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ネットやテレビ、新聞など皆さんが普段目にするメディアには、健康・医療に関する情報がたくさん溢れています。自分や身近な人の体調が悪くなったとき、病気で悩むときなどメディアから情報を得て参考にしたり、実践したりすることもあるかと思います。でも、その健康・医療情報は本当に正しい情報と言えるのでしょうか。

メディアに流れる医療情報を巡っては、さまざまな問題が起こっています。

2016年11月末には医療系大手ウェブサイトが、正確性を疑われる内容や著作権の問題を指摘されて閉鎖となりました。翌17年2月には長年健康に関する話題を扱ってきたテレビ番組が、睡眠と血糖値の関連を紹介した際「内容に問題がある」として放送後に批判が寄せられ、公式ウェブサイトで謝罪する事態となりました。

こうした状況は以前から起きていてその度に問題となりますが、なくなる気配はありません。

今回、京都大学大学院・健康情報学分野の中山健夫教授にインタビューを行い、健康・医療情報はどういうものなのか、なぜメディアは取り上げ方で失敗してしまうのか、医療者や患者さんたち一般の人々が注意すべき点などについてお話をお伺いしました。3回に分けてお伝えしていきます。

第1回目は「健康・医療情報とは?」です。

健康医療情報は「つくる・つたえる・つかう」の視点で

健康・医療の情報は多くの人にとって身近な話です。自分自身や家族、大事な人について意思決定する上で欠かせない情報であることが、スタートラインになるかと思います。

私は健康・医療情報を「つくる、つたえる、つかう」という3つの視点で考えています。

健康・医療情報が個人や社会の意思決定に役立っていくためには、いい情報が作られていないといけません。また例えいい情報が作られても、その多くは専門性が高いものです。情報がうまく人々に伝わるような仕組みも必要になってきます。最後はいい情報が作られて伝えられても、使う側がちゃんと使えなければ意味はなくなってしまいます。

日本だけでなく世界的にみてもそうですが、3つの視点それぞれで問題を抱えています。いい情報がそもそも作られていないことがありますし、せっかくいい情報があるのに伝える段階でおかしなことになっていることだってあります。後は情報の利用者、意思決定者が使えていない、いわゆるリテラシーの問題になります。

健康・医療情報は分かりにくい

中山健夫教授-写真

健康・医療の情報は場合によって、命に関わってきます。そのため必然的に深刻度が高い、重要な情報になります。ただそういった情報は分かりにくいものが多いです。「この薬を飲めばみんな治る」というような単純な話ではありません。

例えば女性がマンモグラフィーの検査で陽性となって乳がんと診断されたとします。治療の選択肢が色々とある中、本人はどれを選べば良いのか、これからどうすればいいのか悩みます。専門性の高い情報の中に患者さんが放り込まれてしまうのです。

医療に関わる情報を作っているのは誰かというとまずは専門家、つまり研究者や臨床家ということになります。専門家がある患者さんには手術と抗がん剤どちらがいいのか比べるような研究をして初めて、ある患者さんには抗がん剤のほうが全体としてみていいということが分かってきます。そうして一般論として正しい情報になっていきます。

このことから健康・医療に関する情報は信頼度が高くなると共に、自然と専門性も高くなっていきます。

そうなってくると、難しい情報を分かりやすく伝えてくれるメディア、最近だとキュレーションサイトも含まれるかもしれませんが、一般の人たちのそのようなメディアへの期待は高くなっていくでしょう。

人は「自分情報」を知りたい

情報を探している人は、当然正しい情報を知りたい思いがあります。ただ多くの方々は健康や医療に関する一般的な意味での「正しい情報」だけでなく、「自分が飲んでいるこの薬は本当に自分に効くのか」「自分の病気に対して、自分はどうすればいいのか」という、「自分情報」を知りたがっています。それは救いを求めているので当然のことだと思います。

一方で情報を作る研究者は、あくまで、一般論としての医学的な正しさを追及していますから、科学的に厳密になれば、難しい専門用語が避けられませんし、「全体として何が言えるか」という一般論を目指していますから、それぞれの人たちの「自分情報」に応えることは考えておらず、することもできません。

そもそも「薬が効く」ってどういうことなのでしょうか。「がんに対して良い治療」ってどういうものなのでしょうか。

なかには「良い治療」は「全員完全に治る」治療と考える人がいます。当然治ってほしいですし、一部のがんは治るところまで見込めてきましたが、残念ながら「全て」ではありません。

今まである薬を飲んでもほとんどの人が余命3カ月だったところ、新しい薬では半年間に延びたとします。そうしたら医学的には「すごく良い治療法」として世界の注目を集めるのですが、多くの方が期待されるように「治るようになった」のではないですね。

一般の方が医療に期待するものと、現実の医学研究から出てくる成果はかなり大きなギャップがあります。

 医療者と患者の思いは必ずしも一致していない

医療では「良くなる」ことがどういう意味なのか、色々な議論があります。お話したように、一般論の話なのか、ある個人のことなのかでも違いますし、「良くなる」という言葉の意味によっても違いがあります。

完全に治ることだけでなく、病気が再発するまでの時間が少し長くなること、がんであれば大きさが小さくなることを意味することや、がん自体は変わらないけれども、症状が和らぐことも「良くなる」と言えるでしょう。

効果は同じでも飲みやすくて、副作用が少なく、患者さんの体に負担が少ない薬であれば、そこに新たな価値が生まれる場合もあります。このことからみても、医療者と一般の人たちは、「病気を良くする」「良い治療法を行う」というように、同じところを目指しているように見えて、その中身は必ずしも一致してはいないという話になってきます。

次回予告

健康・医療情報は一般の人たちのニーズが高いです。ただその一方で、医療者ら専門家が作っているからこそ専門性が高く、簡単に理解することが難しくなります。

次回は期待されるメディアがなぜ伝え方を誤ってしまうのか、今後どういう風に健康・医療情報を取り扱っていけばいいのかについてご紹介していきます。

※医師の肩書・記事内容は2017年5月24日時点の情報です。