前編に引き続き、「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版」の編纂に携わった、厚生労働省健康局結核感染症課に伺った内容を中心にお伝えします。

前編では、対策プランを打ち出すことになった経緯や、外来で抗菌薬が多く処方されている理由について解説しました。後編となる今回は、この問題を踏まえて私たちが何をすべきか、何を知っておくべきかをお話しします。

目次

身近なところでも「耐性菌」による被害は起きているの?

耐性菌の被害が圧倒的に起きやすいのは、入院患者さんです。MRSAなどの血流感染や創部感染によって命を落としたり、耐性菌であるがために薬の反応が悪く、重症化してしまったりということが起こっています。

一方、健康な人にとって、耐性菌は身近に捉えるのが難しい問題です。厚労省の結核感染症課によると「例えば同じ肺炎でも、もともと健康な方や軽症の場合は、基礎疾患をもっている患者さんより、重症化のリスクは少ない場合が多い。しかし、基礎疾患があったり、手術後の方や化学療法を受けていたりするがん患者さん・高齢の方の場合は耐性菌に感染した場合、肺炎が重症しやすく、耐性菌のインパクトが大きい可能性がある」とのことですが、それでも身近とは思いがたいかもしれません。

手引きの冒頭には、「このまま何も対策が講じられなければ、2050年には全世界で1,000万人が薬剤耐性菌により死亡することが推定されている」と記載されています。この記載を見てもピンと来ないかもしれませんが、「今の自分は大丈夫でも、将来の自分は大丈夫ではないかもしれない」といいます。つまり巡り巡って、将来の自分や、自分の子供に影響が及ぶかもしれないのです。

今回の手引きはあくまで学童期以降~成人に向けたものですが、耐性菌の問題は、小さなお子さんをお持ちの親御さんにも関係のある話です。お母さんが自分の子供に抗菌薬を使ったことで、次にそのお子さんが受診したときに抗菌薬が効かなくなってしまったり、大人の耐性菌がお子さんに悪影響を及ぼしたりすることもあり得ます。

まずは「薬剤耐性」という問題を知ってください

家族の切り絵

ここまで耐性菌の問題を説明してきましたが、結核感染症課によると、読者の方や患者さんにまず知っていただきたいのは「薬剤耐性という全世界的な問題があり、厚生労働省や関係省庁、学会・医療関係の専門職の団体など、様々な人たちがこれに対して対策を講じようとしていること」だといいます。知っていれば、前回までは出されていた抗菌薬が今回受診したときに処方されなかったとしても、不安に思うのではなく、「こういう判断をしているんだな」と安心しやすいのではないでしょうか。医師側も、患者さんがこういう問題を知っていると分かれば、コミュニケーションを取りながら処方の有無を決めるきっかけとなるでしょう。

「症状に対して有効な対策がなかった場合に、『有益か害かわからない何かをする』あるいは『何もしない』という選択肢があったとします。個人的な判断であれば「何もしないでおこう」と思うかもしれませんが、医師に『効くものは無いから何もしません』と言われるのと、『効くかどうか分からないけど試してみますか?』と言われるのと、後者を選ぼうと思われる方が多いのではないでしょうか」。これが、不要な抗菌薬が処方されやすい理由の一つです。

薬剤耐性(AMR)は、必ずしも服用した人にダイレクトに返ってくるわけではないですが、抗菌薬による悪影響の一つではあります。加えて、抗菌薬も薬ですから副作用はありますし、中には重篤なものもあるのです。「これは抗菌薬以外にも言えることですが、医学的に有用だと言われていないものはやめておいた方が良いということは、前提として知っておいていただきたい」と厚労省担当者が話す通り、本来必要のない抗菌薬を処方することはリスクしかないのです。もちろん、必要なときに処方された抗菌薬の服用を自己判断で止めてしまうこと、それを取っておいて別の機会に内服するといったことも、これらのリスクを生み出します。

では、もし、風邪などで受診をした時に抗菌薬を処方されたけれど「必要ないかもしれない」と思ったらどうすれば良いのでしょうか。結核感染症課によると「できれば医師に質問や相談をしてください。場合によっては『念のためと思っていたけれど、やはり止めておきましょう』ということになるかもしれません。あるいは、『一見必要なさそうに思えても、こういう理由で必要なので処方しています』と説明を受ければ、それはそれで安心できるはずです」。つまり、そういった部分も含めて医師と患者さんとの間のコミュニケーションがさらに重要になってきます。

薬剤耐性は「環境問題」に近い考え方で理解しよう

厚生労働省の委託事業として、2017年4月より国立国際医療研究センターにAMR臨床リファレンスセンターが創設され、様々な専門職に対する研修・講習を行っています。また、一般的な啓発としてはポスターやWebサイトでの情報発信も始まっています。

まずは、問題があるということを知ってください。考え方としては、「環境問題に近いかもしれない」といいます。つまり「これらの問題も、深く知ろうとすると難しいですが、例えば、環境問題に対して皆が“エコ”へ配慮すると良いのだろうということは、ある程度感覚として分かる方が多いと思います。環境問題では、どうすれば二酸化炭素の排出を減らせるかを考えるのは専門家の役割であるように、薬剤耐性の問題では、それらは医師や医学研究者の仕事かもしれません」とのことです。医療従事者ではない一般の方々は、「『今までは医療現場で抗菌薬を使いすぎていたから、使用についてもう少し慎重に見直す方が人類のためになる』ということを何となくでも知っていれば、まずは十分」だといえるでしょう。

また、この問題を考えるときに念頭に置いていただきたいことがある、と厚労省担当者は言います。それは「抗菌薬そのものは悪者ではないということです。これらの対策は、抗菌薬が本当に必要な時にしっかりと効くことを目指して実施されています」。ですから、抗菌薬が処方された時には医師の指示に従って、最後までしっかりと服用してください。

編集後記

2回に渡って、厚生労働省の厚生労働省健康局結核感染症課の担当者に薬剤耐性について聞きました。「医療従事者にしか関係ない」と思ってしまいがちなこの問題ですが、環境問題と同じように、まずは知ることが何よりも大切だということです。

今すぐに自分の健康に影響が出なくても、このままだと「2050年には全世界で1,000万人が薬剤耐性菌により死亡することが推定されている」といいます。その1,000万人のうちの1人に、自分や自分の大切な人がならないとは限りません。遠いどこかで起きている話ではなく、自分にも関係のあることとして、記憶に留めていただければと思います。

※取材対象者の肩書・記事内容は2017年9月14日時点の情報です。