摂食嚥下障害は食べること、飲みこむことが難しい状態のことです。食べたものや飲んだもの、唾液などがむせる、誤嚥(ごえん:食べ物や飲み物、唾液が誤って食道ではなく気管に入ってしまうこと)する、飲み込みに時間がかかる、食べ物が口の中に残ったままになるなどの症状があげられます。嚥下障害により、誤嚥を繰り返すと死亡原因ともなる誤嚥性肺炎のリスクも高まりますので、嚥下障害に対する対応が必要となります。その中の一つとしてリハビリを行うことが挙げられます。摂食嚥下に対するリハビリはどのようなことを行うのでしょうか。詳しくみていきましょう。

目次

摂食嚥下障害のリハビリの目的

摂食嚥下障害のリハビリテーションの目的は安全に、できるだけ美味しく飲んだり食べたりすることです。

食べることは栄養を摂取する目的だけでなく、味を楽しんだり、食事の場でコミュニケーションを取る上でとても大切なことです。摂食嚥下障害のリハビリは楽しく食べることを目標に、安全を最重視しながら行われます。

安全性の面で特に重要なのは、誤嚥による誤嚥性肺炎を予防することです。
口から飲んだり食べたりすることが機能的に困難である、必要な水分量や栄養を摂ることが難しい、または口から摂取することが危険であると判断した場合には、胃瘻(いろう:栄養を直接、胃に注入するためにお腹に開ける穴)をつくることや鼻から胃にチューブを通す経管栄養や点滴などの方法も視野に入れ、医師と相談する場合もあります。

胃瘻や経管栄養や点滴の方でも、リハビリで飲み込む力を取り戻せれば、口で食事ができるようになることもあります。

患者さんがどんな状態なのかを知るために

リハビリの際、まずは患者さんがどのような状態であるかを詳しく知る必要があります。摂食嚥下は、先行期(認知期)、準備期(咀嚼期)、口腔期、咽頭期、食道期の5つの過程に分けられ、これらのどの過程に問題があるのか、どのような問題が起こっているのか、どの程度の障害なのかなどを見ていく(評価する)のです。

評価は、実際の食事場面の観察や姿勢、口や舌の動きなどの評価、スクリーニング検査(反復唾液嚥下テスト、水飲みテスト等)やVF(嚥下造影検査)、VE(嚥下内視鏡検査)などがあります。

反復唾液嚥下テスト

口の中を軽く湿らせた状態で唾液をごっくんと飲み込む動作を行い、30秒間に何回連続で飲み込めるかを評価します。30秒間に2回以下では誤嚥がある可能性が高いと評価します。

改訂水飲みテスト

冷水3mlを口の中に入れて飲み込んでもらい、冷水3mlの飲み込みが可能でかつむせも見られない場合(4点)は追加で唾液を2回飲み込んでもらいます(成功で5点)。嚥下反射(えんげはんしゃ:食べ物や飲み物が喉を通る際に「ごっくん」と飲み込む反射)が起こるか、むせがみられるか、呼吸の変化があるかをみて、5点満点の点数をつけ4点以上であれば、テストを2回行い悪いほうの点数がその方の点数となり、誤嚥の有無を判定します。

VF(嚥下造影検査)

X線での透視を行いながら、造影剤を混ぜたゼリー、とろみをつけた水分、とろみなしの水分などを摂取してもらい、飲み込みの様子を観察します。喉を通過する状態や、食べ物が口の中や喉に溜まっていないか、気道に入っていないかが見えるので、どこに障害が起こっているかを確認できます。また、どの姿勢や食事の形態であれば誤嚥や残留(食べ物が喉などに残ること)が起こりにくいかを確認します。検査結果によって食事の形態や姿勢、リハビリの方向性などを決定します。

VE(嚥下内視鏡検査)

鼻の穴から内視鏡を喉に入れた状態で色をつけた水分やとろみの水分、ゼリーなどを摂取してもらい、飲み込みの様子を観察します。VFと比べて被ばくすることがなく、ベッドサイドでも行うことができる利点がありますが、誤嚥が起こる瞬間を観察することはできません造影剤も不要なので、普段の食事をそのまま検査食として利用できます。

摂食嚥下障害のリハビリの内容

食事介護-写真

摂食嚥下障害のリハビリは主にST(言語聴覚士)によって行われることが多いですが、STのいない病院や施設、在宅などでは、看護師や歯科医師、歯科衛生士などが行うこともあります。摂食嚥下に必要な姿勢保持や認知機能、手の機能のリハビリや環境設定などにはPT(理学療法士)、OT(作業療法士)も介入します。摂食嚥下は生命維持に必要な水分や栄養を摂る手段でもあり、噛み合わせや歯の状態など口の中の機能も密に関与しています。診断やリハビリは医師や歯科医師、看護師、栄養士、歯科衛生士、ST、PT、OTなどの多職種とともに、チームとして進められます。

それでは実際にどんなリハビリがあるのか、以下に例を挙げていきます。

口腔ケア

口の中にはたくさんの細菌が住み着いています。ケアをしないとどんどんその細菌は増加していきます。その細菌が唾液とともに誤嚥して気管内へと流れ込むことで誤嚥性肺炎は起こります。ですから、お口から食事を摂っていなくても誤嚥性肺炎になる可能性はあるのです。食事前後にはもちろんのこと、お口から食事を摂っていないかたもケア用のスポンジや歯ブラシなどを用いて口の中の汚れを取り除き、清潔に保つことが大切です。口腔ケアを行うことで口の中が刺激され、唾液の分泌やスムーズな口の動きや飲み込みの反射が促されるので、食べる前の準備や機能の維持にもなります。

間接的嚥下訓練(基礎訓練)

実際に食べることはせずに行う嚥下訓練です。症状、目的に応じて様々な訓練法があります。

嚥下体操

  • 口、首、肩の体操を行うことで、しっかり目を覚まして姿勢を整え、嚥下に必要な筋肉を働きやすくします。
  • 口すぼめ呼吸(口すぼめた状態で深呼吸する)
  • 首を回す運動
  • 肩を上下に動かす運動
  • 体幹を捻じる運動
  • 頬を膨らます、ひっこめる運動
  • 舌を前後、上下左右に動かす運動
  • 「ぱ、た、か」と発声する、口を大きく開けて発音する

頭部挙上訓練

食べ物を飲み込む時にはたらく筋肉の力が低下して、食道の入り口が開きにくくなっている場合に、嚥下反射に必要な筋肉の筋力強化を行います。

仰向けに寝て、つま先をみるように頭だけ床から上げ、1分静止して1分間休みます。これを3回繰り返して行います。この時、肩は床につけたまま顎の下の筋肉を意識しながら行います。一人で行うことが難しい場合は、頭を持ち上げることを介助して行います。

呼吸トレーニング

呼吸に関わる筋肉を鍛えること、呼吸と嚥下のタイミングを図ることで嚥下をスムーズに行い、誤嚥した時にしっかり咽せて外に出せる力をつけます。

  • 嚥下パターン訓練:鼻から息を吸って息を止めた後に唾液を飲み込み、息を吐くという流れで嚥下を行う練習をします。
  • 呼気トレーニング:顔の前に垂らしたティッシュペーパーが口をすぼめた状態で息を長く吐き続ける練習をします。
  • 声門閉鎖訓練:声帯をしっかり閉じることを促して誤嚥の予防を行います。机や壁、椅子を力強く手で押しながら、「えい!」とできるだけ大きな声を出します。
  • アイスマッサージ:嚥下反射を促すために凍らせた綿棒で舌や上あごをなぞるようにマッサージしていきます。

直接的嚥下訓練(摂食訓練)

実際に食べたり飲んだりする訓練です。摂食訓練では嚥下食という、嚥下しやすいように嚥下のレベルに合わせて形態が工夫された食べ物を用いて行います。摂食訓練を始める際にはまず、しっかりと目を覚ましているかを確認し、「今から食べる」ということを意識させること、誤嚥が起こりにくい姿勢をとること(可能ならばしっかりとベットを起こして、頸部は軽く顎を引く)、そして必ず口腔ケアを行います。

横向き嚥下(咽頭機能の左右差がみられる場合に、横を向いて食べることで片方の通り道を広くして食べ物の残留を予防する方法)や複数回嚥下(一回ごっくんした後に何回も「ごっくん」をして口や喉にたまっている食べ物を無くす方法)、交互嚥下(固形物とゼリーなどを交互に食べて食べ物が口や喉に溜まらないようにする方法)などの嚥下法や、食べ物の種類形態粘度(とろみ)の調整、一口量や口に運ぶペースなど、一人一人の嚥下の状態や身体の状態に合わせて安全に嚥下できる方法を探しながら訓練を進めていきます。

まとめ

口から飲んだり食べたりすることは水分や栄養を摂取する他にも、食を楽しむという側面も持っています。リハビリを続けることで飲み込む力を取り戻せれば、今は胃瘻の方が口から食事をとることも夢ではありません。

しかし一方で、本人の食べたいという意思や家族の食べさせたいという思いだけで摂食を進めることは、誤嚥や窒息といった死に直結するリスクが伴うことも知っておいてください。

STを始めとするたくさんの専門家がチームとしてリハビリを進めていくので、皆で協同して、無理はせずに少しずつ食べる力を取り戻していきましょう。