膝関節には4つの靱帯(内側側副靱帯、外側側副靱帯、前十字靭帯、後十字靭帯)があり、膝を安定させる役割を果たしています。

前十字靭帯(ACL:英語のAnterior Cruciate Ligamentの頭文字)は膝関節のほぼ中心にあって、大腿骨(ふとももの骨)に対して脛骨(すねの骨)が前にずれないように押さえています。また、膝にひねりが加わった時にも、膝がずれないように支える役目があります。

今回はこの前十字靱帯を損傷してしまった際の治療法である、前十字靭帯再建術についてご説明します。

膝の靱帯損傷について詳しくは「スポーツでよくみられる膝の靱帯損傷。症状や治療法は?」をご覧ください。

目次

前十字靱帯は損傷するとどうなる?

前十字靱帯の損傷は、急な方向転換やジャンプと着地を繰り返す競技(バスケットボール、サッカー、バレーボール、ハンドボールなど)で起こりやすいです。

ACLが切れると、急な方向転換やジャンプの着地の時に膝がガクッとずれる、いわゆる「膝くずれ」が起きます。

どのように治療する?

初めてけがをした場合には、松葉杖や靱帯損傷用のサポーター(ACL用の装具が必要です)を使用して治療してゆきます。3~4週間すると、痛みが引いて日常生活に戻れます。

日常生活やスポーツで膝の不安定感、膝くずれなどの症状がない場合は、落ちた筋力を回復するトレーニングをしてゆきます。

膝の不安定感が残る場合には、手術(前十字靭帯再建術)を検討します。何度も膝くずれを繰り返していると将来的に膝のクッション(関節軟骨や半月板)が傷む原因となるため、手術が推奨されます。

手術が必要なケース

ACL損傷患者さんの中で手術が必要なのは、主に以下の2パターンです。

スポーツ復帰を希望する患者さん(活動性の高い患者さん)

米国整形外科学会の2014年ACL損傷ガイドラインでは、18〜35歳の若く活動性の高いACL損傷患者に対してはACL再建術が推奨されています。手術を行うことで、膝関節の不安定性などの症状が改善し、また将来的な半月板損傷のリスクが低下するため、若く活動性の高い患者さんに対しては手術が勧められます。(前十字靱帯(ACL)損傷診療ガイドライン2019 p.17より)

中高年者であっても、スポーツ復帰の希望がある場合、仕事や趣味で比較的活動量の多い生活をしている場合は、手術を行うことが勧められます。

半月板損傷を合併している患者さん

ACL損傷は半月板損傷・関節軟骨損傷・内側側副靱帯損傷を合併することがあります。MRI検査で半月板損傷を合併している場合は将来的に膝関節が変形するリスクが高まるため、ACLと半月板の手術を行うことが推奨されます。半月板に対しては部分切除術と縫合術の2つの治療法があります。半月板断裂の形態によって治療法は異なりますが、将来的な膝の変形を防ぐためには、可能であれば縫合術を行うことが推奨されます。(前十字靱帯(ACL)損傷診療ガイドライン2019 p.55より)

MRI検査で半月板が損傷されておらず、かつスポーツへ復帰する必要のない方は、一度日常生活に復帰して下さい。

その時点で、膝くずれや不安感などのために自分の希望する生活を維持できない場合(仕事に支障がでる、趣味が楽しめない)には、靭帯再建術を行うことをお勧めします。

筋肉を鍛えれば手術せずにすむ?

靱帯と筋肉は役割が違うので、筋肉を鍛えただけでは膝くずれを完全に治すことは出来ません。

ですが、怪我をしたために落ちた筋力を回復するトレーニングは非常に重要ですし、ACLが機能していても筋力低下が原因で膝くずれを起こすことがあります。したがって筋力強化は極めて大切ですが、筋力だけで靱帯の機能を完全に補うことは出来ません。

手術はいつ頃どのように行う?

前十字靭帯を損傷してから手術までの期間が長いと、半月板や関節軟骨が傷みやすいと言われており、前十字靭帯の手術は受傷から3~6か月以内に行うと良いとされています(前十字靱帯(ACL)損傷診療ガイドライン2019 p.21より)。

手術は関節鏡という鉛筆ほどの細い道具を使用して行います。膝の内側の腱(ハムストリング腱)と膝の前面の腱(膝蓋腱)を使用する方法があります。ハムストリング腱を用いても膝蓋腱を用いてもどちらも良好な術後成績が得られることが分かっています(前十字靭帯損傷診療ガイドライン2019、P25より)。

手術のリスク・術後の再断裂について

手術のリスクには以下のようなものが挙げられます。

術後の疼痛

術後に痛み、腫れ、しびれなどが出ますが、いずれも1週間ほどで治まってきます。手術当日など、痛みがつらい場合には鎮痛薬などを使用します。

術後知覚障害

靱帯を作るために取る腱の近くには細い神経が通っているため、術後にすねの外側や傷の周りの感覚が鈍くなったり痺れたりすることがあります。末梢神経の障害なので徐々に回復してきますが、最終的に触覚がやや鈍ることがあります

腱採取部の影響

ハムストリングを用いる場合

膝を曲げる働きをする主な3つの筋肉(半腱様筋、薄筋、縫工筋)のうちの1つないし2つの腱(半腱様筋と薄筋)を採取して再建靱帯を作ります。取った腱は1年ほど経つと再生してきますが、膝を深く曲げる筋力は少し低下します。

膝蓋腱を用いる場合

膝の皿の骨(膝蓋骨といいます)とすねの骨(脛骨といいます)をつないでいる膝蓋腱の約1/3を採取して再建靱帯を作ります。膝蓋腱を用いる場合、正座など膝を深く屈曲したときに膝前面の痛みが出ることがあります。

細菌感染

ACL再建術は内視鏡を使った小侵襲手術で、手術中も関節内を洗浄しながら行うため、前十字靱帯再建術による術後感染症の発生率は0.5%程度と報告されています(前十字靱帯(ACL)損傷診療ガイドライン2019 p.71より)。

再断裂

靱帯を再建しても、残念ながら再断裂する恐れはあります。初めて再建術を受けてから5年間に再断裂する確率は2~10%とされています(前十字靱帯(ACL)損傷診療ガイドライン2019 p.71より)。再断裂する要因として、早すぎるスポーツ活動への復帰などが考えられます。

深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)

手術を行ったあと、下肢の静脈の中に血栓(血の固まり)が出来ることがあります。通常この血栓は自然に吸収されますが、まれに血栓が大きくなり、血流にのって肺に詰まり、呼吸困難、胸痛、心停止などの重篤な症状を引き起こすことがあります(肺血栓塞栓症といいます)。ACL再建術で肺血栓塞栓症を起こすことは極めてまれです

術後より足の曲げ伸ばしをして、じっと動かないでいる時間をなるべく短くすることが大切な予防法となります。万一肺血栓塞栓症が生じた場合には、酸素を吸入したり、血液を固まりにくくする薬を投与したりして対処します。

スポーツへの復帰はいつ頃からできる?

競技種目や選手の能力、リハビリテーションの状況によって変わりますが、6~12ヶ月でスポーツに復帰します。

移植された腱は術後経過中に少し弱くなってから再び強くなるという生物学的な成熟過程を経て完成されて行きます。一時的に弱くなる術後2~4カ月の時期には、再建靱帯を保護しながら安全にトレーニングを進めないとゆるんだり切れたりする事故が起きます。

再建靱帯は初期治癒に6ヶ月、成熟するには9~48ヶ月を要すると報告されており(Pauzenberger L, et al. 2013, Claes S, et al. 2010)、早くから膝を動かせば早期復帰できるというものではありませんので、担当の医師や理学療法士の指示に従って、経過に応じたリハビリテーションを行うよう心がけて下さい

まとめ

前十字靱帯を損傷しても日常生活を問題なく送れる人もいますので、全ての人が手術を受ける必要はありません

ただし、スポーツへの復帰を希望する患者さんやMRI検査で半月板損傷の合併が見つかった患者さんは手術を受けることが推奨されます。該当しない人は、一度日常生活に復帰してみて、膝くずれや不安感などのために自分の希望する生活を維持できない場合は(仕事に支障がでる、趣味が楽しめない)、靭帯再建術を行うことをお勧めします。

骨折とは異なり大至急受けなければいけない手術ではありませんので、医師とよく相談しながらスケジュールを立てましょう