「障がい者の性の健康」の第二回は、社会や環境が、性の価値観に対して与える影響です。

あなたは、性に関する知識や価値観をどのように身につけてきましたか?「相手が嫌がることをしない」なんて当たり前のことと思われるかもしれませんが、その「当たり前」はどのようにして作られたのでしょうか。

ぜひ、これまでのご自身の経験と照らしながら考えていただけたらと思います。(いしゃまち編集部)

目次

膣内射精障害という現代病

膣内射精障害とは

「膣内射精障害」という診断名をご存知でしょうか。不妊症の原因の一つとして泌尿器科医を悩ませている病気です。言葉の通り、膣の中で射精をすることができない男性につけられる診断名です。このような状態になる理由は、マスターベーションの際に、必要以上にペニスを強く握りしめたり、ベッドのシーツや絨毯などに強くこすりつけたりすることを繰り返した結果、強い刺激がなければ射精ができなくなってしまうことです。

マスターベーションは学習すること

膣内射精障害を抱える男性が増えている理由として考えられているのが、「正しいマスターベーションの仕方」を学習する場面がなくなったことです。岩室紳也の場合、中学校から寮生活をしていたため、4人部屋の仲間から様々な性に関する情報をもらい、自分の2次性徴に合わせて、性に関する学習を重ねていました。マスターベーションについては、布団の中でそれらしきことをして気持ち良さそうにしている仲間を見て、自分もしなければと思っていたときに、性のバイブルのようなミニ本をこれまた同室の仲間に教えてもらいました。そこに書かれていたことは概ね以下のような内容でした。

  • 男は思春期になればエッチなことを考える。
  • エッチなことを想像すればペニスは勃起する。
  • 勃起した亀頭部を、皮がかぶっている場合であればそのまま、指をわっかにして亀頭部のカリのところを上下に刺激する。
  • 気持ちよくなると尿道の先端から白い精液が飛び出し、興奮が収まる。
  • これをオナニー、マスターベーションという。

このことを一人で学習するとどうなるでしょうか。うつぶせ寝をしていたときにペニスが勃起し、そのままベッドのシーツにこすりつけていると射精が起これば、「これがオナニーだ」と思い、それを繰り返すようになります。強く握り占めて射精をすることを繰り返していれば、同様の刺激がなければ射精ができなくなります。

昔育った人たちは、当たり前のように周囲に性に関する先輩たちがいて、マスターベーションの仕方を教わる環境がありました。ところが今を生きる若者たちは、仲間同士で性に関する学習を重ねる機会を奪われ、気が付けば「正しいマスターベーション」ができない体になっています。

一見「障がい」とは無関係に思われるこの病気について紹介しているのは、学習ができない環境が結果として生んだ「膣内射精障害」に学んでほしいと考えたからです。将来的なトラブルを防止するために、お子さんが小さいときから性に関する学習をする必要性を理解し、性に関する学習ができる機会や環境を整備する必要性を感じていただきたいのです。

膣内射精障害の治療法

膣内射精障害の原因は強い刺激でしか射精ができないことですので、治療法はシンプルです。ペニスに対する刺激を段階的に下げながら、少ない刺激でも射精ができるようにする器具を使います。TENGAのメンズトレーニングカップです。

マスターベーション器具といえば、昔はアダルトグッズ店、すなわちいやらしい、怪しいお店で売られているものと思われていました。現在もなお、TENGAの商品は18歳以下には販売しないという自主規制をしいていますが、上記の器具は男性機能トレーニングをコンセプトに開発されたものです。

世界的にはセクシュアルヘルス、性の健康という言葉が当たり前になっているなか、残念ながら日本ではまだ、大っぴらに性の話題を語れない状況があることも事実です。泌尿器科医の立場からすると、膣内射精障害という病気の予防の観点から、思春期の若者たち向けに正しいマスターベーションの仕方を教えたいと思っています。

正しいマスターベーションの仕方とは

1.マスターベーションを行う前に、「むいて、洗って、また包皮を戻す」ができるようにしておく
2.事前に、精液の処理をする準備を整えておく(ティッシュペーパー、ゴミ箱)
3.他人の目に触れないところで行う(自分の部屋、トイレの中、風呂場)
4.包皮がかぶっている人は包皮がかぶったまま、手を前後させて包皮の上から亀頭部のいわゆるカリの部分を刺激する(動画参照)

5.包皮がむけた状態で亀頭部のカリの部分を刺激する場合は、ベッドにこすりつけたり、強く握ったりといった強い刺激を与えない
6.マスターベーションで射精された精液は他者にわからないよう、自分で処理をする

このようにマスターベーションの仕方を具体的に示すことで、健常児のトラブルも予防できるだけではなく、様々な障がいを抱えている人たちに対して、どのようなサポートが健康、ヘルスの観点から求められているかが明確になります。

アダルトビデオ、インターネットによる刷り込み障害

デートレイプの背景

「デートレイプ」という言葉をご存知でしょうか。最近は若者向けに「デートDV」について講演をしている先生たちも増えています。どちらも「デート」という言葉が使われていますが、デートをするような関係性、つまりある程度信頼関係があるはずの関係性の中で、「レイプ」や「DV:Domestic Violence(家庭内暴力)」といった、性を含めた様々なトラブルが起こっていることを示しています。そもそも、信頼関係があれば、

  • 自分が言われたくない言葉を、相手が言うはずもない
  • 自分がされたくない行為を、相手がするはずもない
  • 自分がしたくもないセックスを、相手が求めるはずがない

のですが、健常者も含め、このような問題が起きているのはなぜでしょうか。「デートレイプ」「デートDV」を起こしてしまう人たちが、相手が求めていない行為を強要するのはなぜなのでしょうか。

この疑問に対するヒントとなるのは、嫌がる女性を相手に痴漢をしている人たちが、「女性も喜んでいると思った」と供述していることです。まるで、「痴漢もの」や「レイプもの」と呼ばれるアダルトビデオや漫画の話のようです。アダルトビデオ等の中では、痴漢やレイプの被害者が最後は加害者、犯人とのセックスを楽しんでいる場面で終わります。これを「あり得ない」の一言で片づけることは簡単ですが、彼らがこのように発言するのはなぜだと思いますか。

もちろん、アダルトビデオ等はバーチャルな世界であって、あり得ないシチュエーションなのです。この記事を読んでいる方の多くも、同じように考えたことと思います。しかし一方で、皆さんのような想いに至れない人たちは「あり得る」世界と考え、自分の行動の選択肢の中に入れてしまうのです。「バーチャル」や「あり得ない」と皆さんが思える理由も、ぜひ考えてください。

アダルトビデオ、インターネット動画が生む犯罪的性行動

アダルトビデオやインターネットのいわゆるエロ動画を見たことがない方は、ぜひこの機会に見るようにしてください。そして、そこに描かれている性描写がいかに反社会的、犯罪的なものかを知っていただきたいと思います。もちろん様々なものがありますが、

  • 集団レイプ
  • 痴漢もの
  • 近親相姦(兄妹、母息子、等:アニメに多い)

といったシチュエーションを扱った映像もたくさんあるのです。最近の若者たちはこれらの映像を通して性を学習するため、映像に描かれていることを信じ込み、性について次のように極端な対応や性行動をとる傾向があります。

自信喪失

  • 描写されているように延々と続くセックスができない
  • 男性として相手を満足させることができない
  • 女性としてオーガズムを感じられない

犯罪的性行動

  • デートレイプ
  • 集団レイプ
  • 痴漢
  • 近親相姦

犯罪予防は健康づくりから

社会性、善悪の身に着け方

広辞苑に「社会性」とは「集団をつくって生活しようとする性質」と書かれています。

中学校の教科書には「心の発達」の中で「社会性の発達」という項目があり、次のように記載されています。「社会性とは、自主性、協調性、責任感など、社会生活をしていくために必要な態度や行動の仕方のことです。社会性は、年齢とともに生活や行動の範囲、人間関係が広がる中で、さまざまな経験をすることによって発達していきます。」とあります。

集団をつくって生活をするということは、その集団の中で一定のルールが生まれ、様々な人間が共に安心して暮らせることが求められています。そこで一人ひとりに求められるのが「社会性」です。そして人と人を結び付ける「性」にこそ、相手との関係性の中で相手に不快感を与えないよう、社会性のあるふるまいが必要になってきます。社会性を無視すれば、「空気が読めない」といわれ集団の中で暮らしづらくなるだけでなく、反社会的と判断されることを行った場合は罪に問われることもあります。

このようなことは皆わかりきっていることなのに、どうして犯罪的な行為が繰り返されるのでしょうか。こう思っている方は、ぜひ自分がどうやって社会性を身に着けたかを考えてみてください。

岩室紳也が思春期を迎えた頃、性情報といえば悪仲間が「プレイボーイ」や「平凡パンチ」といった雑誌を得意げに学校に持ち込み、それをみんなで回し読みをすることでしか入手できないものでした。そして、時には先生に見つかり、こっぴどく怒られたものでした。特に女性の先生たちが強く嫌悪感を表現していたことが私の中で強く印象に残っています。実はこのような環境こそ、仲間との関係性の中で「性」について学び、大げさに言えば「性」に関する社会性を身に着けられていたようです。

一方で、今の若者たちには身近にインターネットがあるため、性情報を入手するために仲間とのやりとりを介す必要がありません。高校の運動部の仲間どうしでさえも、性に関することを話題にしません。「どうして?」と聞くと、「そんな恥ずかしいことを仲間で話すわけはないですよ」と真顔で答えてくれます。彼らに、アダルトビデオやインターネットのエロ動画がフィクションだと言葉で伝えても、「ウソだ」とか「慰めてくれなくていいです」といった反応しか得られません。そんな彼らに、私から送っている言葉です。

  • アダルトビデオは5人以上で見ろ
  • ブックマークしているエロサイトは仲間に転送し、転送された人は必ず感想を送り返そう

ここでも、「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」だという基本に学びます。アダルトビデオを5人で見ていれば「あんなのあり得ないよな」や「このサイト、犯罪っぽい」といった感想が寄せられ、「えっ、そうなの?!?」と気づかされる人がいると期待してのことです。仲間どうしで感想を共有することは、本人が「仲間から芳しくない反応があった=仲間を不快にさせてしまった」という経験をすることや、仲間の感想すなわち他人の経験を学ぶ機会になるでしょう。

人は何に学ぶか~性犯罪の根底は~

性犯罪が繰り返されている現状から、われわれは何を学ぶべきなのでしょうか。

性犯罪を容認するつもりはありませんが、いわゆる「健常者」といわれる人たちが性犯罪を繰り返している状況は、「性欲」をコントロールすることの難しさを表しています。社会的にそれなりの立場にある人たちまでもが、繰り返し「性」にまつわるトラブルでマスコミをにぎわしている、そんな状況を見てください。

健常者でさえも「空気が読めない」状況の中、知的障がいを抱えている男性が岩室紳也と同じ性欲に目覚めたとき、どうすれば反社会的な行為に至らないようになるか、社会性を身に着けられるようになるかを真剣に考える必要があります。

男が痴漢になる理由」(斉藤章佳:イーストプレス)の宣伝文句に「痴漢の多くは、勃起していない」「痴漢の多くは、よき家庭人である」と書かれています。このように実際に痴漢という犯罪に手を染めてしまった人たちの経験に学び、その人たちは自分とは異なる脳の構造を持った人たちなのか、それとも、実は自分も同じように痴漢をしたかもしれない人間で、偶然に今は犯罪に手を染めていないだけなのかを考えてください。

性の背景にある価値観の変化

処女性を求めなくなった社会

戦前・戦後は赤線(売春などの風俗営業が事実上公認されていた地域)があったように、男たちが性産業を利用することを容認する社会がある一方で、女性に対しては処女性を求めていました。ところが近年では、「セックスをしていないことの方が恥ずかしい」や、「過去は過去、今は今」というように過去の性体験を気にしない社会になっています。男子の性の相談に乗っていると、「相手が初めてだったら面倒」や「気が重い」といった声さえ聞こえてきます。そのような社会の中で、アルバイト感覚で時間給がいい性風俗産業で働く女子学生が増えていても不思議ではありません。

ここで考えなければならないことは、人の価値観が形成されていく過程を紐解くことです。処女性が求められていた時代では、仲間同士、社会の中で「処女」という言葉が繰り返し使われていました。メディアに目を向ければ、人気女優やアイドルがキスシーンを演じたり、自分の裸を見せたり、いわゆるベッドシーンを映像化したりすることはありませんでした。しかし、イマドキは異なります。アダルトビデオに出ている女優さんがアイドル化したり、恋人同士が「元カレ」や「元カノ」の性行動のことを知っていても気にしなかったりする時代になっています。

若者たちの性や性行動に対する価値観は、こうした周囲の環境が大なり小なり影響していることが考えられます。すなわち、性や性行動に対する価値観というのは、その人が育った、あるいは生活している社会や環境、空間の中で共有され、創り上げられていくもののようです。

アルバイト感覚になった性産業

近年、梅毒が急増していますが、特に若い女性の間で急激に増えています(図3)。

女性の梅毒感染者数

統計の不備で正確なことはいえないのですが、梅毒を診察している医師たちの声を聞く限り、若い20代前後の学生たちが、アルバイト感覚で気軽に性風俗産業で働き、そこで感染しているケースも少なくないようです。「そんなの信じられない」とか「うちの子に限って」と思っている大人が多いと思いますが、そもそも性に関する価値観は自分自身の周囲との関係性の中で構築されていくものです。たとえ自分の子どもであっても、大人である自分とは異なる時代背景、異なる環境で育った子どもが、自分とは異なる価値観を持っていても、何ら不思議ではありません。

編集後期

自分と他者が異なる考えや価値観をもっていることは、ある程度の実感がある方もいるでしょう。しかし、家族に関しては案外、「きっと同じことを考えているはず」と思い込んでしまいがちです。しかし、親がかつて子どもだった時代と、イマドキの子どもの現代とでは、全くといっていいほど環境が異なっています。

ここでもやはり、コミュニケーションを通して「正しいこと」「間違っていること」を経験として学ぶ姿勢が強調されました。保護者の方にはぜひ、子ども同士のコミュニケーションにも目を向けていただければと思います。

次回は、『知的障がい者の性への対応』です。