ロコモティブシンドロームという言葉をご存知ですか?初めて耳にする、という方も多いのではないでしょうか。2007年に、社団法人 日本整形外科学会・理事長(当時)である中村耕三先生により新たに提唱された概念で、「運動器の障害のために移動機能(立ち上がる、歩く、走る、座るなど、からだを動かす機能)の低下をきたした状態」と定義されています。

今回は、整形外科医で、日頃ロコモティブシンドロームの啓発にも尽力されている聖隷佐倉市民病院の岸田俊二先生にお話を伺いました。取材・前編は、ロコモティブシンドロームとは何か、その概要についてご紹介します。

目次

「ロコモティブシンドローム」の定義

岸田先生-写真

――ロコモティブシンドロームってなんですか?

岸田先生 ロコモティブシンドロームは、運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態、と定義しています。言葉としては、日本語だと運動器症候群、普段はロコモと略しています。SL(Steam Locomotive、蒸気機関車)のロコモなんですよ。機関車みたいに前に進むようなポジティブな意味で捉えてほしいということで、横文字で馴染みのない言葉ですが、あえてこの名前をつけました。

最初は、高齢者の介護に関わる問題を全面的に訴えていたのですが、若い人から高齢の方までロコモの予防を知ってもらいたいです。運動器の障害って若いときから起こり始めるので。例えば、学童期のスポーツによる怪我とか、運動習慣が足りない・欠如している人たちも、そのリスクを抱えているので、人の一生の中で運動器の健康を守りたいという思いから、定義を変えさせてもらったんです。

――移動機能の低下、歩行や日常生活の動きが困難になるものというと、「フレイル」「サルコペニア」という言葉も聞いたことがあります。それぞれ、ロコモティブシンドロームとの違いを教えてください。

岸田先生 フレイルは、老年期の虚弱状態です。身体的フレイル、精神的なフレイル、社会的なフレイルに大別されますが、その中の身体的なフレイルとロコモティブシンドロームには共通点があります。フレイルは老年期の状態ですが、ロコモティブシンドロームは若いときから、ライフステージ全体で運動器のことに関わっています。

サルコペニアは、筋肉量が減少して筋力が低下している状態です。ロコモティブシンドロームの運動器の要素は、骨、関節部分、筋肉、神経系と別れるのですが、その中のひとつである筋肉量の減少としてサルコペニアが入ります。筋力が下がってしまうことで移動能力、歩行能力が低下するので、ロコモティブシンドロームにあてはまります。

高齢者だけではない、根本の原因はもっと若い頃に

――よりたくさんの人に知ってほしい、という想いが込められているのですね。

岸田先生 当初は高齢の方たちのことを主眼において、啓発活動をしていたんです。けれど、根本の原因は、もっともっと若いときにあります。若い時期から運動器の障害に気をつけないと、腰痛とか、膝痛とか、股関節の病気になってしまいます。

例えば、大腿骨近位部骨折って高齢の方にすごく多いんです。ここを骨折してしまうと、手術をしてもADL(日常生活動作、生活のために不可欠な動作)が下がってしまうという問題があります。その大腿骨近位部骨折というのは、骨粗しょう症がひとつの原因です。あとサルコペニア(筋肉量減少)による転倒も、原因となることがあります。

骨粗しょう症は女性の方に多いんです。特に低体重ってすごくリスクなんです。今、若い方ですごくスリムな方がいらっしゃいますが、僕たち整形外科医は、将来的な骨折のリスクを心配します。そういう方たちにもロコモのこと知ってほしいな、と思っています。

――女性の低体重は、骨粗しょう症のリスクを高めるのですね。

岸田先生 女性の生涯で一番骨密度が高くなるのが20~30代で、その時期にちゃんと骨量がないと、その先は年齢を重ねるごとに下がっていく一方です。50歳になってから頑張ろうとしてもなかなか難しいので、20代、30代のうちから、適切な食事をする、運動する、低体重に気をつけるといったことが大事になってきます。

高齢化は入り口にすぎない、多くの人に潜在的リスク

――やはり、高齢化の影響なのでしょうか。「2025年問題」もよく耳にします。

岸田先生 団塊世代の人たちが全員、後期高齢者になっていきますが(2025年問題)、それは高齢化問題の入り口で、高齢者数はさらに増えていくことが予想されています。今後いろいろなところで問題がでてくると思います。特に整形外科領域では、骨折患者さんや、腰部脊柱菅狭窄症(腰の神経の通り道が狭くなり、歩きづらくなる疾患)の患者さんがもっと増えてくると思います。人口構成がより高齢化するので、高齢者の病気は必然的に数が増えるはずです。その前に、予防することを啓発していきたいと思います。

――ふだんの診察でも、ロコモを原因とする疾患の患者さんは増えていますか?

岸田先生 そうですね。ただ、僕が外来で診ている患者さんたちは、股関節の病気があって通院している人たちです。手術をする人もいれば、「手術するほどじゃないけどリハビリがんばってやりましょうね」という人もいます。しかし実は、通院していないけど膝が痛い・腰が痛いとか、調べてみたら骨粗しょう症である人たちが潜在的にいます。そういう人たちにも気づいてほしいです。

また、変形性股関節症などの病気をもった方たちは、関節が痛いので、運動を控えてしまう人が多いんです。そうすると、「本当は出かけたいけど出かけられない」とか、「友達に旅行に誘われたけれど、旅行先で痛くなったら心配だから断ってしまう」とか、ADL(日常生活動作)にすごく影響があります。すでに運動器の病気を抱えた患者さんも、痛みがあるのは間違いないのですが、ADLが改善すれば、病気と上手く付き合うという意味で、意義があると思います。

若い世代の無関心が、現状の課題

岸田俊二先生-写真

――女性は一般的に健康への関心が高い印象があったので、骨粗しょう症を原因とするロコモ(=移動機能低下)が多いと聞いて意外でした。

岸田先生 男性と女性とどちらの方が(ロコモティブシンドロームに)興味があるかというと、ある程度高齢な方になってくると、女性の方が興味を持たれています。ロコモティブシンドロームの認知率も年代別で調べていますが、高齢女性の方が一般的にロコモについて知っているし、勉強している人も多いです。例えば、積極的に講演会とか、市民公開講座とかにもいらっしゃっているのは事実だと思います。ただ、若い人は男性も女性も興味・関心がないというか、「自分のことじゃない」と思っているんじゃないでしょうか。そこがやはり、問題かなと思います。

特に多い運動器疾患は?データで見るロコモティブシンドローム

運動器の障害により移動機能に低下をもたらすロコモティブシンドローム。岸田先生のお話の中でも、いくつかの運動器疾患の名前があがりましたが、実際にどんな疾患が多いのでしょうか。

男性は腰、女性は骨

運動器とは、骨・関節・筋肉・神経といったからだを移動させるために使われる器官のことです。こうした運動器の障害をきたす疾患として、男女共通して多いのは変形性膝関節症です。40歳以上の方のうち、男性の42.6%、女性の62.4%が変形性膝関節症を抱えているというデータがあります。

また、男女別でいえば、男性には変形性腰椎症(腰痛があり、レントゲンで腰椎の変形が確認できる状態)、女性には骨粗しょう症が多いとされています。年間の発生者数は、腰椎骨粗しょう症で50万人、大腿骨頸部骨粗しょう症で105万人とされています。

痛み・だるさは発症のサインかも

疾患に至らない場合でも、膝の痛み・腰の痛み、あるいはだるさといった症状で整形外科に訪れる方が多いようです。これらの症状は、運動器の衰えが原因で起こっている場合があり、放置してしまうと、将来的に運動器疾患を引き起こすリスクが高い状態といえます。

女性は、多くの方に骨粗しょう症リスク

特に女性の場合、骨粗しょう症への注意が必要です。疫学調査においても、女性の骨粗しょう症有病率は60代以上で顕著に増加します。

女性ホルモンであるエストロゲンは、骨を新しく作り変える骨代謝を促すはたらきがあります。閉経後にエストロゲンの分泌量が減少すると骨代謝が阻害され、閉経前に比べて骨はもろく折れやすくなってしまうのです。

岸田先生のお話にもあったように、女性の生涯で、20~30代が骨密度のピークを迎える時期です。この時期に、低体重や不規則な生活習慣により骨密度が低いことで、さらに骨粗しょう症のリスクを高めてしまいます。

(数値は、日本医師会雑誌『ロコモティブシンドロームのすべて』を参照)

編集後記

歩行などの移動機能の低下は、年をとってからの問題と捉えがちです。ところが、足腰や関節の痛みといった症状、骨粗しょう症や変形性腰椎症、変形性膝関節症といった運動器疾患は、実は20~30代という若い頃の運動不足や栄養不良が根本の原因となっています。できれば痛みなどの症状が出る前に、症状・疾患が現れたあともできる範囲で、ロコモティブシンドロームを知った今から、予防習慣が求められています。

取材・後編『整形外科専門医に聞いてみた②「防ごうロコモ!改善・予防のため大切なこととは」』では、ご自身の今のロコモ度チェックと、改善・予防法についてご紹介します。