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健康・医療情報は専門性が高くなってしまい、メディアは情報を正しく理解することに苦労します。また新しさなどに惹かれて情報の価値を誤ってしまいがちです。

そういった状況では、医療者側はより情報発信に気をつかう必要があります。また患者さん側も読み取る力を付けるだけでなく、正しい情報を自ら発信する意識を持たなければなりません。またメディアはこれまで以上に情報と真摯に向き合う意識が求められます。

京都大学大学院・健康情報学分野の中山健夫教授へのインタビュー記事、最後となる第3弾テーマは「健康・医療情報の未来」です。

医療者は慎重さが必要

医療者、研究者の一部に、自分の研究をアピールすることにとても熱心な人がいます。健康や医学は多くの人が関心を持っていますから、伝えるメディアにとっても、目新しい話は魅力的なニュースですね。

しかし、研究者がデータをしっかり集めて、専門家同士で議論を積み重ねて慎重に発言するのではなく、分かりやすくて良い話、夢のある話ばかりしてしまったら、多くの方は期待をし過ぎて、今の医療に不信を抱き、適切な医療を混乱させかねません。

この前のNHK番組「ガッテン!」(※)を巡る問題も、そういった視点から考えることができます。ある研究者の論文に基づいて、睡眠の質と血糖コントロールに関連があったということで、科学的な検討課題は多くありますし、すぐに臨床に役立って、良い治療として推奨できるというとこまでは至っていません。

番組を見た方は、それを勧められる治療と受け取ってしまったわけですね。

こういった話題はメディア、研究者お互いにとって魅力のある題材です。「高血圧はきちんと血圧を下げよう」とか「塩分の摂り過ぎには気をつけよう」というような分かりきった話は、ある意味で冴えないです。でも冴えないと思うこと事態、落とし穴かもしれません。

良いと知っていても、できていないことはたくさんありますね。知っていることをきちんと行う、広めることはやはりとても大事です。

目新しい話は取り上げるメディアが喜ぶのはもちろんで、発信する方(専門家)も自分たちの取り組みのアピールにつながりますが、なおさら気をつけなければなりません。もし繰り返し発信するのであれば、「まだ色々と検証は必要ですが、こんなことが分かりつつあります」くらいの慎重な言い方が良いでしょう。

また研究者側も、一方的な売り込みにならないようにこれまで分かっていること、新たに分かりつつあること、期待はしているけれども、まだ証明されていないこと(仮説段階のこと)を分けて、一般の方向けに情報を発信する必要があります。

マーケティングでどこに何を置いたらどれくらい売れるのかといった話は、単純なデータから意思決定してもいいと思います。外れたらまたやり直せばいい話ですから。

命に関わるときはそれで人が亡くなってしまうわけです。人間の命を相手にするときは、一つのテーマでも複数の研究で支持されて初めて一般論として本当かもしれないというぐらいの慎重さが欠かせません。

その一般論から個人の「自分情報」にしていくのは研究者の手の外で、本人が自分で考え、医療者や家族、友人と相談し、自分なりの納得を探していくことになります。

※編集部註:2017年2月22日放送のNHK健康情報番組「ガッテン!」内で糖尿病と睡眠の関わりを取り上げた内容が、「睡眠薬で糖尿病の治療や予防ができる」と視聴者に誤解を与えるものだった。視聴者や医療関係者などから指摘・批判を受け、NHKは番組の公式ウェブサイトで謝罪した。

患者さんの体験談も役立つ情報

中山健夫教授-写真

健康・医療情報を作っているのは何も医療者だけではありません。例えば患者さんの体験談も大いに役に立ちます。これは研究者や医療者には作れない情報です。

患者さんは自分と同じ病気になった人がどういう風に過ごしているのかという情報を求めています。こうした情報は探しにくいかもしれません。ですので、誰かが良い情報を出してくれていないかと情報を求めるばかりでなく、お互いが自ら発信していくことが必要になるでしょう。

発信し合うことで初めて、私たちはそれぞれが求めている「自分の外にあって自分に必要な情報」を手に入れられるのです。

とは言え、他の人からの経験から情報を得るとき、誰か一人のものに飛びつくことも注意が必要です

病気をされた有名人の経験談やメッセージは影響力が大きく、多くの共感を呼びます。メディアを通して乳がんを患われた有名人の話が伝わることで、乳がん検診への関心が高まります。それは良いことなのですが、30代のようにとにかく若いうちから検診を受けたほうが良いかというとそうとも言えないのです。

実際は若い世代になると偽陽性(本当はがんではないのにがんと判定されること)と診断されてしまう人たちがいて、検診や精密検査を受ける負担や、そのためのさまざまな準備を考えると、メリットよりデメリットの方が多い可能性が高いのです。

「良かれと思ってやったことが、良くない結果を生んでしまう」ことは、残念ながら医療の世界では専門家でもやってしまうことです。「とにかくやった方が良いはず」という素直な気持ちは、ポジティブでない意味での「ナイーブ」になりかねません。

主治医以外の医師に治療方針を相談するセカンドオピニオンは、迷ったときに聞くことができれば安心感、納得感が出てくるでしょう。同様に他の患者さんの体験談を見るときにもセカンドオピニオンのような発想を持つのが良いですね。それぞれを見ることができれば、一つのものに引っ張られる危険は減らせます。

こういった体験談を私はナラティブと呼んでいます。患者さんや広くは一般の方にとっては、こうしたナラティブの情報と、人間を対象とした研究で明らかにされたエビデンス(根拠)がある情報の、両方がそれぞれの形で役立ち、「自分情報」を手にしていく上で大切になるでしょう。

医療に「絶対」はない

得る情報が多ければ多いほど良いかは悩ましいものです。判断の根拠が複数あるのは心強いですが、どうしても人間は知りたい情報を探す傾向にあります。医学的には治療法が確立していない病気なのに、こうすれば確実に治ると書いてある情報を探し歩いてしまうリスクは常にあります。

自分自身や大切な誰かの命が関わるときには、普段は理性的な人でも、いつものように冷静に行動できなくなってしまいます。

メディアだけでなく患者さんたちも気をつけなければならないことですが、「絶対」「確実」は残念ながら難しいのです。

日本人はリスク、薬で言えば副作用に対して過剰に反応するところがあるようです。うまくいかなかったこと、失敗や事故に対してもそうかもしれません。みんな病院で医療事故はあってはいけない、ゼロだと期待します。

もちろんその通りで少しでも減らそうと最大限の努力をしても、現実にゼロにはなっていません。薬も同じです。

リスクがゼロになる話は実際にはありません。健康、医療という命に関わることで少しでも「絶対」を願う気持ち自体は、本当にその通りです。ただ生きている以上、私たちはリスクと向き合う必要があります。一定のリスクがある中、意思決定をしなければなりません。

このことが、怪しく危険な情報から自分や大切な人たちを守るための、第一の心構えとも言えるのです。

ガイドラインを使った情報共有を

必要な情報を集めるときに「いい情報がない」「どこを調べたらいいか分からない」と感じることも多いと思います。そのときはインターネットと少しの医学の知識があれば、Minds(マインズ)にいって診療ガイドラインを見に行けば、希望にピッタリではないかもしれないけれども、多くの正確な情報を見つけることができるでしょう。

ガイドラインは理想的とは言いませんが、利用可能な情報の中では最も頼りになるものです。ガイドラインの限界や批判はありますが、せっかくガイドラインがあるのにそれを無視して、誰がどういう目的で作ったのか分からないネットの情報や怪しげなサプリメントの情報を信じることの方が危険なことです。

医療者はガイドラインを主に自分たちのために作っているのですが、一般の人たちと共有する意識をもっと作成段階でも反映していこう、という努力がされています。

また分かりにくいという指摘に関しては、間に入るメディアが患者さんのためにガイドラインをしっかり噛み砕いて届けられるよう取り組んでいくことを期待します。

そして色々な議論を経た情報が広がっていくことを願っています。

編集後記

健康・医療情報は専門性が高い一方、一般の人々から多くの関心を寄せられる分野です。医療者は情報の影響力を正しく認識し、患者さんら一般の人たちは一つの情報に踊らされることなく、また過信しないよう十分注意する必要があります。

また何より日ごろから健康・医療情報を発信している私たちメディアの責任は重大です。人の命に関わる情報を扱っていることを肝に銘じた上で、医療者側と患者さんの橋渡し役を担うことが求められていきます。

※医師の肩書・記事内容は2017年5月26日時点の情報です。