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健康・医療に関する情報は、人々の命に関わる情報です。そのため多くの人々にとって関心が高い一方、医療者という専門家が出す情報は理解が難しいという現実があります。

情報を分かりやすく社会に届ける役割は、テレビや新聞、ウェブといったメディアが果たしています。情報伝達のプロとも言えるメディアですが、誤解を与える医学情報を提供して大きな問題となることがしばしばあります。

なぜ医療・健康という、関心が高く命に関わる情報の扱い方をメディアは誤ってしまうのでしょうか。また繰り返してしまう問題はどこにあるのでしょうか。

京都大学大学院・健康情報学分野の中山健夫教授へのインタビュー記事第2弾テーマは「メディアはなぜ健康・医療情報を誤るのか」です。

メディアも誤るほど医療者が出す情報は難しい

専門家から発信された情報を噛み砕いて伝えるのがメディアやインターネットサイトの役割です。ただ、情報を噛み砕き過ぎて誤って伝わることもありますし、そもそも意図を間違えて噛み砕いてしまうこともあります。

これらの点が情報の受け手である一般の方々や、伝え手であるメディアやサイトに色々な問題を起こす背景にあります。

2016年のDeNAのWELQ(ウェルク)問題(※1)や17年のNHK番組「ガッテン!」問題(※2)が起きたときに感じたことですが、10数年前にも今回のようなインタビューを受けた印象が強くあります。そしてお話した内容が、そのころとほぼまったく変わっていないことに、改めてこの問題の難しさ、根深さを感じます。

研究を通して医学の情報をつくっている専門家は、同じ領域の専門家を相手に成果を発信することが中心で、患者さんを含む一般の人たちに直接、その内容を噛み砕いて伝えることにあまり労力をかけてはいません。

もちろん市民向けの公開講座で分かりやすく発信することもありますが、メーンは専門家である医療者がより良い意思決定をできる形で発信します。発表先も、一般の方向けの分かりやすさより、一定のルールで科学的な厳密さが評価される専門性の高い学術誌です。

また医学情報はそもそも、日常の言葉だけでは表現できないもので、それ自体が簡単になるものではありません。むしろ医療が進歩すればするほど、複雑になって難しくなっていきます。

例えば00年ごろにはゲノム情報があればさまざまな問題が解決し、それぞれの人に適切な医療(オーダーメード医療)ができると言われてきました。でもその夢への道は、そのころ期待したレベルに比べると、まだまだ遠そうです。

多くの研究論文が発表されたことは確かですが、不思議なことに、何かが分かるとさらにまた新たな疑問が生まれてきているとも言えます。

「つくる・つたえる・つかう」構造で「つたえる」役割を担うメディアからすると、専門家が作った情報そのものは常に難しく、医学の進歩と共にその状況は今以上に複雑になっていくという現実があります。

※1編集部註:医療系情報サイト「WELQ」で医学的に見て正確性を欠く、また著作権を無視した画像使用などがみられたとして批判を受け、運営元のDeNAが16年11月にサービスの非公開を決定した問題。その後DeNAが運営するその他のサイトも同様の指摘を受け、全10サイト全てを非公開とし、謝罪した。

※2編集部註:2017年2月22日放送のNHK健康情報番組「ガッテン!」内で糖尿病と睡眠の関わりを取り上げた内容が、「睡眠薬で糖尿病の治療や予防ができる」と視聴者に誤解を与えるものだった。視聴者や医療関係者などから指摘・批判を受け、NHKは番組の公式ウェブサイトで謝罪した。

「新発見」は混乱のもと

メディアの体質について語る中山教授-写真

新聞でもテレビでも、伝統的なマスメディアは常に「新発見」の話が好きです。私たち医療者からみれば「ああまたやっている」と感じてしまうことです。

動物実験で何かが発見されたとしても、医療現場にいる人たちには今は何もできません。それでも患者さんは病院を訪れて「ニュースでやっていたこの治療やってくれますか」と聞いてくるわけです。

人間を対象にした治験段階でも、期待を煽りすぎることが少なくありません。治験は基礎的な研究から何とかハードルを超えて、人間を対象に研究できるかなり進んだ段階の話ではありますが、まだまだその段階で良い結果が得られないものもたくさんあります。

治験は新しい薬や医療機器が本当に十分な効果を持つのか、効果よりも副作用など患者さんの負担が大きいのではないかという懸念・問題を確認するために行われます。

つまり、まだ「本当に良いかどうか分からない」段階です。多くの人たちが知らない新奇性のある、そして良く言えば将来性のある明るいニュースを伝えたいというメディアの気持ちも分かるのですが、それを最新の治療、先進医療、先端医学のようなポジティブなラベルを貼ってメディアが紹介するのは大きな混乱の元です

医療は、生き死にの非常にデリケートなやり取りがされる場ですから、現実からかけ離れて期待ばかりを高めてしまうことは、落胆や絶望、そして不信のもとともなるでしょう。

先進医療はあくまで研究途中

世の中には新しいものがいいものだという幻想があります。先進医療は無条件にいいものだと思ってしまいますが、決してそうではないのです。

先進医療は「有効性が害を上回ることが期待できるが、現在検証中で、まだ証明はされていないもの」です。あくまで研究途中の段階です。途中のものが、有効性と安全性が一応確立していて標準的な医療よりも優れていると言えるでしょうか。

標準的な医療は、「根拠に基づく医療」の考えを重視した診療ガイドラインでも推奨されていて、実際の社会で最も役に立っている、プロスポーツに例えれば「実績のあるベテランのレギュラー」です。

標準と聞くと何か「平凡」という印象を持たれがちなので、呼び方が良くないのかもしれません。「標準的な医療」ではなく、現段階では一番いい治療、「十分根拠があって推奨される医療」と考えていただくのが良いでしょう。

一方の先進医療は、同じく野球で例えると「期待の新人」かもしれません。光る素質を持っていて将来のレギュラー候補ではあるのですが、いかんせんまだ実践経験が乏しくて、限られた場面で慎重に起用して評価を積み上げていく必要があるのです。

メディアはスターを探す

メディアはやはりスターを探します。この薬はすごいと持ち上げます。しかし実際は期待したほど効果はなかったり、予想以上に副作用があったりした場合は手の平をひっくり返したように「その薬はダメだ」と言います。

ここ30年を見てみても、インターフェロンが夢の新薬と言われて、非常に持ち上げられたことがありましたが、現実はそうではありませんでした。同じように色々な物質が出てきて騒がれてはダメ、騒がれてはダメになるの繰り返しともいえるような状況でした。

過剰な期待の反動で、ダメ出しも過剰になりがちなのですが、実はある部分に限ってみれば、十分効果を発揮していたということも大いにあるのです。

これは薬に限った話ではなく、オリンピックの候補選手を取り上げる場合も同じですね。注目して騒いで…の繰り返しで、当事者の過剰なストレスは察して余りあります。こうした極端さは人間の本能なのかもしれませんし、それを象徴的に担っているのがメディアの一面なのかもしれません。

次回予告

健康・医療情報は専門性の高さゆえ、そもそもメディアが扱いを間違えやすいものです。また「新発見」や「先進医療」というキーワードを過剰に持ち上げ過ぎるメディアの一面が、情報を誤った方向へ導いていく一つの原因として考えられます。

インタビュー記事最後となる3回目は、医療者や患者さんが情報発信する際に気をつけるべきこと、今後の健康・医療情報のあるべき道をご紹介していきます。

※医師の肩書・記事内容は2017年5月25日時点の情報です。