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今回は、精神科医の観点から幻覚や妄想といった症状が特徴的である統合失調症について解説します。

幻覚とは現実には知覚している対象がないところで、その対象があるように感じるものです。
また、妄想は論理的に考え直すことが困難な、現実とは異なる感情的な思い込みのことです。

どちらも、基本的には健康な人には見られない症状です。明らかに事実ではないにもかかわらず、「通行人が自分の悪口を言っている」「誰も周りにいないのに、誰かが監視している」「自分に命令する誰かの声が聞こえる」などの訴えが見られることがあります。

そのため、それらの症状が出現した場合には、患者さんご本人にせよ、そのご家族や周囲の方にせよ、その症状に戸惑い、不安を感じることがほとんどです。
しかし、それらの症状は、統合失調症という精神疾患を発症した場合に、非常に多く見られるものなのです。

なお、幻覚と妄想には色々な種類がありますが、統合失調症の場合は、ほとんどの場合、幻覚では幻聴が、妄想では被害妄想が認められます。

厚生労働省による2008年患者調査では、統合失調症、またはそれに近い診断名で日本の医療機関を受診している患者数は、ある一日だけでも25.3万人(入院18.7万人、外来6.6万人)という数に上りました。

そこから推計した受診中の患者数は79.5万人とされており、100人に1人弱が生涯で統合失調症になっていると推測されています

統合失調症とは?

統合失調症とは、思考や行動、感情をまとめ、統合する脳の機能に障害が起こり、それによって多くの精神的な症状が出る病気です。
時には日常生活が困難になることがあります

その症状は多様で個人差がありますが、大きく二つに分けられます。
幻覚、妄想を主とする、目立つ症状という意味での陽性症状と、自発性減退や社会的ひきこもりなどを主とする、目立たない症状という意味での陰性症状です。

統合失調症の原因

脳と歯車

統合失調症は現在に至るまで数世紀もの間、膨大な学問的研究の対象となってきましたが、それでも明らかな原因はまだわかっていません

しかし、神経化学や脳画像診断、分子遺伝学といった学問の進歩により、統合失調症の病態や原因への理解は深まりつつあります。
現在まで発展してきた諸学問に基づいて得られた近年の知見を踏まえ、統合失調症についての代表的な知見や危険因子をいくつか紹介していきます。

遺伝

統合失調症の発症は遺伝的な要因があるとされています
しかし遺伝で全てが決まるわけではありません

たとえば、統合失調症の患者さんをどちらかの親に持つ子供の生涯発症危険率はおよそ10%となっています。
また、同じ遺伝子をもつ一卵性双生児でも、2人とも発症する例は50%程度となっています。

このことから、発症の原因は遺伝だけではなく、環境的な要素の関与が考えられています。

脳の変化

統合失調症の患者さんのCTやMRIによる脳画像研究では、発症時に脳の一部における軽度の萎縮が報告されており、発症に脳の神経発達の障害が関係する可能性が考えられています。

また、PETや機能的MRIなど、脳の機能を調べる画像研究によれば、前頭葉の機能の低下が認められており、自発性や意欲が低下する陰性症状との関連が示唆されています。

性格

統合失調症の人は統合失調質といい、内気でおとなしく、神経質さと無頓着さが混在し、傷つきやすいという傾向が見られるとされています。

どちらかというと非社交的で、一人でいる方が好きなタイプが当てはまります。もちろんすべての患者さんに当てはまるわけではありませんが、統合失調質の性格傾向が目立つ方も少なくありません。

心理的要因

心理的な要因が発症のきっかけとなることもあります。結婚・就職などの人生の大きな転機や、他人から感情的に批判された時など、精神的なプレッシャーや緊張が強まる状況です。

もともと個人が持っている病気のなりやすさ(遺伝的背景、神経発達の障害、もともとの気質・性格など)に加えて、ストレスがかかることが発症の引き金になると考えられています。

神経化学的変化

統合失調症の陽性症状を説明する上で最も有力な仮説は、脳の神経において、ドパミンという神経伝達物質への感受性が過敏になるため、幻覚妄想が出現するというドパミン仮説です。

神経からドパミンの放出を促進する作用を持つアンフェタミン(覚醒剤の成分)などの長期使用が幻覚妄想を起こすことや、幻覚妄想に有効な統合失調症の治療薬が神経におけるドパミンの受容体を遮断する作用を持っていることがその根拠です。

また、第2世代抗精神病薬といわれる、ドパミンに加え、神経伝達物質のセロトニンの受容体に対しても遮断作用がある薬が、陽性症状、陰性症状のどちらにも有効なことから、セロトニンの過剰伝達が統合失調症の症状に関係している可能性も考えられています

どんな経過をたどる?

発症のピークは10歳代後半から20歳代です。
急激に幻覚や妄想が見られるようになり、発症する患者さんもおられます。

その一方で、それより多くの患者さんでは、幻覚や妄想といった目立つ症状が出揃う前の数年間の時期(前駆期といいます)に軽度の目立たない症状が見られていることがあります。

症状としては、なんとなくその人の人柄が変わったように感じられたり、また、不眠不安、落ち込みが強まったり、自発性の低下対人的引きこもり神経過敏といった小さな変化が見られることが多いようです。

治療には薬物療法と心理・社会的療法が用いられます。経過は患者さんによって様々ですが、大半の場合は、治療に長期間を要します。

統合失調症の症状とその特徴

影に怯える男性

統合失調症には下記のような、特徴的な症状がいくつかあります。

幻覚

実際にはないものをあると知覚することを幻覚といいます。
幻覚はその知覚の種類によって幻聴、幻視などに分けられます。

統合失調症の幻覚は多くの場合は幻聴です。
聞こえてくる内容や幻聴を発しているように感じられる人物は様々です。
内容としては、全く本人がしたくない行動について、「~しろ」と命令してきたり、本人のことを批判、否定するような内容が大半です
幻聴の声は全く知らない人の声のこともあり、知り合いの声であることもあります。

そのため、幻聴によって動揺し気持ちが不安定になることが多くあります。

その幻聴の体験を説明するために、「天井に監視カメラがあって自分の行動を見張っている」、あるいは「電話に盗聴器が仕掛けられている」などの被害妄想を抱くことがあります。
また、幻聴に左右され、本人が全く望んでない行動をとるに至るまでの影響を受けることがあります。

妄想

現実ではないことを、現実であると確信することによる、周囲からの論理的な説得によっても修正不可能な思い込みのことを妄想といいます。

本人にとっては妄想が現実以上にリアルに感じられるため、自分の考えを疑うことが出来ず、周囲の人が「それは違う」と説得しても受け入れることができません。
周囲の些細な出来事、他人の言動などを自分に関係づける被害関係妄想が代表的です。

例としては、「隣人から悪口を言われる」「テレビで自分のことが言われている」などの訴えが見られることがあります。

ただ、症状が慢性化してくると、妄想の内容が本人に不安をもたらす被害妄想に加え、本人の存在が社会的に重要であるというような内容の誇大妄想が見られることがあります。

例としては、「総理大臣が自分に一億円くれる」「自衛隊は自分の指令で動いている」などの訴えが見られることがあります。

身体症状

不眠が多くみられ、身体的には何も異常がないのに動悸、頭痛、倦怠感などを感じることがあります。

なお、これらの統合失調症に特有ではない症状は、発病後はもちろんですが、発病直前の前駆期といわれる数年間の時期に目立つことがあります。

意欲・自発性の低下

仕事がてきぱきできなくなるという軽いものから、理由がなく学校や職場を休みがちになる、家でごろごろするようになる、入浴を嫌がる、身のまわりを構わなくなるなど様々です。

その変化の理由を、本人が説明できないことがあり、周囲が戸惑うことも少なくありません。
なお、上記の通り、これらの症状が軽度の場合は発病前の前駆期にも認められることがあります。

しかし、発病し、症状が慢性化した場合には、これらの症状が進行し、重度となることが少なくありません。
自閉という症状とも関係しますが、時には周囲が促しても、社会参加を全く望まなくなることすらあります。

感情の鈍麻・自閉

病状が慢性化した時に明らかになる症状です。
物事に対する喜怒哀楽の感情が目立たなくなり、周囲に無関心となり、表情も乏しくなることがあります
。これを感情鈍麻と言います。

この症状が著明になると、自閉といい、終日一か所で臥床がちに過ごしても全く平気になったりすることがあります。

思考障害

目的を持ってしていた会話が徐々に別の話題へ逸れていったり、突然関係のないことを言い出したりすることがあり、そのことに自分で違和感を覚えていないことがあります。

重症になると、発言の意味連関が全くなくなり、滅裂でばらばらな言葉が一方的に話されることがあります。

病識の障害

病識とは自分の病気についての患者さん自身の認識のことです。病識が全くない場合には、いかに異常な症状が見られていても、自分は正常であると思い込んでいる場合もあるのです。

統合失調症の患者さんは病識に乏しいことが多く、治療の大きな妨げとなることがあります。
病識を欠くことから、通院や服薬を拒否することが珍しくなく、治療のために時に強制的な入院を必要とすることがあります。

まとめ

以上、統合失調症の原因と症状について解説してきました。統合失調症はその原因こそいまだに不明ですが、誰もがなる可能性のある、決して珍しくない病気です。
そのような病気だからこそ、現在の医学で判明している限りの、正しい知識を身につけておくことが重要でしょう。