神経伝達物質という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?医学や薬学などの分野を専門的に勉強した人でなければ、聞いたこともない名前かもしれません。神経伝達物質とは、体内の神経と神経の間の情報伝達をする役割を担う大切な物質の総称です。ここでは、神経伝達物質について説明することにしましょう。
神経伝達物質ってなに?
まず神経伝達物質とは一体どのような物質なのでしょうか?神経伝達物質とは、文字通り『神経と神経の間で情報を伝達するための物質』です。
からだのなかには様々なタイプの神経細胞が存在しています。神経細胞は、細胞体・樹状突起・軸索・神経終末の4つの部位に分けられます。ひとつの神経細胞の中では、細胞体側から樹上突起の末端である神経終末まで、細胞膜の電位による電気信号で情報(興奮)が伝わります。
神経終末の末端にはシナプスと呼ばれる神経細胞どうしの接合部がありますが、直接つながっておらず、シナプス間隙と呼ばれる狭い隙間(100~200Å)があります。シナプス間隙は人間の目では決してみることができないほどの極めて狭い隙間なのですが、電気信号はこの隙間を超えることができません。情報を次の神経に伝えるためには、シナプス間隙を超えるための工夫が必要です。
※Å:オングストローム。長さの単位。1Å=10-10m(10メートルの100億分の1)=0.1nm(ナノメートル)。
そこで登場するのが神経伝達物質です。シナプス間隙は、情報を送る側である神経終末をシナプス前膜、情報を受取る側の神経細胞の膜をシナプス後膜と呼びます。
シナプス前膜では、小胞という神経伝達物質が包まれた袋が存在しています。軸索を伝わって電気信号が神経終末まで到達すると、小胞に蓄えられていた神経伝達物質が神経終末から細胞外(シナプス間隙)に放出されて、次の神経細胞の膜(シナプス後膜)にある受容体に結合することで、情報を伝えているのです。
ここでは、化学的な情報伝達となっているわけです。やや無理があるかもしれませんが、糸電話を使った伝言ゲームのように例えることもできるかもしれません。神経伝達物質という糸電話を介して次の人(神経)に情報を伝えているのです。
神経伝達物質にはどんな種類があるの?
全身には様々な種類の神経伝達物質が存在しており、全てを合わせるとその総数はおよそ1400種類以上であるといわれています。それらは構成する物質によっていくつかのグループに分けることができます。ここでは代表的なものをいくつか見ていきましょう。
1.ドーパミン
ドーパミンは、カテコールアミンと呼ばれる神経伝達物質の仲間のひとつです。主に脳などの中枢神経系に分布し、動作や運動の調節、感情や意欲の制御に関わっています。また、消化管の機能を低下させる作用や血圧上昇作用もあります。
2.アドレナリン・ノルアドレナリン
アドレナリン・ノルアドレナリンもドーパミンと同様にカテコールアミンの仲間です。主に交感神経の作用に関与します。
3.アセチルコリン
アセチルコリンは、自律神経と運動神経の双方の作用に関わる神経伝達物質です。自律神経では主に副交感神経の作用に関わります。運動神経では神経の末端部より分泌され、神経が運んできた情報を筋肉に伝える働きをしています。
4.セロトニン
セロトニンは、トリプトファンというアミノ酸から作られる神経伝達物質です。身体の様々な作用や機能に対して適度な興奮や緊張を与える効果があります。一般的に、これが欠乏することがうつ病の原因のひとつなのではないかと考えられています。
5.GABA
GABAとは、ガンマアミノ酪酸(γ-aminobutyric acid)の略称です。主に神経の作用を抑制する効果を持つ、抑制性のアミノ酸です。したがって、GABAが中枢神経のシナプスで増加すると、沈静や抗不安の作用がもたらされると考えられます。
一時期、GABAを含むチョコレートなどの菓子が流行しましたね。しかし残念ながら、胃腸から吸収されたGABAは血液で運ばれるわけですが、脳には血液脳関門というバリアがあり、通常の物質はそこを通過できないので、脳までは到達できないといわれています。
6.グルタミン酸
グルタミン酸は、GABAとは正反対の興奮性のアミノ酸のひとつで、これも神経伝達物質です。
ひとつの神経細胞に、複数の神経伝達物質が
脳に限っていえば、以上のような神経伝達物質を含む神経細胞の数では、グルタミン酸が一番多く、次にGABAとアミノ酸類が大半を占め、三番目に多いのはアセチルコリンといわれています。
ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンといったモノアミン類の神経細胞は、割合からいうと非常に少ないのですが、モノアミンは生理活性がとても強い神経伝達物質であり、気分(感情)、意欲、知性などに重要な働きを持っています。
またかつては、ひとつの神経細胞がひとつの神経伝達物質をもつと考えられていました(Daleの法則)。しかしこの法則は現代では間違いであることがわかっており、ひとつの神経細胞に1~3種類の神経伝達物質を含んでいることがわかっています。
神経伝達物質とくすり
神経伝達物質が私たちと最も関わりを持つのは、薬剤(くすり)です。薬剤のなかには、神経伝達物質の量を調節することにより治療効果を発揮するものが数多く存在します。
特に、精神科の領域で用いられる薬剤は神経伝達物質の量の調節を行っていることが多いです。例えばうつ病などで用いられるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)は、シナプスにおけるセロトニンやノルアドレナリンの相対量を増やすことによって神経伝達を亢進させ、うつ病による症状を軽減する効果があります。また、統合失調症の治療で用いられる抗精神病薬は、ドーパミンが次の神経に結合することを抑制することで、幻覚や妄想などの症状を取り除く作用を発現します。
まとめ
神経伝達物質というと、とても専門的でなかなか取っつきにくいイメージを持つかもしれません。確かに、きちんと理解するためには神経の機能について正しく理解する必要があり、一般の方々にとってはとても難しく感じたでしょう。ですが、最後で触れたように薬剤のなかには神経伝達物質に作用するものが数多く存在しています。自分の飲んでいる薬がどの様に効果を発揮しているかを知るためにも、神経伝達物質について少しでも理解を深めておけると良いかもしれませんね。