股関節が痛くて歩くのが大変な方の中には「人工股関節を入れて痛みを取りたいけど、手術するのは怖い」と考えている方が多いかもしれません。漠然と怖いと感じる方もいれば、手術後の痛みやリハビリが不安という方も、手術後に脱臼等の合併症が起きたらどうしようと心配される方もいるでしょう。
実は手術後の痛みや脱臼の危険性、さらには手術後にできる運動などは、人工関節の手術の方法で大きく違ってきます。術後の生活を大きく左右する手術の方法について解説します。
人工股関節置換術とは
人工股関節を入れる手術は正確には人工股関節置換術といい、股関節のすり減った軟骨と傷んだ骨を取り除き、金属やポリエチレンなどでできた人工物(インプラント)に置き換える手術です。
人工股関節はカップ、ライナー、骨頭ボール、ステムで構成されています。臼蓋(骨盤にある窪み)側には金属製のカップが入り、カップの内側にポリエチレンなどでできたライナーをはめます。大腿骨側には金属製のステムを挿入し、ステムの先端に骨頭がはまります。
人工股関節置換術を行うと変形性股関節症や大腿骨頭壊死による股関節痛がなくなり、骨頭ボールによって動きが滑らかになるため活動的な生活が可能となります。
人工股関節のデメリット
股関節の痛みを取ってくれる人工股関節ですが、手術後のデメリットもあります。
- 手術後の痛みを我慢して、リハビリをしなくてはいけない
- 脱臼(股関節を深く曲げることで、ライナーと骨頭の間が外れてしまうこと)を気にして生活しないといけない
- 感染の危険がある
- 人工関節にも寿命があり、取り替えなければならないケースもある
上記の中でも、脱臼は日常生活の何気ない動きと大きく関わっています。靴や靴下を履く、落ちた物を拾う、正座する、和式トイレや草むしりでしゃがむといった行為は、脱臼を招くリスクがあります。またヨガや水泳などの運動も制限がかかります。
デメリットは解消できる?
これらデメリットの中で、手術後の痛みと脱臼については、手術の方法によって大きく減らすことができます。痛みが少ない方法を取れば、つらい思いをしないで済みますし、入院期間も短くなります。また脱臼の危険が減れば、日常生活動作や運動(ねじる動きや体に衝撃を加える運動は除く)を自由に行うことができます。
次の段落で手術方法の詳細を紹介します。
人工股関節の手術方法
股関節は体の深いところにあるので、人工股関節置換術を行うためにはまず皮膚や筋肉を切ったりどかしたりして、関節までたどり着かなくてはなりません。この股関節までたどり着く方法は、皮膚の切る場所や、筋肉に対する処置によって実は何通りもあります。各方法によって、術後の痛みや筋力の回復、脱臼の危険性などが異なります。
日本で行われている方法は大きく三つあり、後方アプローチ、側方アプローチ、前方系アプローチです。
後方アプローチ
後方アプローチは、股関節のやや後ろ側から皮膚を切開し、後方に付いている筋肉を切って手術する方法です。従来から行われている一般的な方法で、日本でもまだ多くの施設がこのやり方を採用しています。
筋肉を大きく切るので、手術する部分の骨やインプラントが良く見えて人工関節の設置などを確実に行える利点があります。また、悪い方の足が極端に短くなってしまっているときにも、足の長さを伸ばしやすい方法です。
その反面、筋肉をたくさん切るので術後の痛みが強く、リハビリには時間がかかります。また、股関節を深く曲げると脱臼を起こすことがあります。そのため、正座や和式トイレなどは術後禁止していることも多いです。
側方アプローチ
側方アプローチは股関節の横から皮膚を切って入っていく方法です。股関節の外側には大臀筋や中臀筋という非常に大きくて重要な筋肉があります。このやり方では、大腿骨の一部(大転子と呼ばれる部分)を切り離したり、中臀筋を骨からはがしたりして手術を行います。手術の最後には切り離した骨や筋肉を再度結び付けます。
この手術法のメリットは手術する場所が見やすいことに加えて、後方アプローチほど脱臼の心配が少ない事です。デメリットは、骨や中臀筋を一度切るので痛みが強く、筋力も低下するためリハビリには時間がかかることです。また、再度結び付けた骨や筋肉がしっかりつかないと、その後も筋力が回復しなかったり、歩行が不安定になったりすることがあります。
前方系アプローチ
もう一つは股関節の前側から皮膚を切って、筋肉や靱帯などを極力切らずに間を分けていく方法です。これを前方系アプローチといい、このようなダメージを最小限に抑えた方法をMIS(Minimally Invasive Surgery、最少侵襲手術)といいます。
MISではない後方アプローチでは皮膚にできる傷が15~20cmほどですが、前方系アプローチでは8cm程度の傷がつくだけです。
前方系アプローチの中でも、どの筋肉の間から入るかによって、前方アプローチと前外側アプローチに分かれています。どちらのアプローチも筋肉を切らないため、術後の痛みが少なく、リハビリ期間や入院期間が短くなります。
私が勤務する病院でも、昔は後方アプローチで人工股関節置換術を行っており、退院まで術後3週間以上かかっていました。現在は前外側アプローチで行っており、ほとんどの方が術後10日目に退院しています。また、脱臼の心配が少ないため、日常生活での制限が非常に少ないのが利点です。
反面デメリットとして、前方系アプローチは筋肉の隙間から患部を見て手術するので、筋肉をしっかり切ってしまう方法に比べて視野が狭く手術が難しくなります。そのため、股関節の変形が非常に強い場合や、極度に肥満な方の場合には行えないこともあります。
また、前方系アプローチではインプラントを正しい向きに設置するのが難しいため、人工関節の寿命が長持ちしにくいことなどを懸念する医師もいます。
手術方法はどう選ぶのか
どの手術方法で行えるかは、患者さん側の問題(体格、骨粗鬆症の程度、股関節の変形の程度など)と、手術する医者側の問題(手術の習熟度、行える手術方法)によっても変わってきます。
極度の肥満の方や、足の長さが何cmも短くなってしまっているような場合は後外側アプローチで行われることが多いです。それらの特殊な場合を除けば、ほとんどの方が前方系のアプローチでの手術を検討できます。ただし前方系アプローチはどの医師でもできるわけではなく、現在行っているのは一部の医師に限られています。
どの方法ができるかは、かかりつけの整形外科や病院の医師に確認してみてください。
最後に
変形性股関節症や大腿骨頭壊死からの股関節痛で、「好きなことができない」「日常生活も大変」とつらい思いをされながらも、「手術するのは怖い」と踏み切れない方を診ることがたびたびあります。そのような方の手助けになれればと、より痛くなくより安全な人工股関節置換術を患者さんに案内するよう心がけ、思いに応えるべく慎重に手術しています。
患者さん方がもう一度、股関節の痛みを忘れて「行きたいところに行けて」、「やりたい趣味をやれる」生活を取り戻してもらいたいと考えています。この文章が、股関節の痛みで困っている方の助けになれば幸いです。