がん治療と向き合う患者さんは多くの選択を迫られますが、そのうちのひとつに妊娠・出産の問題があります。治療を乗り越えた先の人生に関わる大きな選択だからこそ、医師や家族とよく相談したうえで決断をすることが重要です。妊娠の可能性を残すためにどんな方法があるのかを知るために、ぜひ本記事を参考にしてみてください。

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若年がん患者の後遺症:不妊

がんは日本人にとって身近な病の一つです。すべての日本人のうち、2人に1人は何らかのがんを発症すると言われています。若い年代も例外ではなく、15歳未満の小児がんと30代以下の若年がんの患者は年間5万人に上ります。若年層の女性に絞ると、乳がんや子宮頸がんが最も多く、甲状腺がんや卵巣がん、大腸がんなどが続きます。

治療法の進歩により、がんを克服できる若い患者さんが大幅に増えました。しかし一方で、患者さんの生活の質(QOLQuality Of Lifeを大幅に低下させてしまう後遺症として不妊が問題となっています。

妊孕性とは

男女に関わらず、人が妊娠できる力を「妊孕性(にんようせい)」と呼びます。がんの三大治療と呼ばれる「化学療法」「放射線療法」「外科治療(一部)」によって、この妊孕性や生殖機能が低下することが分かってきました。

具体的な例を挙げると、「化学療法」で用いられる抗がん剤の一部は、女性の卵巣機能障害を引き起こす可能性があります。また、男性の精子形成の過程にも影響を与え、無精子症の原因にもなるといわれています。さらに、卵巣や子宮を摘出する外科手術を行った場合は、絶対的な不妊となります。

これらの妊孕性の問題は患者さんの社会生活やその後の人生と直結しています。一部の患者さんにとっては、がんを発症したこと自体と同程度の深刻さを持つ場合もあります。

恋愛や結婚への影響も大きく、治療後も長い間患者さんの悩みとなる問題です。また、患者さんが小児の場合、治療方針については医師と家族のみによって話し合われるケースがあります。妊孕性の低下について知らない患者さんが、治療を終えて成年になり、パートナーとの将来を考えるようになった矢先にこの問題に直面する場合もあります。

妊孕性温存の方法

妊孕性温存とは、将来の妊娠の可能性を保つために生殖能力を温存するという考え方です。

若年の女性患者の妊孕性温存治療は、「受精卵(胚)凍結保存」「未授精卵凍結保存」「卵巣凍結保存」等が代表的です。

男性の場合は「精子凍結保存」「精巣精子採取術(Testicular sperm extraction: TESE)」があります。

受精卵凍結保存

排卵誘発剤を使用した卵巣から、卵子を取り出し(採卵)、精子と結合させます。数日間培養して胚(受精卵)になったものを凍結し保存します。

最も確立した方法であり、妊娠率が比較的高い方法です。しかし、パートナーが必要なため一般的に既婚女性のみに適用されます。

卵子凍結保存

受精卵凍結保存と同じように、排卵誘発剤を用いて採取した卵子をそのまま凍結し保存します。がん治療後に凍結した卵子を溶かし、パートナーの精子と顕微授精を行ったあと、受精を確認して培養したものを子宮内に移植します。パートナーの有無を問わず適用することができます。しかし、妊娠率は受精卵凍結保存と比較して低くなります。

卵巣組織凍結保存

卵巣を切除し、採取した卵巣の組織を凍結して保存します。がん治療後に卵巣組織を溶かし、手術で体内に移植します。卵巣の機能が回復したら、自然妊娠か体外受精を行います。

この方法は、月経周期に関係なく実施することができ、凍結時のパートナーの有無も問われません。しかし、この方法は手術が必要になります。また、研究段階であるため実施する施設も限られており妊娠率などの治療成績や安全性が確立していません。さらに、卵巣組織を体内に戻す際にがんも移植してしまう場合があります。

精子凍結保存

精子を採取し凍結保存します。マスターベーションまたは直腸マッサージや電気刺激により精液を回収するため、短時間で済むのが利点です。

精巣摘出や抗がん剤により精子の形成が困難になる場合に行います。また、患者さんが生殖年齢に達していることが条件となります。

精巣組織凍結保存

思春期前の小児がん患者のための妊孕性温存治療として注目されているのが、精巣組織凍結保存です。しかし、現在日本でこの方法を用いた出産例が無く、実施施設も少ないのが現状です。

 

どの治療法を選ぶかはがんの種類、がんの進行の程度、抗がん剤の種類、化学療法の開始時期、治療開始時の年齢、配偶者の有無などの要素を考慮し、生殖医療専門家との相談の上決定します。

妊孕性温存治療はがん治療開始前に行います。しかし、がん治療が最優先事項であるため、がん治療との安全な両立ができるかどうか、がん治療が遅れることなく行えるかという調整が不可欠となります。また、上記のような治療を行わずに自然妊娠を試みる方法を選択する患者さんもいらっしゃいます。

妊娠中のがん治療

妊娠中にがんが見つかった場合、がんの種類や妊娠週数によっては治療と妊娠を同時に行うことが可能なケースがあります。妊娠12~16週以降の妊娠中期であれば、化学療法や手術ができる場合があります。もし、妊娠中にがんと診断を受けた場合、すぐに中絶を考えるのではなく医師に相談してみましょう。

しかし、妊娠期のがん治療について詳しい医師が少ないのが日本の現状です。この問題は、今後解決すべき大きな課題といわれています。

生殖医療機関に相談する

がん治療にあたり妊娠や出産に質問や希望があるときは、まずはがん治療の担当医に相談し、現在のがんの状況、それぞれのがん治療が妊孕性に与える影響を把握しましょう。かかりつけのがん治療病院と連携する生殖医療機関を紹介してもらえる場合があります。また、がん・生殖医療について情報提供を行っている「日本がん・生殖医療学会」などの情報窓口でも生殖医療機関を探せます。

生殖医療機関では、専門医から現在の生殖能力や妊孕性温存治療についての説明を受けられます。温存治療を希望する場合は、がん治療を始める前に行うことが重要です。

また、温存治療を受けずにがん治療を終えたあとに妊娠を希望する際にも生殖医療担当医に相談ができます。

まとめ

がん治療においての最大のゴールは病気を克服することであるため、これまで妊孕性についての問題には目をつぶらざるを得ませんでした。しかし妊孕性温存治療の進歩により、子宮や卵巣の温存治療や卵子や精子の凍結保存などの生殖補助技術は広く普及しつつあります。がん担当医や生殖医療専門医と相談し、なによりもがんを治すことを最優先しながら治療を選択していくことが重要です。

 

※今回の記事を監修いただいた北野 敦子先生が立ち上げた若年性乳がん体験者サポートコミュニティ「Pink Ring」が2017年11月4日(土)、「AYA(アヤ) Cancer Summit」を開催します。
AYA(Adolescent and Young Adults)は、15歳から39歳の世代を表します。今回のイベントは、がん種を超えて若年がん体験者が集い・学び・つながる場です。
詳しくはPink Ringのイベント情報をご確認ください。