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前回に引き続き、Pink Ring代表の御舩美絵さん・責任者で乳腺専門医の北野敦子先生のインタビューをお届けします。

乳がんに関する団体・活動としては検診の啓発を行う「ピンクリボン運動」が知られていますが、「Pink Ring」は若年性乳がん体験者のサポートを行う団体です。正しい情報や同世代のコミュニティを提供し、若年性乳がんの研究活動やその支援をすることで、たくさんの患者さんに希望を与えています。

インタビュー前半では、代表の御舩美絵さんが乳がんと診断され、Pink Ringの代表に就任するまでのことを話していただきました。後半では、若年性乳がんについて知ってほしいことや、妊娠をはじめとする「若年性」ならではの問題について掘り下げていきます。

 

御舩美絵さん:若年性乳がんサポートコミュニティ「Pink Ring」代表。
北野敦子先生:国立がん研究センター中央病院 乳腺腫瘍内科医師。「Pink Ring」責任者。


正しい情報をもとに、自分で判断するために

――少し話が戻りますが、北野先生が若年性乳がんの活動に注力しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

北野先生(以下、敬称略) 若年性乳がんについて、患者さんたちがリアルに「ほしい」と思っている情報が手に取れる場所にない。それをなんとか作ってあげたいと思ったんです。

たとえば妊娠・出産のこと。抗がん剤をやると一定の割合で、妊娠しにくい体質になってしまいます。そういう人に対して、どういう風にその能力を温存してあげるかということなども、ちゃんと情報提供しなければいけない。

かつては、がん治療による不妊のリスクに関しては、情報提供が不十分でした。2009年頃のアンケートでは、そういった説明を医師から受けたという人は半分くらいだったんです。残り半分は、不妊になる可能性が高いということを知らないまま抗がん剤治療をしているケースもありました。

御舩さん(以下、敬称略) 本当に情報がないんですよね。私は2010年に乳がんと診断されましたが、当時インターネットで「乳がん 妊娠」とかで検索しても、正しい情報もなければ、体験ベースの話もほとんど出てこないような感じだったんです。今はガイドラインや手引書のようなものが整備されつつあり、随分環境は変わりました。

「正しい情報をもとに自分で判断した」というのは、その後生きていく上ですごく力になることです。同世代の人と集まるコミュニティもすごく大事ですけど、それだけでは若年性乳がんの患者さんは救われない。「正しい情報をもとに自分で判断して向き合う」というプロセスがすごく大事だと思っているので、Pink Ringは正しい情報発信と、コミュニティの提供と、将来の若年性の患者さんのためになる研究支援や研究活動をすることに力を入れています。

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「がん」の先も、生活は続いていく

――私(筆者)が今24歳ですが、「がん」は自分にとって身近な話題だとは思いづらい部分があります。ですが、Pink Ringで活動されている皆さんの中には、私と同世代の方もいらっしゃいますよね。

北野 20代前半の子もいますよ。

御舩 私がPink Ringで出会った中で一番若い方は、23歳で乳がんになった方でした。

――一度「がん」と診断を受けると、そこまでの生活は一転してしまうのかなと思います。ですが、治療が終わった後も生活は続いていきます。そこに向けたサポートとしては、どういうことをされていますか?

御舩 妊孕性(にんようせい:妊娠できる力)の問題は大きいです。女性として生まれ、結婚して、子供を産み、家族を形成していく、それは、そう願う方にとっては最も尊重されるべき権利だと思っています。それが情報不足によって失われるのは、すごく悲しいことだと思います。子供がほしいと思っている患者さんは、妊孕性を温存することで、子供を持つ可能性を後につなげることができる。その情報発信には力を入れていきたいです。

Pink Ringでとったアンケートでも、まだ3割くらいの人が「妊孕性を温存できることを知らない」と答えています。「知っている」を100%に持っていきたいです。

北野 妊孕性の問題は、若年性乳がんの患者さんにとってはとても大切な問題です。治療後の人生のために妊娠できる能力を温存しておきたいとか、乳房全摘をして再建をするとか、「元の生活に戻りたい」と皆が思っていて、それは当たり前のことだと思います。

私たちが何のために患者さんを治療するかというと、その人をまた社会に戻していくため。病気を治すだけが目的ではなくて、患者さんが再び社会や家庭の中でその人らしく過ごせるよう手助けすることが本質的な医療の目的だと思います。

御舩 私も乳がんになったときに、胸を失いたくないし、子供もほしいし、死にたくないし、って思った。でも、胸は失ったけれども乳房再建で取り戻すこともできたし、妊孕性を温存することで「産めるかもしれない」という可能性をつなぐこともできている。

患者って皆、ある日突然「がんです」と言われて患者になるんです。だから、そういう情報って分からない。本人もとりあえず「死にたくない」という想いが一番なので、病気が分かってすぐはそれしか考えられないんですね。

今、乳房再建の情報はメディアでも取り挙げられていて、胸を失ったら乳房再建という道があることを、なんとなく皆に知ってもらえるようになってきていますよね。そういう情報を、病気になる前に知っておくことはすごく大事。病気になる前に、自分はがんにならないかもしれないけれど、「もしがんになっても子供を持つ可能性を残すことができる」という情報を皆が知っているような世の中になると、大切な人ががんになったときに、アドバイスできるかもしれない。がんと診断されたときに、生と死にすごく向き合うことになりますが、がんの先にある人生を思い描いて治療を選択していくことが、その後自分らしく生きることにつながりますし、そのためには病気になる前に知識を得ておく、関心を持っておくことは大切だと思っています。

北野 それこそまさに「がんサバイバーシップ」…がんを克服してサバイブする、がんを克服した後の人生に配慮した診療を私たち医療者は実践していかないと、と思います。でもそのがんサバイバーシップという概念自体が、特に日本では普及していないところがあります。

海外では実際に多くのがんサバイバーたちが立ち上がっていて、がんサバイバーシップに関する運動をしており、がんサバイバーシップの概念がどんどん広がっている。日本ではまだ十分に受け入れられていない概念ですが、Pink Ringの活動を通して普及していきたいと思っています。

――若い人も「自分もがんになるかもしれない」と思って、そういう情報を知っておくことが大事ですね。がんにかかった人がそれからも生きていくために、社会の体制も必要な時代になっていると思います。

御舩 いつか自分ががんになるかもしれないし、とても大切な人がなるかもしれない。その人達のためにも、情報は知っておけば知っておくだけ良いと思います。

北野 闘病期間を乗り越えて、元気にまた普通に過ごせる社会を作っていきたい。それが私たちのミッションです。

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「若年性乳がん」について、少しでもいいから知ってほしい

――最後に、いしゃまちの読者の皆さんに向けてメッセージをいただけますか?

北野 検診について気になると思うんですけど、科学的な根拠に基づくと、30代での積極的なマンモグラフィの受診は推奨されていません。マンモグラフィ検診による被曝や過剰診断などの問題もあり、「絶対にやらなきゃいけない」ということではないです。ただ、「自己触診はきっちりやりましょう」ということが今の推奨になっています。

あとは、さっき美絵さんが言ったように…乳がんに限らず、自分もいつ、がんになるか分からない。あるいは家族やパートナー、友人も含めて、自分にとって大切な人ががんになるかもしれない。

今、日本人の2人に1人はがんに罹患すると言われています。ですから、がんの人に自分とは違う”線”を引かないでほしいなと思います。がんと闘っている人に、そっと寄り添えるようなマインドを持っていてもらいたい。

そして、少しでもいいので、自分と同世代でがんと戦っている人がいて、それを乗り越えて今生きている人がいるということを知ってほしいです。何かご自身ができること、ちょっとした寄付とかでもいいと思うんですけど、そういうことを考え、少し関心を持ってもらうだけでも良いと思います。一人一人の小さなアクションがやがて大きなムーブメントになって、がんを受け入れられる社会につながっていくのではないかと思います。

御舩 20~40代って、仕事や子育てにすごく忙しい世代だと思うんですよ。なので、自分の身体はちょっと後回しになっちゃうところがある。お母さんは子供の気になるところがあればすぐに病院に行くんだけど、自分の気になることは、なかなか病院に行く時間がない。あるいは仕事を優先してしまって、休みがあっても遊びにいきたいとかゆっくり寝ていたいとか…気になることがあっても、病院に行くってすごくハードルが高いことだと思います。

でも「気になるな、おかしいな」と思ったときに、勇気を出して病院の門を叩くことはすごく大事です。私もそうやって「病院に行ってみよう」と思ったから、自分の一歩で病気を見つけることができたと思っています。自分の身体を守れるのは自分だけ。大切な家族のためにも、そして大切な自分の生活を守るためにも、何か気になることがあれば勇気を出して病院に行くっていうのはすごく大事なことです。

あとは、北野先生が言っていたように、がんとともに生きている人がいるということを皆に知ってもらいたい。ちょっとした優しさや思いやり、その連鎖が続いていくと、がんを経験した人が生きやすい社会になるのではないかと思っています。今、「私がんになったんです」と言うと、すごく戸惑う世の中だと思うんですね。それを普通に言える社会になってほしい。そのためには、社会全体がもっと優しさの集まりにならなきゃいけないと思っていて。

いつか、「私がんになったんだ」って、恥ずかしいとかみじめだなと思うことなく言えて、がんになった後も自分らしく活躍できるような世の中になっていけばいいなと、がんを経験した者として強く思っています。


日本人の2人に1人が、生涯で一度はがんと診断される現代(厚生労働省より)。乳がんに限らず、がんは非常に身近な病気です。あなた自身や、あなたの大切な人ががんと診断されたときのためにも、本記事での2人からのメッセージを心に留めておいていただければと思います。

※取材対象者の肩書・記事内容は2016年12月27日時点の情報です。

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