はじめに

膵臓がんは、「がんの王様」といわれるほど悪性度が高く、生存率が最も低いがんの1つです。近年、日本における膵臓がんの罹患者数と死亡者数は増加傾向にあります。

ここ数十年の間、膵臓がんの生存率は横ばいで、日本における最新の統計データ(全がん協生存率調査)では、10年生存率(治療開始から10年後に生存している人の割合)はいまだに5です。

この原因としては、初期には症状に乏しく、進行した状態で見つかることが多いことや、有効な治療法が少ないことが挙げられています。しかし最近では、手術技術の向上や新しい抗がん剤治療の導入などにより、膵臓がんの治療成績は少しずつ改善しつつあります。

では膵臓がんの治療の流れはどのようになっているのでしょうか?今回は、膵臓がんの臨床に携わっている外科医の立場から、現在行われている膵臓がんの治療について説明します。

目次

膵臓がんの診断:切除が可能かどうか?

膵臓がんの治療法を選択するにあたり、CT、MRIPETなどいろいろな検査を組み合わせ、まず切除ができるかどうかについて評価します。そして、下の図のように切除可能(切除ができる)膵臓がんボーダーライン膵臓がん、及び切除不能(切除ができない)膵臓がんの3つに分類します。また切除不能膵臓がんは、さらに局所進行膵臓がんと転移性膵臓がんに分類されます。

膵臓がんの分類-図解

切除可能膵臓がんとは、(1)他の臓器に転移を認めず、また(2)大事な血管(腹腔動脈や上腸管膜動脈など)にがんが広がって取り囲んでいないものをいいます。

ボーダーライン膵臓がんとは、他の臓器への明らかな転移はないものの、がんが大事な血管の一部から片方の壁にだけ接しており、切除できるかどうかの判断が難しいものをいいます。

膵臓がんの治療の流れ

膵臓がんに対する治療の流れについて、図に従って解説します。

膵臓がんの治療の流れ-図解

1.切除可能膵臓がんの治療

切除可能な膵臓がんに対しては、切除手術を行います。切除の方法はがんの部位によって異なりますが、一般的に膵臓の頭部(右側)にできたがんに対しては膵頭十二指腸切除術、体部から尾部(左側)にできたがんに対しては膵体尾部切除術を行います。また、比較的稀ですが、がんが膵臓全体に広がっている場合や多発している場合には膵全摘術を行います。

また、膵臓がんは術後に再発・転移を認めることが多いため、高齢の患者さんや腎機能などが悪い患者さんを除き、ほぼ全例で抗がん剤による補助療法(術後補助化学療法)を行います。以前はゲムシタビン(ジェムザール)という点滴薬を使っていましたが、最近ではS-1(ティーエスワン)という飲み薬が主流となりました。国内で実施されたジェムザールとS-1を比較した術後補助化学療法の臨床試験では、根治切除(がんを完全に切除)の後にS-1による補助療法を行った場合、最終的に全生存期間(中央値)が46.5ヶ月(5年生存率が44.1%)という画期的な結果でした。

また最近では、手術の前に抗がん剤治療を行う方法(術前補助化学療法)の有効性が報告されるようになってきました。現在、ゲムシタビンとS-1の併用による術前の抗がん剤治療が、術後の再発率を下げて生存期間を延長するかどうかについての臨床試験が、国内の複数の施設で実施されている最中です。

2.ボーダーライン膵臓がんの治療

ボーダーライン膵臓がんに対する治療方針は施設によって異なり、決まったものはありません。これまでは、ボーダーライン膵臓がんに対しても、がんが取りきれると判断された場合には、手術が行われていました。また、がんが主な血管に接している場合でも、これらの血管をがんと一緒に切除することで、がんが完全に取り除ける可能性があります。

ただ、いきなり手術を行ってもがんが残ってしまう可能性が高いため、手術前に抗がん剤治療(あるいは抗がん剤と放射線治療の併用)を行い、がんを小さくしてから手術をする方法が試されています。

ボーダーライン膵臓がんでは、たとえ手術でがんが取りきれた場合でも再発・転移する可能性が高いため、やはり術後の抗がん剤治療が必要となります。

3.切除不能膵臓がんの治療

切除不能膵臓がんのうち、局所進行膵臓がんには抗がん剤あるいは抗がん剤+放射線治療が選択されます。一方、転移性膵臓がんには抗がん剤治療が行われます。

切除不能膵臓がんに対する抗がん剤の種類としては、ゲムシタビン単独、S-1単独、FOLFIRINOX(フォルフィリノックス)療法(大腸がんで使われる複数の抗がん剤の組み合わせ)、およびゲムシタビン+ナブパクリタキセル(アブラキサン)併用療法など、複数の選択肢があります。患者さんの年齢や全身状態などを考慮して、最も適した抗がん剤が選択されます。

しかしながら、最も効果が高いとされるFOLFIRINOX療法でさえ、全生存期間(中央値)は11ヶ月程度に留まっています。

なお、切除不能膵臓がんにこれらの治療が選択された場合、必要に応じてステント療法(内視鏡などを使い、がんで狭くなった胆管や十二指腸をストローのようなもので広げる)、バイパス療法(胃と腸や胆管と腸を繋ぐ手術)、放射線療法(主に骨転移などに対して痛みを軽くする目的)が追加されます。

4.全ての患者さんに対する支持療法・栄養療法

上記の治療に加え、膵臓がんと診断されたすべての患者さんには、診断初期から痛み、消化吸収障害、糖尿病、不安などに対する支持療法(症状・合併症や治療にともなう副作用を軽くする治療)が必要となります。この支持療法には、患者さんの生活の質(QOL)を高め、治療が長く続けられるという効果が期待されます。

また、特に切除不能膵臓がんの患者さんでは栄養状態が悪化することが多いため、アミノ酸やEPA(エイコサペンタエン酸)など必要な成分を補充する成分栄養療法を行うことが奨められています。

まとめ

膵臓がんの治療法を選択するにあたり、各種検査を組み合わせ、切除ができるかどうかについて評価します。

切除可能膵臓がんに対しては、切除手術+術後の補助抗がん剤治療が行われます。ボーダーライン膵臓がんに対する治療法は確立されていませんが、術前に抗がん剤治療を行ってから手術する方法が試みられています。切除不能膵臓がんに対しては、抗がん剤あるいは抗がん剤+放射線治療が選択されます。

切除可能膵臓がんでは、術後の補助化学療法の進歩によって生存期間(中央値)が4年に近づきつつあります。術前の抗がん剤治療の導入により、さらに生存期間が延びる可能性があります。一方、切除不能膵臓がんでは、いまだに生存期間は1年未満と厳しい状況です。このように、膵臓がんでは切除できるかどうかが治療成績を決める大きなポイントとなります。