2017年、「乳児ボツリヌス症」による死亡例が東京都から報告されました。

赤ちゃんの離乳食がはじまると、食べてはいけないものがあり心配になるご両親は多いと思います。その中の一つで「はちみつには、ボツリヌス菌がいるので危険である」ということをご存じの方は多いでしょう。ここでは、はちみつによる乳児ボツリヌス症について記載いたします。

目次

乳児ボツリヌスによる初の死亡例~これまでの歴史~

すやすや眠る赤ちゃん

東京都の発表によると、男児は今年1月から、ジュースに市販のはちみつを混ぜたものを離乳食として1日平均2回ほど家族から与えられていた。

男児は2月16日にせきなどの症状が出て、同20日に病院に搬送されたが、3月30日に死亡した。男児の便と自宅のはちみつからボツリヌス菌が検出された。

出典:乳児ボツリヌス症、初の死亡…離乳食にはちみつ : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE、2017年4月10日閲覧)

乳児ボツリヌス症は、1歳未満の赤ちゃんが、はちみつなどに含まれるボツリヌス菌の芽胞(がほう)と呼ばれる、菌の種のようなものを口からとることから始まります。この種が腸で増殖して、筋肉を麻痺させる毒素の作用により全身症状が悪化する感染症です。

乳児ボツリヌス症の歴史は1976年、アメリカ合衆国での症例が最初であるとされております。日本においては、1986年に千葉県で発生した事例が最初とされております。日本では1980年代に発生した12症例は、はちみつが原因とされたため、1987年に、厚生労働省から1歳未満の乳児に、はちみつを与えないように」と指導が出され、現在でも母子手帳の離乳食の項目に記載もされております。

その後、はちみつが原因とされた症例は1989年の神奈川の1例であり、1990年以降では発生しておりませんでした。自家製野菜スープや井戸水などが原因とされておりました。今回の発表で、はちみつが原因で乳児ボツリヌス症を発症したこと、また国内初の死亡例であることから、はちみつ摂取に関してのより強い啓発が必要と考えられております。

米国でも1976年から2006年までに2419例が報告され、20例(0.8%)が死亡したと報告があります。また米国でも、はちみつによるボツリヌス菌感染予防の啓発を行い、はちみつが原因となった症例は4.7%と減少しました。

ボツリヌス菌特徴~キーワードは「芽胞(がほう)」と「加熱」

ボツリヌス菌は、「芽胞」という状態であることが多いです。これは、細菌の「種」「たまご」と考えらえます。正確に言うと、冬眠した状態に近いです。

ボツリヌス菌が属すクロストリジウム属の細菌は、土壌や水に存在していますが、酸素が存在している中では増殖できない特徴があります(これを、偏性嫌気性といいます)。前述の「芽胞」の状態で存在していることは、言い換えると硬い殻で覆われている状態であります。このため、高温・低温・乾燥に対しての抵抗力が非常に強いです。実験室レベルの相当な高圧高温(2気圧、15分、121℃)でようやく滅菌ができるレベルのため、芽胞の状態では家庭で処理をすることはできません。この一方、後述する神経や筋肉の機能を低下させるボツリヌス菌の毒素(ボツリヌストキシン)自体は、100℃で2-3分の加熱で無毒化します。

この芽胞レベルでのボツリヌスは、人間の腸が生存・増殖には適している環境であります。栄養が豊富で酸素が少ない近い状況となると、発芽して増殖していきます。しかし、通常の免疫状態では胃液や腸液などの消化液、また、腸内の他細菌(ビフィズス菌・乳酸菌・大腸菌など)のはたらきで、増殖することは難しいです。

乳児ボツリヌス症とは~症状と経過~

ここまでの内容を整理すると

  • ボツリヌス菌は芽胞の形態なので加熱しても殺菌できない
  • ボツリヌスの毒素は加熱で無毒化とすることができる
  • 通常は胃液や腸液、また腸内細菌により芽胞が増殖できない

の3点です。

乳児では腸内の細菌のバランスがまだ不安定であるため、ボツリヌス菌が増殖しやすいと推定されております。

ボツリヌス症を発症した場合、まず症状としては、これまで排便が良好であったお子さんが、急に3-5日以上の頑固な便秘になることが特徴的です。この発病の時に短期間の発熱、お腹の張り、嘔吐がみられることもあります。これは、ボツリヌス菌感染による胃腸炎症状と考えられます。

その後、体内に感染したボツリヌス菌が増殖して、ボツリヌス菌毒素を産生して、筋力低下の症状が進行します。その速度は様々ですが、特徴的な症状として、顔面が無表情、首や頭をささえられない、手足を持ち上げられない、鳴き声が小さくなる、母乳・ミルクを飲めなくなるということが進行的に起こります。症状が進行すると呼吸困難・呼吸停止など集中治療管理が必要となります。潜伏期間は3-30と長く、死亡率は1%程度とされます。

治療は、対症療法がメインですが、近年では米国では抗ボツリヌスヒト免疫グロブリンが認可されております(BabyBig®)。回復後も、1-6か月間はボツリヌス菌が排泄されることがあり二次感染への配慮が必要です。

乳児に「はちみつを与えてはいけない」理由

瓶詰めのはちみつ

ここまでお伝えしてきたように、1際未満の赤ちゃんははちみつを口にしてはいけないとされています。その理由として、はちみつが非加熱の食品に分類されることが挙げられます。乳製品のように殺菌・濾過をせず不純物をとる程度であること、また土壌に近い環境で生産されているからと考えらえます。このため、前述の芽胞を腸管にとどめることになります。

2つ目の理由としては、乳児は腸内細菌のバランスと免疫組織が未熟であることであります。成長する事により消化機能や腸内細菌のバランスも変わり、ボツリヌスの芽胞は、活性をなくして排泄されます。乳児の場合では、ミルクや母乳などの栄養価が高いものを摂っていること、また腸内細菌が未発達であり酸素がより少ない腸管であるため、ボツリヌスにとっては生存・増殖しやすい環境であるからと考えられております。

乳児ボツリヌスは生後2週までの報告が少なく、母乳、とくに初乳での免疫成分によりボツリヌス菌の定着・増殖を抑制していると考えられております。

はちみつ以外のボツリヌス菌を含む食品

また、母子手帳で啓発されております、はちみつのみならず、コーンシロップや黒糖にもボツリヌスが含まれている可能性があります。

乳児には与えないと思いますが、成人では酸素濃度が低い環境で製造・保存されている以下の瓶詰・缶詰・真空包装食品に含まれております。

  • からしれんこん
  • いずし(アユ・コハダ・さけ・ハヤ・いわな・いわし)
  • グリーンオリーブ(瓶詰)
  • あずきばっとう

まとめ

1歳未満の乳児にはちみつなどを摂取させると、ボツリヌス菌の感染により、胃腸症状のみならず、全身の筋肉の機能が急激に低下して重症化する恐れがあります。離乳食をあげる時期になったら、1歳までにあげてはいけないものとして「はちみつ」があることを再確認してください。また、成人の食中毒の原因菌でもあるので、注意が必要です。