浮腫(むくみ)の症状は、健康な人でも経験のある方は多いと思いますが、健康な人に起こるむくみは自然に解消され、特別な治療は不要です。しかし、むくみの中には病気が原因で起こるむくみ、病的なむくみがあります。
この記事で紹介する遺伝性血管性浮腫(HAE)は、むくみにより深刻な症状が引き起こされることがあり、治療を必要とする病気です。どのような特徴を持った病気なのでしょうか、より詳しく解説していきたいと思います。
遺伝性血管性浮腫(HAE)とは?
常染色体優性遺伝により起こる
血管性浮腫は、突発的に起こる皮下組織・真皮深層(皮下の深い組織)に発生する浮腫で、いくつかのタイプがあります。血管性浮腫の患者さんのうち、半数以上はクインケ浮腫と呼ばれる原因不明のタイプが占めていますが、遺伝性で起こるタイプは遺伝性血管性浮腫(HAE)と呼ばれます。
常染色体優性遺伝により起こるため、両親の片方がこの病気を患っていた場合、その子供に病気が遺伝する確率は理論上50%です。遺伝性血管性浮腫の患者さんの75%で家族歴があるといわれています(HAE情報センターより)。家族の中に、繰り返す浮腫の症状が見られる方がいる場合には注意が必要です。
※常染色体優性遺伝とは
わたしたちは細胞の核の中に、染色体を23対46本もって生まれてきます。このうち、性別を決める性染色体を除いた22対44本の染色体は常染色体と呼ばれ、男女が共通して持っています。常染色体による遺伝では、男女に遺伝の仕方に違いが出ません。
子供は、お父さん・お母さんからそれぞれ1本ずつの染色体を受け継いで1対の染色体をつくり、それぞれの形質を受け継いでいます。このとき、ある遺伝子をもつ染色体が対のうち片方にあれば、その遺伝子がもつ形質が子供にあらわれるタイプの遺伝を優性遺伝と呼んでいます。一方、劣性遺伝では、両方の染色体にその遺伝子がなければ、子供に遺伝子が持つ形質が現れません。
「C1インヒビター遺伝子」の異常が原因
血管性浮腫では、血管から水分が漏れ出た結果、浮腫の症状が起こります。
遺伝性血管性浮腫(HAE)では、キニン系と呼ばれるからだの反応を制御するタンパク質のひとつであるC1インヒビタータンパク質が、C1インヒビター遺伝子の異常により、減少あるいは十分に機能しなくなってしまうことで起こります。
「キニン系」は、ストレスなどの刺激を受けた際のからだの反応のひとつで、血管を拡張させたり、血管透過性を亢進させたりするはたらきがあります。血管透過性が亢進すると、血管内外に物質が出入りしやすくなります。遺伝性血管性浮腫では、C1インヒビター遺伝子の欠損により、このはたらきを制御することができず、血管の外に水分が漏れ出してしまうことで、浮腫の症状となってあらわれます。
症状の程度や発症年齢は患者さんによって異なりますが、多くの方が10~20歳までに発症し、その後も浮腫発作を繰り返します。
症状は主に、皮膚のはれ・腹痛・喉の症状
遺伝性血管性浮腫(HAE)は、からだのあらゆる場所に浮腫が生じます。浮腫というと皮膚の症状が連想されやすいですが、浮腫が発生する場所によっては消化管の症状などが出ることもあります。
皮膚の症状
手、足、腕、脚などの皮下や、唇やまぶたなどの粘膜下に浮腫が発生します。蕁麻疹と異なり赤みやかゆみはありませんが、症状は1~3日間と比較的長く続きます。境界線の不明瞭なぼんやりとした浮腫が特徴です。
消化管の症状
消化管に浮腫が生じると、腹痛・吐き気・嘔吐・下痢などの症状が出ます。特に、腸がはれた場合には強い痛みを感じ、救急外来を受診される方もいるようです。
腹部エコー・CTで腸管の浮腫が確認できると診断につながりやすい一方で、女性の場合、生理痛や子宮内膜症と誤診される場合も多いようです。
喉の症状
喉の粘膜に浮腫が発生(喉頭浮腫)した場合で、この病気の症状の中で最も危険とされています。喉がはれてしまうことで、次のような症状が現れます。
- ものを飲み込むことが難しくなる
- 喉が締め付けられるように感じる
- 声が変わる、かすれる、発声しづらくなる
- 息がしづらい、息苦しいと感じる
遺伝性血管性浮腫(HAE)の患者さんの50%が一度は喉頭浮腫を経験します。息苦しさの症状が進行すると窒息の危険があり、適切に対処されなかった場合の死亡率は30~40%程度といわれており、気管挿管・気管切開といった処置が必要な場合があります(確定診断に難渋した遺伝性血管浮腫の1例(PDF)より)。
浮腫発作は「ストレス」が引き金、治療薬の予防投与を
ときとして命に関わる症状を引き起こす病気ですが、こうした発作症状は、精神的ストレス、怪我、抜歯などの歯科治療、外科治療、妊娠、生理、薬物といった物理的ストレスなどがきっかけになることが多いことがわかっています。特に歯科治療では、抜歯など手術による物理的刺激だけでなく、機械的刺激、精神的ストレスなども関与している可能性があり、発作のリスクが高いことが指摘されています。
1ヶ月に1回以上発作がある場合、1ヶ月に5日以上発作が続く場合、喉頭浮腫の既往歴がある場合には、長期予防としてトラネキサム酸またはダナゾールの服用が検討されます。
また、発作が起きた場合の処置としてC1インヒビター製剤を投与します。喉頭浮腫に対しては、気管内挿管・気管切開が必要となることもあります。この点、C1インヒビター製剤を投与したとしても、すでに起こっている浮腫がひくまでには時間がかかります。そのため、歯科治療時など発作が起こる可能性が高い場合には、予防的投与が有効です。
これまでC1インヒビター製剤は、予防的投与の場合は保険適用外でした。2017年3月24日以降、侵襲のある処置を行う場合に限り予防的投与にも保険適用が認められました。
認知率の向上が、現状の課題

この病気の有病者は5万人に1人、国内にはおよそ2500人の患者さんがいると推測されています。しかし、医師による診断を受けている方は、上記の人数よりずっと少ない数字にとどまっています。
浮腫発作は、歯科治療などのストレスがあった際に引き起こされますが、多くの方が虫歯の治療や親知らずの抜歯などの歯科治療を経験します。現在もなお、遺伝性血管性浮腫(HAE)が未診断のままに、発作のリスクにさらされている患者さんがたくさんいると考えられています。治療薬の予防的投与が認められた今、認知率を向上させることが課題となっています。
まとめ
遺伝性血管性浮腫(HAE)は繰り返す浮腫発作により、激しい腹痛や喉頭浮腫による窒息死の危険がある病気です。根治的な治療できないものの、発作に対して有効な治療薬があります。
特に、治療薬であるC1インヒビター製剤の予防的投与に保険適用が認められたことで、患者さんは危険な発作を回避することが可能です。よりいっそう、認知度を向上させることが望まれています。