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画像検査や血液検査では異常がみられないのに、患者さんの口内の自覚症状は確かにある「歯科心身症」。それでは、どのように治療すればよいのでしょうか。歯科心身症だと疑える兆候の有無やかかる診療科などと併せて、1本目と同じく東京医科歯科大学の豊福明先生にお伺いしました。

お話を伺った先生の紹介

本人は歯科心身症だとは気づきにくい

――患者さん本人は「自分は歯科心身症かも」と気づいていないのでしょうか。

気づいていないのか、うすうす歯に原因はないとわかっていても意固地になっているのかは、まだわかっていません。

――診てもらっても「問題ない」と言われて納得いかず、クリニックを転々としている場合もあるかと思います。この状況でも歯科心身症を疑えないのでしょうか。

そういう場合も、「藪医者ばかりに当たってしまった」、「この耐えがたい感覚が“気のせい”扱いされるのは理不尽」という思考に走ることが多々あります。患者さんはそれぐらい、強烈に嫌な思いをしているのだと想像できます。

――それでは、患者さんが歯科心身症だと疑って来院するきっかけはありますか。

歯に原因があるとは思いつつ、「とにかく具合が悪いから、良くなるならなんでもいいから治して」と言われる患者さんはいます。また、ご家族に「もういいからとにかく行こうよ」と言われて渋々連れて来られる方もいます。

――ご家族など、患者さんの関係者が病気に気づけるタイミングはありますか。

昔は几帳面だったのに(歯のことに囚われて)家事が十分できなくなったり、外出しなくなったりすることがあります。また、何かあれば歯のことばかり言っていたり、しょっちゅう鏡を見て歯をカチカチさせていたりするなど、少し尋常ではない感じがみられることもあります。

歯科心身症には薬物療法が効果的

――歯科心身症の治療はどうやって行うのでしょうか。

抗うつ薬などの薬物治療が必要になります。薬物療法で治療がうまくいくというデータも蓄積されてきています。100%とはいきませんが、治る可能性は高くなってきています。

――上記のような薬を処方されることに抵抗がある患者さんもいるかと思います。

薬の名前から「症状の原因がメンタルにある」と早とちりしてしまい、「誰が精神科の薬なんか飲むか」と嫌がられることはあります。

効能書きにとらわれずに、例えば痛みに関する症状であれば、神経痛のようなものをイメージしてもらえれば内服治療を受け入れやすくなるように思います。

一番難しいのは、噛み合わせの問題を抱えている患者さんです。「この歯をどうにかしないと!」というお気持ちが強いですから。そういう場合は、歯の治療をたくさんやってきても良くなっていない事実を確認するなどして、ご納得いただけるに心がけています。

――歯科心身症の治療中は、歯に関する他の治療を控えた方が良いでしょうか。

控えた方が治療しやすいです。歯を削ったりの処置をすると歯の感覚は変わってしまいますし、脳にいらない刺激を与えていることになるので余計症状が落ち着かなくなると考えられます。

――治療してもらう診療科についてですが、歯の問題なので歯科と思う反面、「心身症」という言葉から精神科を連想する方もいるかもしれません。

基本的には歯のことですので、歯科で(治療を)と思っています。それに精神科を受診した場合、口の中以外で精神症状が出てなければ歯科へ戻るように言われてしまうことがあります。また、本当に歯や舌に問題がないかどうか診断することも専門外の医師にとっては実はかなり難しいようです。そういった観点からも、歯科医が踏み込んで診た方が良いのではと考えています。

ただ、歯科心身症の症状だけでなく、自殺したい等の重たいうつ状態を合併しているような場合など、(命にかかわるような)重症度と緊急性があるかどうかで対応は変わってきます。もしそうした状況であれば、患者さんの同意を得た上で精神科をご紹介するようにしています。

――歯科を受診する場合、どの歯科でも良いのでしょうか。貴院のように専門で取り組んでおられる歯科でないとダメでしょうか。

この治療は特別な機械が必要ではないので、歯科医が歯科心身症とどう向き合うかだと思います。

歯科医でも抗うつ薬など向精神薬の処方をしている人はポツポツおられますが、なかなか広まっていないのが現状です。基本的には保険の適応外処方になりますし、薬にはそれなりの副作用もあります。日頃処方し慣れていないことも含めて、(処方による)リスクを避ける傾向はあるかと思います。

今後も歯科心身症を診られる歯科医を増やしていく活動を続けていきます。

――最後に、歯科心身症という疾患について、歯科心身症ではない方が知る意義を教えていただけますか。

歯科心身症の患者さんは、歯の症状の他に「誰にもわかってもらえない」というつらさを抱えておられます。痛いとか噛めないとか嘘をついているのではなく、脳でリアルに感じているからこそ苦痛を訴えているのです。歯のことばかり頭の中でぐるぐるぐるぐる考えて、無駄な治療を繰り返してしまい、長期の時間も取られます。ストレスで痛いのではなく、痛いからストレス、なのです

そして歯自体も手を加えられるぶん侵襲(ダメージを受ける)され、本来だったら長持ちしたかもしれない歯の寿命が縮まってしまうこともあります。

歯科心身症について少しでも知っておいてもらえれば、疑われる症状が出たときに候補として思い浮かぶだけでもだいぶ違ってくるかと思います。

取材後記

歯科心身症という字面を見ると一見「心の病」という印象を抱きますが、実際に患者さんは症状を感じています。患者さんの立場からすると、「特に異常はみられない」という検査結果にきっと戸惑うことでしょうし、症状を解消するためさらなる治療を求めても不思議ではありません。

なかなか患者さん自身が気づくのは難しいかもしれませんが、回り道しないためにも、少しでも思い当たる方がいたら歯科医に相談してみてください。また、周囲の方も歯科心身症が疑われる症状で悩まれている方が身近にいた場合は、情報を提供してあげてください。