法の併用で行われます。精神療法には、支持的精神療法、認知行動療法、森田療法などさまざまな方法があります。精神療法とは基本的に、医師やカウンセラーといった治療者と患者との話し合いを通して、患者さんの感情や考え方、行動を共に振り返るものです。その過程を通して、患者自身が自分の心のあり方やその改善すべき点を客観的に認識できるようにしていきます。定期的なカウンセリングを行うことで、患者さんの不安定な感情や対人関係が落ち着いてくることがあります。

境界性パーソナリティ障害の精神療法で難しい点は、患者さんと治療者の治療関係が安定して保たれず、破綻することが珍しくないという点です。患者が治療者に依存し過ぎたり、逆に激しい怒りを抱いたり、見捨てられたと感じて感情を爆発させることもあります。
そのため治療者は、常に患者さんとの関係のあり方に注意を払い、診察場面で患者さんが感情的になっても、落ち着いて対応する努力が必要になります。

精神療法では、ともすれば患者さんは治療者に依存しがちです。そこで、治療でできることの限界を示すという意味で、限界設定ともいいますが、治療の枠組みを設定し、それを守ってもらうようにします。治療の枠組みとは、例えば、毎週、または2週間に1回と取り決めた診察の頻度や、一回15分位なら15分位と決めた診察時間や、自殺企図の脅しはしない、大量服薬やリストカットは控える、控えられないのであれば危険防止のため、病院に入院してもらう、といった治療上の取り決めのことです。

しかし、患者さんが治療の最初に決めた治療の枠組みを簡単に守れることはまずありません。そういった基本的なことが出来ないから治療に来ているのですから。
ですので、枠組みは枠組みとして意識してもらい、それを守れなかった時には、その後は枠組みをどのように守るようにするのか、あるいは、治療上、枠組みの修正が必要なのかを粘り強く話し合うようにします。そういった話し合いを積み重ね、治療の枠組みに基づいた治療関係を維持するのです。

治療関係を維持できれば、患者さんが十分に自分の不適切な感情のあり方や極端な考え方を振り返る機会を持てるようになり、問題行動に代わる適切な行動を選択できるようになることがあります。

しかし経験不足の治療者が、患者さんの繰り返される衝動行為や問題行動に忍耐しきれなくなり、患者さんに対して感情的に反応してしまうことで、治療関係が破綻してしまうことも珍しくありません。

家族が治療において協力できること

境界性パーソナリティ障害の治療でご家族が果たす役割は重要ですが、同時に多大な忍耐力が必要となる立場におられるとも言えます。

患者さんはその不安定な感情、衝動行為や問題行動によって家族を苦悩させながらも、一方ではご家族に対して「見捨てられたくない」という強い気持ちを根底にかかえており、ご家族にしがみつくようにして関わりを求めてくることが多いからです
時には自分の症状や精神状態について、こうなったのは家族のせいだと家族を責めることも珍しくありません。

そういった患者さんの言動を真に受けることはかえって患者さんの自立の妨げになることがあります。ですので、ご家族はあくまで治療の主体や改善の責任は本人にあり、ご家族はその手助けをする役割にあると構えた方がいいでしょう

ご家族および周囲の方々が、境界性パーソナリティ障害の患者さんに接する際のポイントを下記にまとめました。

冷静に対応する

患者さんの繰り返される衝動行為や問題行動に、疲れてしまったり、感情的に怒ってしまったりするようなことがあっても無理はありません。

しかし患者さんの言動や振る舞いの背後には、「見捨てないでほしい」という心理が働いていることを踏まえ、難しいことですが、出来る限り感情的にならずに冷静に対応するようにします。ご家族が感情的になれば、もともと敏感で感情的になりやすい患者さんをさらに感情的にし、さらなる問題行動を導いてしまうことがあるからです。

話をよく聞く

患者さんと話すときには、感情的にならないことはもちろん、患者を責めるような言葉を避けるようにします。難しいことですが、患者さんの話をよく聞いてその行動の背後にある患者さんの考えや感情を理解しようと努めるようにします。

患者さんの振る舞いにいつも悩まされていることが多い周囲にとっては、驚くべきことですが、患者さんは自分が問題の加害者ではなく犠牲者だと感じていることがあります。

ただ、どのような感情や考えであっても落ち着いて傾聴し、理解しようとすることで、患者さんの心は落ち着いてくるものです。しかし、ご家族も感情をもった人間です。冷静に話を聞けないように感じるときには、患者さんに話を少し待ってもらってもいいでしょう。

「落ち着いて話を聞けないと悪いから」と穏やかに断って、ご家族が都合のいい時間帯や聞くことのできる時間の範囲を伝えるようにする、ということも一法でしょう。

問題行動と周囲が出来ることの限界を意識してもらう

治療関係を保つための、治療者による限界設定について上記しましたが、これはご家族と患者さんの間でも重要なことなのです。いくら患者さんのご家族でも、出来ることと出来ないことがあります

例えば、いつでも聞いてほしいだけ長く話を聞いてほしいと患者さんが望まれたとしても、それは無理なことです。ご家族にはご家族の生活があり、その時のコンディションもあるからです。あるいはリストカットなどの自傷行為が毎日のように続く様子をそばで見せつけられる、といったこともご家族にとっては大変な苦痛でしょう。ですので、患者さんと同居するご家族は、最低限でもいいですから一緒に生活が出来る条件を患者さんと取り決めておくことが大切です

何でも患者さんの希望や要求通りにしようすることは、かえって患者さんの治療にとって好ましくありません。家族がご家族自身の生活を守るために、家族が出来ること、出来ないことを伝えておき、患者さんと適切な距離をとることが、患者さんの治療のためにもなるのです。

ただ、上記しましたが、専門家の治療者でも、患者さんとの治療の枠組みを保つことに苦心する場合があるのですから、家族にあってはなおさらです。患者さんが感情的になりそうなことを話すことは、ご家族と患者さんの双方が十分に落ち着いて、余裕のある時に試みる、または患者さんの主治医を交えて話し合うようにする、といったことも必要でしょう。

患者さんを認める

不安定な患者さんにとっては、リストカットなどの問題行動をせず、感情的にならず、穏やかに普通の生活が送れていること自体が、何らかの努力の結果であることがあります

患者さんの振る舞いに苦悩されているご家族にとっては難しいことですが、患者さんなりの努力をなるべく見つめ、それを認めて、ほめてあげるということも大切です。人間は自分の努力を分かってくれる人間を信頼するものだからです。

そして、その信頼関係こそが、患者さんが守らなければならない家族との生活上の取り決めを患者さんと話し合っていく上で重要なのです。

まとめ

境界性パーソナリティ障害は、決して治らない病気ではありません。
ただ、治療が、パーソナリティ障害(性格の偏り)を修正することなので、時間がかかるのです。

治療では、患者さん自身が諦めずに「病気を治したい」という気持ちを持ち続けることが重要です。性格とは、もともと持っている気質に加え、ある感情と思考、それに基づいた行動のパターンが習慣づけられたものともいえます。そのため、患者さんがその気になれば、時間をかけて粘り強く努力することである程度は修正することが出来るのです。

また、患者さんの振る舞いに振り回されることが多いご家族には、難しいことですが、冷静に対応し、なるべく話を聞き、患者さんの努力を認めるようにし、家族の生活を守るために必要なことは伝えることが大切です。結局病気を治すのは患者さんの努力です。長く援助をし続けるためにも、ご家族は患者さんと必要な距離をおき、自分の生活も守るべきなのです。