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腹腔鏡(ふくくうきょう)手術とは、お腹に小さい穴(5ミリから1センチ程度)を数カ所開けて、専用のカメラと器具を用いて行う手術のことです。

腹腔鏡手術は、1990年頃より胆石や良性疾患に対する手術として普及し、その後、がんなど悪性疾患に対しても行われるようになりました。

胃がんに対する手術では、お腹を大きく開ける開腹手術が標準治療でしたが、最近、腹腔鏡手術の行われる割合が急速に増えてきました。

2006年に当時「福岡ソフトバンクホークス」の現役監督だった王貞治氏、2012年には「雨上がり決死隊」 の宮迫博之さんが胃がんに対する腹腔鏡手術を受けたことが話題になりましたね。

従来の開腹手術に比べ、腹腔鏡手術は体に対する負担が少なく、患者さんにとってはメリットが大きいと考えられています。一方で、腹腔鏡手術の安全性を心配する声もあります。

今回は消化器外科医の立場から、胃がんに対する腹腔鏡手術について解説します。

胃がんに対する腹腔鏡手術

胃がんに対する腹腔鏡手術の適応は、がんの部位および進行の程度(ステージ)、また、患者さんの全身状態腹部の手術歴なども考慮しながら決定します。

 

胃の切除範囲はがんの部位によって決まりますが、多くの場合、胃の出口のほうを3分の2度切除する幽門側胃切除(ゆうもんそくいせつじょ)術、または胃を全て切除する胃全摘(いぜんてき)術が行われます。どちらも腹腔鏡手術で行うことが可能ですが、胃全摘術は再建(食道と腸を繋ぎなおすこと)が難しいことより、幽門側胃切除術に比べてあまり普及していません。

 

早期胃がんに対する腹腔鏡手術は、従来の基本的な治療である開腹手術と安全性が同程度であることが確かめられています。しかし、進行胃がんに対するデータはまだ十分ではないため、現時点では腹腔鏡下手術の対象となるのは主に早期胃がん(厳密には、幽門側胃切除術が適応となるステージ1)の患者さんです。ただし近年、進行胃がんに対しても腹腔鏡手術を行う施設が増えてきました。

 

また、過去にお腹の手術を受けたことある患者さんなどで、癒着(ゆちゃく=腸管同士あるいは腸管とお腹の壁などが引っ付くこと)がひどい場合には、腹腔鏡手術が難しいことがあります。

腹腔鏡手術のメリット

花瓶とくま-写真

腹腔鏡手術の最大のメリットは、傷が小さくて済むため、術後の痛みが少なく、美容面でも優れていることです。また開腹手術よりも術後の回復が早く、入院期間が短い傾向にあります。例えば幽門側胃切除術の場合、開腹手術での入院期間が2週間程度であるのに対し、腹腔鏡手術での入院期間は10日前後です(施設によって異なります)。

 

また腹腔鏡手術では、腸管が外気に触れないため、癒着(ゆちゃく)が少ないと言われています。これに伴い、手術後の合併症である腸閉塞(ちょうへいそく)が少ない傾向にあります。

腹腔鏡手術の問題点

腹腔鏡手術に関しては、当初より様々な問題点も指摘されています。

例えば、開腹手術と比べて手術自体が難しいこと、再建(消化管を繋ぎ直すこと)の技術の確立が十分とはいえないことなどから、通常の手術より合併症の発生率がやや高くなる可能性も指摘されています。

また、腹腔鏡手術ではモニターに映る部分しか見えないので、カメラの視野外(見えてないところ)で起こった臓器の損傷などを見落とす恐れもあります。

 

さらに、お腹の中の癒着(ゆちゃく)が強かったり、予期せぬ出血など手術中の合併症のため腹腔鏡手術では危険であると判断したりした場合には、通常の開腹手術に切り替えることもあります。

加えて、がんの手術の基本は、腫瘍の部分だけでなく、周りのリンパ節を一緒に切除することです。腹腔鏡手術ではリンパ節の切除が難しいため、がんの取り残しや再発が多いのではないかといった意見があります。

 

いずれにしても、今後長期にわたる臨床研究によって「腹腔鏡手術が胃がんに対する標準治療として適切かどうか」が明らかになることが期待されています。

まとめ

胃がんに対する腹腔鏡手術は、多くの施設で安全に行われるようになってきました。腹腔鏡手術は傷が小さく、痛みが少ない傾向にあり、入院期間が短く、社会復帰も早いというメリットがあります。一方で、技術的に難しく、特殊な合併症がおこる可能性もあります。また、がんの手術として適切かどうかについての長期のデータは少ないのが現状です。したがって、胃がんの手術を受ける場合には、腹腔鏡手術が可能かどうか、またそのメリットやデメリットについて医師とよく相談し、それぞれの患者さんにとって最も好ましい手術法を選択する必要があります。