自傷行為とは、自分自身で自分の体を傷つけることです。精神科の患者さんに多く見られ、患者さんやそのご家族にとっては、非常に苦痛に感じられるものです。

この記事では、自傷行為をしてしまう方、そしてその家族がすべき対応方法についてお話していきます。

目次

どうして自傷行為をしてしまうの?

自傷行為をなさる患者さんのほとんどはうつ状態にあり、多くは境界性パーソナリティ障害を伴っています

境界性パーソナリティ障害は特に女性に多く、感情と対人関係の不安定さ、衝動行為が目立つパーソナリティ障害です。

境界性パーソナリティ障害では、その主な症状として、激しい落ち込みや焦燥、孤独といった感情を募らせることがあり、その感情の吐け口として自傷行為が選ばれてしまうのです。

自傷行為のほとんどは、リストカットと言いますが、かみそりなどの鋭利な刃物で主に手首の皮膚の表層に軽い傷を何度もつけるものです。なお、部位は手首とは限らず、衣類によって体から見えない腕や太ももといった場合もあります。

自傷行為をする患者さんはほぼ例外なく、自傷の後には激しい抑うつや焦燥感がすっきりとすると話されます。自分の出血を見ることで気持ちの切り替えになるという方もおられます。しかし、その行為の代償として、極端な場合には繰り返したリストカットの跡が肩まで及ぶこともあり、傷跡を目立たなくするための形成外科的な処置が必要となることすらあります。さらには皮膚ばかりか血管まで傷つけることで激しく出血し、命の危険に至ることもあり得るのです。

患者さん自身ができる対処方法

落ち込みや気持ちの焦りといった辛い感情に耐える対処法は患者さんの誰もが必要としていますが、多大な代償を伴う自傷行為はその対処法として極めて不適切なものです。

ご自身でできる対処方法として、患者さんによっては辛い感情に襲われたときには、リストカットの代わりに皮膚をつねったり、物差しでこすったり、似たような刺激を皮膚に与える工夫をされる方もいます。

また、深呼吸をしたり、リラックスできる音楽を聴いたり、何か集中できることに取り組んで対処なさる方もおられます。
そのほか、自傷行為をしそうになった場合にひと呼吸おいて、行為のあとの望ましくない結果を思い浮かべることも有効です。
自傷行為をする時はどういう時で、しないですんでいる時はどういう時なのか、自傷行為をしない時間をどのようにしたら増やせるのか、振り返ってみることも大切でしょう。

なお、そもそも不安定な感情を持たずに済むようにもとの性格が成熟することで、自傷行為から離れられる方もおられます。

家族の自傷行為を見つけたら

自傷行為

次はご家族が患者さんの自傷行為を見つけた場合についてお伝えします。
実際に患者さんがご家族の目の前で自傷行為をすることはなく、患者さんがご不在時に患者さんの自室で、血のついたティッシュや、カッターなどがご家族に見つかって判明することがほとんどです。

その後、たいていのご家族は「馬鹿なことをして!」など、リストカットをした患者さんを感情的に非難してしまいがちです。「自傷行為をしてはいけない」のは当たり前の正論なので、ご家族の反応は当然なのですが、感情的なやり取りで自傷行為が収まることはまずありません。

なぜなら、自傷行為をする患者さんは、自分が抱え込んだ否定的な気持ちに圧倒され、その当たり前のことすらも、当たり前とは思えない程、追いつめられた心理状態にあるからです。
その状況で、ご家族が正論を振りかざしても、患者さんはご家族の都合を無理やりに押し付けられるように感じるだけなのです。
結果として納得できない患者さんは、自傷行為を隠れてやるだけであり、ご家族から見えないところで傷を増やしていくのです。

自傷行為が発見されたときにまずご家族がやらなければならないことは、自傷行為を非難せず、そうしようと思うに至るまでの気持をきちんと聞くことです。
普段なら絶対にしてはならない行動をするまで気持の上で追いつめられているのですから、患者さんを自分との孤独な戦いから少しでも開放してあげる必要があるのです。
患者さんにご家族から理解されたと感じてもらい、お互いに多少とも心理的な余裕ができた後に、初めて実りのある話し合いができるのです。

信頼が患者さんを支える

具体的には、普段は学校に元気で行っている高校生であれば、「普段元気で頑張っていて、お母さんとてもうれしく思っているんだけど、ちょっと気になることがあるの」と切り出してもいいかと存じます。

切り出す時には、前置きで元気づけたり、褒めたりと、相手を肯定する雰囲気をにじませられればさらにいいでしょう。人間は自分を認めてくれる人の言うことだけに耳を傾けるものだからです。

血のついたティッシュが見つかったのであれば、「これがあったんだけど、大丈夫?」とあくまでも気持を十分に聞きとるつもりで、穏やかに切り出してください。問い詰めてはいけません。

たいていの場合、患者さんはすでにご自分と戦っており、その葛藤の中で追いつめられているからです。その葛藤を十分にくみとってあげてください。

話を聞いたら、「話してくれてありがとう。」と感謝の意を伝え、「あなたに楽になって欲しいから、そのために出来ることがあれば何でも話してみて」と患者さんに聞いてみてください。

自傷行為に至るまでの経緯がいかに悲惨であろうと、患者さんの人生です。ご家族ではなく、患者さんが乗り越える他はないし、患者さんはその力を持っています
本人の取り組みを尊重し、その秘められた力を信頼し、協力のスタンスをとってください。
精神科の受診をしていなければ、きちんと話を聞いてくれる精神科を探してあげてもいいでしょう。

習慣化した自傷行為の場合とその対応

なお、自傷行為が習慣化した行動になっている場合には、やめるまでに時間がかかることがあります。習慣化してしまっている自傷行為の場合は、過程嗜癖(かていしへき)といい、自傷行為という行動のプロセスに依存している状態になっているともいえます。出来上がってしまった習慣を急にやめることは極めて難しいのです。

自傷行為に伴う傷跡や出血はグロテスクなものですから、ご家族が「やめて!」と感情的になることは大変ごもっともです。しかし、先にお伝えしたように、患者さんの心理状態を尊重せずに、反応する感情をそのままぶつけてもうまくいきません。

かえって怒鳴りあいになる可能性が高く、怒鳴りあいは何の利益もないばかりか、さらなる衝動行為をもたらすことが多いのです。

アルコール依存症の場合もそうですが、依存を断ち切れるのはあくまでも患者さんの自発的な強く粘り強い意志であり、ご家族がやめさせることはできません。家族ができることは「強制」ではなく、「協力」なのです。時間はかかっても、粘り強く、非難せずに患者さんの本当の気持を聞き、協力し続ける姿勢を取り続けてください。そういった中で患者さんと御家族との信頼関係が育まれるのです。

まとめ

大変悲痛なことですが、現在の精神医療において自傷行為は珍しいものではなく、患者さんとそのご家族に多大な精神的、身体的負担となり続けています。

しかし、私は精神科医として、自傷行為に悩む患者さんと数多くお付き合いさせてもらってきましたが、さまざまな患者さんの粘り強い取り組みによる自傷行為の克服を数知れず見てきました。

今では、習慣になってしまった自傷行為でも、患者さんの意志と努力の積み重ねで必ず克服できると私は患者さんから教えてもらったように感じています。患者さんには、自傷行為を必要としない生活を取り戻せることを信じ、どうか日々の取り組みを続けて頂ければと思います。

また、ご家族の冷静で適切な日々のご協力も、患者さんには大きな助けとなるでしょう。